3-3



 珍しくリュカの顔色をうかがうようなローズに、リュカは苦笑し頷いた。


「まあな」

「リュカやティナさんが昔のことを話したがらないのは、その……そのせいで?」

「そのせい、とは?」

「だって……やっぱり、戦うのは辛かったでしょう? 世界を救った、とか言われても、戦っていた人たちにとってみたら辛いことの連続だったはずで……きっとたくさん、大切な人も亡くなっただろうし、怪我したら痛かっただろうし、そんなこと、あたしだったら思い出したくないって思うし……」


 リュカをちらちら見ながらローズは懸命に言葉を継いだ。


『聖戦』については、あらゆるメディアで輝かしい伝説レジェンドとして語り継がれているので、おそらくローズはどこかでその詳細を知ったのだろう。

 いろいろな報道のされ方をしているようだが、ある程度事実を語っているメディアのものを見たのなら、『聖戦』が決してカッコよく圧勝、という戦いとは程遠いものだったと知ることになる。

 目の前の可愛げのない美少女は、きっとその辺りの事情を知ってリュカを気遣っているのだろう。


 意外に優しいローズの一面にリュカは思わず笑みをこぼす。


「え、え、何? あたし変なこと言っちゃいました?!」

「いや……おまえも可愛いところがあるんだな、って」


 とたんにローズが真っ赤になった。


「か、かわ、可愛いって……へ、へへへヘンなこと言わないでくださいっ」

「ははは。今夜はなんか、年相応でやっぱり可愛いぞ。昔話をした甲斐があった」

「な、なんですかそれっ」


 怒ってティーカップを飲み干したローズだが、ふとリュカを見る。


「でも、あの……だったら、なんでリュカってフリー祓魔師なんですか?」

「え?」

「だって、前に聞いたことがあるんです。国際祓魔師協会所属の幹部やエリート祓魔師の多くは、かつて聖騎士団に所属していた人々だって。世界の平和と富を握る祓魔師協会の幹部やエリート祓魔師は聖騎士団出身のエリート祓魔師で構成されていて、だから一般の祓魔師は国際祓魔師協会の幹部やエリート祓魔師にはなりたくてもなれないんだって……」


 突然、リュカが弾かれたように笑った。


「あっはっは、だな。元聖騎士団員のエリート祓魔師が紅茶味のミルクを飲んで空腹を紛らわせてるはずないもんな?」


 ティーカップをテーブルに置いて、リュカは自分のと、ローズのティーカップにも新しいお茶を注いだ。


「確かに俺は聖騎士団員だった。でも、おちこぼれなんだ。聖騎士団って言っても、いろんな人間がいる。この世界にいろんな人間がいるのと同じだ」

「そう、なんですか……?」

「そういうわけでオレは今、こうしてフリー祓魔師をやっている。ティナは別だけどな。あいつは正真正銘、聖騎士団のエリートだ。他宗教の対悪魔戦闘特殊部隊より女性の少なかった聖騎士団において、一目置かれていた。おちこぼれのオレとは違う理由で祓魔師協会には入らなかった」

「…………」


 それだけで、ローズは察した。

 きっと、リュカにもティナにも、何かいろいろと込み入った事情があるのだと。

 そしてそれは、たぶん聞いてはいけないことなのだ――まだ今は。


「納得したか?」

「はい」

「そりゃよかった」

「リュカがフリー祓魔師で、だからあたしはこの祓魔事務所でしっかり助手をしなくちゃいけないんだなってことが改めてわかりました」

「う、すんません」


 つーんと顔を上げてすましている美少女は小憎たらしいが、言っていることは事実なのでリュカは肩をすぼめるしかない。


 そんなリュカを見てくすりと笑い、ローズはソファを発つ。

 部屋を出て、キッチンへ向かい、白い陶器の大皿を持って戻ってくると、リュカが目を丸くした。


「なんだそのスコーンの山は!!」

「今日、ティナさんがお店で出す新メニューの試作品を作っていたから、横でお手伝いするついでに! 作ったんです。本当にですっ。あ、あまり上手じゃないかもしれないから食べなくてもいいですよっ」

「いやいやいや食べるって! 食べたい! いや、食べさせてください!」

「そ、そこまで言うならあげてもいいですけどっ」


 お皿を突き出すと、リュカはうれしそうにスコーンを手に取った。


(……子どもみたい)


 リュカはあっという間に二つめを手に取る。

 うれしそうに黄昏色の瞳を細める端整な顔に、ローズはそっと微笑んだ。ティナに頼みこんで作り方を教えてもらったことは秘密にしなくては。


 ふと窓に目をやると、大きなハチミツ色の月が明るい。

 あの月に、一瞬で行ける技術があるなんて――少なくとも自分が生まれる前にはあったなんて信じられない。


 そして、侵略してきた悪魔エイリアンを撃退してくれた、勇気ある騎士たちの歴史。

 それはリアルタイムできっとニュースを見ているはずなのに、こういう時、何も思い出せない自分がもどかしい。


(でも今は……これでいいもん)


 記憶が戻らなくてもリュカに込み入った事情があるのだとしても、こうして薄い紅茶を一緒に飲む時間をけっこう気に入っていて、だから一生懸命慣れないお菓子作りにもチャレンジしてみようという気になる。


(神様。どうかこの時間がずっと続きますように)

 スコーンを手に取り、ローズはそっと美しい月に願った。



 こうして、古い教会の夜は更けていくのだった。




【Episode3 High tea on a beautiful moonlight evening おわり】



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