Episode 4  Stand by Me

4-1



「L&R祓魔事務所、ってここだよな?」


 ぶっきらぼうな声にリュカは顔を上げる。

 花壇の入り口に少年が一人、立っていた。


「失礼。何て言った?」

 大きな剣スコップをふるって花壇の柵と悪戦苦闘しているところだったので、目の前の少年の存在に今の今まで気付かなかった。


「あんた、リュカ神父?」

 少年はリュカの質問には答えず、値踏みするようにリュカをじろじろと見た。

 不躾ぶしつけな態度だが無理もない。リュカの格好はどう見ても一般的な神父のそれとはかけ離れている。


 耳にずらりと連なるシルバーピアス、黒いキャップから出る長めのダークブロンドを一つにくくり、オーバーサイズの白Tシャツにデニム。

 神父というより、どこの街にもうろついているごく普通の若者のスタイルだ。


「そうだけど?」

 返しつつ、リュカも突然の闖入者ちんにゅうしゃをサラッと観察した。


 走ってきたのか大きく肩で息をして、陽に焼けた顔には汗が幾筋も流れている。だぶだぶのデニムとよれたブルーのTシャツから出る手足は細いが、ボロボロのバスケットシューズは大きくて、これから背が伸びそうな予感のする身体つきをしていた。


 日焼けした顔の中、鋭いが澄んだ目がリュカをじっと見上げている。

 どこか懐かしい気持ちになってふとリュカは笑んだ。


「礼拝堂で祈ってなくてすまないね。今日は月に一度の家じゅうメンテナンスの日なんだ」

「んなこと聞いてねえよ。てかメンテナンス? 土遊びの間違いだろ」

「う」


 鼻で笑われさすがにイラっとするが、その通りなので言い返せない。


 花壇を耕し、花を寄せ植えし、白い柵を立てる。

 リュカにできる仕事はこれしかないわねこれなら子どもでもできる簡単な仕事だからとローズに指示されたのだが、なぜだか進まないどころか土があちこちに散らかっている。


「は、ははは。最近の子どもは手厳しいなあ」

「あんた、フリー祓魔師なんだろ? 金を払えばなんでもやってくれるんだろ?」


 少年は唐突に言った。鋭い視線がリュカをじっとうかがう。

 リュカは軽く肩をすくめた。


「なんでも、っていうとちょっと誤謬ごびゅうがあるかなあ。オレは祓魔師だから、宿題やってくれとかケンカの仲裁やってくれとか言われても困るんだけど」


(こいつ、どう見ても中学生だよな)


 この世の中、子どもでさえ少し知恵が付けばなんでもインターネットと金で解決しようとする。宿題や、友人とのトラブルや、家族に内緒でヤバいバイトがしたい、などなど。

 実際、そういう依頼を持ってきたティーンの少年少女をリュカは何度か追い払っていた。


「そういうわけで、君のリクエストにはお答えできないかもしれない」

「薬の調合もやってくれるんだろ」

「薬?」


 リュカは眉を上げる。初めてのパターンだ。薬の調合。しかし、それはリュカの領分ではなく――。


「リュカっ、花壇の植え替え、いつまでやってんですか?! 雨漏りの修理もあるんですよ?! ちゃっちゃっと片付けないとお昼の時間が――」


 箒とゴミ袋を手に、完璧な漆黒のゴスロリファッション姿が現れた。


「お客……様??」

 西洋人形(クラシックドール)のような美少女が、リュカと少年の間で硬直し、すぐさま少年に向かって曖昧あいまいに微笑む。


「ええっと、ここは児童相談所じゃなくて、祓魔事務所なんですが?」

「そ、そんなことわかってるっ、だから来たんだ!」


 少年は真っ赤になってローズを睨み、リュカに袋を突き出した。リュカは胡乱げに袋を眺める。

「ラグビーボールか? すまんが君とスポーツに汗するヒマは――」

「なんでもいいからこれを薬にしてほしい」


 少年はきょろきょろと周囲を見てから、袋を少しずらした。


 出てきたのはありふれたカプセルポットだ。

 中に入れておけば土や水がなくても長期間植物が保存できる。園芸ショップや科学実験などでよく使われる、細長いドーム型の物だった。

 中には植物らしき物が入っている。


「頼む! 時間がないんだ!」

「そう言われてもなあ」


 困惑するリュカの横で、その植物を見たローズが顔色を変えた。


「ちょっとあなた、それどこで手に入れたの?!」

「金払えば何でもやってくれるんだろ?!」


 少年はローズを無視してリュカにしがみついた。


「なあ、頼むよ! 金は絶対に払うから――」


 遠くで車の音が聞こえる。

 一台や二台じゃない。数台のエンジン音。何もないこの武蔵野エリアの片隅に、一度にたくさんの車が走るのは珍しい。少年がハッと顔を上げた。


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