清楚姫が新卒入社してきた ①

「明日から新年度が始まります。特に人事異動などもなかったため、皆さんからしたら何でもないように思うかもしれませんが、新卒入社の子がいます。教育担当というポジションに就いた方もいると思いますが、みんなでフォローしていきましょう」


清々しい朝、春の心地よい風が吹き込むオフィスに社長の声が響く。



株式会社好日企画こうじつきかく。東京都大田区蒲田かまたにオフィスを構える我が社は、主にイベントの企画、制作を行う会社だ。

企業の商品発表イベントや商業施設でのイベント、食フェスの運営など様々なイベントを手掛ける、業界で注目されていたりもするほど波に乗っている。


そして、好日企画に入社して3年目になるのがこの俺、篠村 朔しのむら さく


高校卒業後、なんとなく楽しそうという気持ちでエンタメ系の専門学校へ進学。学校で勉強していく中でイベント制作の楽しさを知り、この業界を志した。


そして、インターンで働かせていただけたこの会社にそのまま就職、そして今に至る。


今の仕事は結構楽しい。

頑張った結果がイベントの成功という形で目に見えるのでやりがいがある。


もちろん、楽しいことだけではないがね。


イベント制作という仕事である以上、全国各地、イベントが開催される場所への弾丸出張が結構あったりする。


実際、昨日まで出張で京都にいた。

そして帰りの新幹線で今年は1人、新卒入社で採用したということ、そしてその教育担当に俺が選ばれたことを知った。


うちの会社の従業員は全部で13人。

そこまで大きい規模ではないため、新卒採用は毎年多くて2人。昨年なんかは0人だった。

そのため、入社3年目にして教育担当に任命されたのだ。


……あれ、もしかしてブラック?い、いや。そんなことはないと信じよう。



なんて思っていたら急に、肩に強い衝撃が走る。


「しのむーおはよー!おかえりー!おみやげをよこせー!」


「うわっ、て矢野か。おはよう」


矢野 一花やの いちか。俺と同年に新卒で入社した唯一の同期。


小麦色に焼けた肌に、黒く艶めくボブカット。

何より目が行くのは、そのブラウスを押し上げる双丘。


元気いっぱいを具現化したようなスポーツガールである彼女は、4大卒なので同期ではあるが2コ年上。

しかし、初対面時に「同期なんだからタメ語でいいからね!さん付けもいらないよ!」と言われたためフランクに接している。


「おはよう!おみやげ!グルルルル……」


「どうどう、落ち着けって。ほらご所望の生八つ橋だ」


「きたー!生八つ橋大好き!ありがとね、しのむー!」


俺の手から奪うようにして生八つ橋を持っていく矢野。今日も元気いっぱいで何よりだ。 


「っていうかしのむーさ、教育担当じゃん!なんでうちじゃないのズルい!」


そう言ってぷんすか怒る矢野。

おい、八つ橋を振り回すな。もう買ってこないぞ。


「そうは言っても、決めたのは上だしなぁ。俺だって昨日知ったし」


「それでもズルい!もう顔合わせした?」


「残念ながらしてない。なんせしばらく出張だったし。」



そう。最近は年度末ということもあり結構忙しく、履歴書も見てないどころか名前すら知らない。


「そうなんだぁ。どんな子かな?いい子だといいなぁ」


「そうだな。あ、でも俺と同じ高校のやつらしいぞ。学年も一緒らしいけど、名前までは聞いてなかったな」


「そうなんだ!だからしのむーが教育担当になったんだねぇ」


それだけ聞いて満足したのか、矢野は八つ橋片手に自分の席に着いた。


どうやら、上の方々が気を利かせて俺を教育担当にしたらしい。

しかし、まったくもってだれか予想がつかない。


仲の良かった奴らの進路は一通り聞いたが、うちに来るってやつは一人もいなかった。だからどのみち初対面みたいなものだろう。


どんな子が来るのか。4大卒らしいから、ストレートで卒業してたら同い年だ。

不安と期待を胸にしながら、俺も席につき仕事を始める。


……翌日俺を待ち受けているのがまさかのあの人だとは、この時の俺は知る由もなかった。

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