第021話 約束


コホン


しばらくして落ち着いた頃に、お母様が1つ咳をする。


たったそれだけで病院内の空気が変わったのを感じた。


「さて・・・」


「申し訳ございませんでした!」


あたしはこの空気に耐えきれず、お母様が何かを言う前に全力で謝る。


治りきっていない体が悲鳴をあげ、痛みのせいで通常とは異なる理由で汗が出るが気にせず頭を下げた。


「・・・」


お母様がどんな表情であたしを見ているのか。


見てみたい気はするが見ないほうが良いに違いない。


というか、見る勇気もなかった。


「ふぅ」


お母様が息を吐く。


いよいよか。あたしは覚悟を決める。


「まずは、頭を上げなさい。ミリーナ」


有無を言わさぬお母様の言葉にあたしは恐る恐る顔を上げる。


「!?」


般若のような顔をしていると思ったがお母様は予想に反して慈愛に満ちた優しい顔をしていた。


「あなたは謝るようなことをしたのですか?」


お母様が優しく聞いてくる。


「はい。自分の命を捨てるところでした」


迷いなく、あたしは答える。


あの男の人が間に合わなかったらと思うと今でもぞっとする。


確実にあたしはあの世にいただろう。


「そう。では、あなたは自分の判断を後悔しているのですか?」


「!?」


お母様に言われてはっとする。


確かに自分の命を捨てるところだったことについては罪悪感を感じているが、あの時に村に向かうことを決めた判断についてはどうだったか?


「・・・いいえ、しておりません」


答えはすぐに出た。


あたしはあの時の判断が正しいと思ったからこそ行動に移したのだ。


「では、謝る必要はありません。あなたが失敗したことは一つです。私・・・私たちに心配をかけたことだけですよ」


お母様は静かに涙を流しながら、あたしに教えを説いた。


「はい。これからは心配をおかけしなくて済むよう強くなってみせます」


いくら正しい判断をしても実力が伴わなければダメなのだ。


お母様が常日頃厳しくなるときにはどんなときでも必ず生き残って欲しいという強い想いが根底にあったのだ。


あたしはそのことに今更ながらに気づいたのだった。


「約束ですよ。ミリーナ」


「!?・・・はい。約束致します」


お母様が『約束』という言葉を使うのはとても珍しい。


何でも、幼いときのトラウマが関係しているらしいが詳しいことは知らなかった。


なので、あたしにとっては生まれて初めてお母様と『約束』をした。


誰にも心配かけないくらい、それこそあたしを助けてくれたあの男の人のように強くなってみせる。


あたしは固く心に誓ったのだった。




ぱん


「さあ、しんみりした空気はおしまいよ。さあ、ミリーナ。おしゃべりしましょ。あなたの武勇伝を聞かせて頂戴」


お母様が一度両手を併せて空気を変えるとあたしにあったことを聞いてくる。


お母様には敵わないな。


あたしはふとそんなことを思いながらも自分にあったことを事細かに話すのだった。


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