一章 先輩との再会

 今日も暖かな日差しが照らすライゼン通り。その一角にある工房の扉を叩き誰かが部屋へと入って来た。


「はい。何方ですか? って、ええっ」


「お姉さん大きな声をあげてどうしたの?」


扉の前に立つ人物を見て目を丸めるソフィアの声に反応してやってきたポルトもそこにいる人を見上げる。


「ソフィーさん、久しぶりですね。元気そうで安心しましたよ」


「ど、如何してヴィオ先輩がここに?」


柔和に微笑む男性へと彼女は驚愕の表情で尋ねた。


「仕事の都合でこの国に来ることになりましてね。それならばソフィーさんに会って元気にしているかどうか確認しようと思ったのですよ」


「ねえ、えね。お姉さん。この人は誰?」


男性の言葉を聞きながらポルトが不思議そうに聞く。


「この人はヴィオルドさんよ。私のアカデミー時代の先輩なの」


「初めまして。貴方がソフィーさんと一緒に暮らしているという妖精のポルト君ですね」


ソフィアの説明を聞きながら納得する彼へとヴィオルドが微笑み話す。


「如何しておいらの事知っているの?」


「あなた達の工房の事はオルドーラでも有名なのですよ。お噂はかねがね聞いております」


「へ~。オルドーラにまでおいら達の工房の事が伝わっているのか。そうっか。えへへ。毎日頑張ってお仕事してきたからね。そんなに噂になるほど有名になっていたのか。えへへっ」


彼の言葉にポルトが嬉しそうに照れ笑いする。


「それよりソフィーさん。誰にも何も言わずに王宮の仕事を辞めてオルドーラを出て行ったと聞いた時はとても驚き心配しましたよ」


「すみません」


心配そうな顔で話すヴィオルドへとソフィアは申し訳なさそうな顔で謝った。


「貴女にも誰にも言えない事情があるのだとは思いますが、せめて私にだけは相談してもらいたかったです。それとも私ではそんなに頼りにならないでしょうか?」


「そんなことありません。先輩はとても頼りになります。ただ、あの頃の私は自分の腕を試してみたい一心で誰にも何も告げずにオルドーラを出ました。そのせいでアルやヴィオ先輩みたいに沢山の人に心配をかけてしまったみたいで……ごめんなさい」


彼の言葉に彼女は頭を振って答える。


「過ぎてしまった事はもう気にしてはいませんよ。こうして貴女に直接会って元気にしていると知れましたのでもう大丈夫です。それでは、今日は挨拶に来ただけですのでこれで失礼します。この国にいる間はまた貴女の様子を見に来ますね」


「はい」


優しく微笑み語るヴィオルドへとソフィアも笑顔で頷き見送った。


「ヴィオルド先輩……全然変わらないな。アカデミーにいた頃からずっと私の事色々と気にかけてくれて。それなのに私ったら何も言わずにこの国に来ちゃって……本当に申し訳なかったな」


「ねえ、ねえ。お姉さん。もしかしてあのヴィオって人に恋とかしていたの?」


「へ?」


独り言を呟いているとポルトに声をかけられ彼女は驚く。


「だって、口調が昔のお姉さんに戻っていたからさ。最近のソフィアは何て言うかちょっと大人びた雰囲気だったのに急に十七歳の頃の口調に戻っていたよ」


「こ、恋なんて。そんな、先輩には色々とお世話になっただけで恋なんてしていないわよ」


彼の言葉の意味に気付きソフィアは否定するように答える。


「なんだそうなんだ。隊長とハンスに強敵現るだと思ったのになぁ」


「何の話?」


ポルトの呟きに彼女は不思議そうに首をかしげ尋ねた。


「何でもないよ。さ、朝ごはんにしよう」


「えぇ。そうね」


彼の言葉にソフィアも頷く。こうしてアカデミー時代の先輩と再会を果たしたソフィアは誰にも何も告げずに国を出た事を今更後悔し始めていたのであるがその事についてポルトが気付くことはなかった。


「……ソフィーさん元気そうで良かった。国を出て行ったと聞いた時にはとても心配しましたが、こうしてコーディル王国で立派に工房の主として生活しているとは……ふふっ。何だか私も誇らしく感じますね」


「誰かと思えば、ヴィオ先生じゃないか」


その頃工房を出て行ったヴィオルドがライゼン通りを歩きながら独り言を零す。すると誰かに声をかけられた。


「おや、アルさんではありませんか」


「……いつの間にこの国に来たんだ。連絡くらい寄こしてくれてもいいだろう」


声の主を見て微笑む彼へとアルフォンスが言う。


「すみませんね。私も色々と忙しい身でして。アルさんも元気そうで良かったです」


「お世辞なんていらない。工房から出て来たって事はソフィーに会ったんだね」


笑顔で語るヴィオルドへと彼女は淡泊な口調で言う。


「えぇ。ずっと心配していましたので折角この国に来たのならと思いましてね」


「そう。……ソフィーもこれで少しは周りの人の事考えてくれると良いんだけどね」


彼の言葉にアルフォンスは目を伏せて呟いた。


「全くです。どれほど心配していた事か……ポルト君と一緒に暮らしているみたいで一人ではない事に安心はしましたけれどね」


「同感だね」


二人は話を終えると同時に盛大な溜息を吐く。同僚と先輩がこれほどまでにソフィアの身を案じて想っているという事を彼女自身は知らないままであった。

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