第92話
「ああ、もし邪魔になるようならば……」
「いいえ、このネックレスならば毎日つけても訓練の邪魔になりませんし、学園にもつけていけます」
「……!」
「とても……とても嬉しいですわ!」
セレニティがそう言って微笑むと、スティーブンはほんのりと頬を赤く染まる。
スティーブンにネックレスをつけてもらうように頼む。
セレニティが頭を下げると、スティーブンは慣れた様子でネックレスをつけてくれた。
セレニティが馬車の窓に映った自分の姿を確認する。
シンプルで邪魔にならないが存在感のある美しいネックレスだ。
セレニティのことを考えながらスティーブンがプレゼントしてくれたのだとわかる。
どんな服装と合わせても邪魔にならないデザインだ。
「どうでしょうか?」
「とても似合っている。少しは婚約者らしいことはできただろうか?」
「え……?」
スティーブンはそう言って視線を逸らしてしまう。
『婚約者』という言葉を聞くことによって、スティーブンのことを急に意識してしまい、セレニティの顔が赤くなっていく。
(つ、つまり……これは婚約者としてのプレゼントでスティーブン様の気持ちがこもっているのですね)
セレニティはなんて言葉を返せばいいのかわからずに口ごもる。
馬車の中で沈黙が流れていた。
恋人とも友人とも違う距離感にセレニティの心臓はドキドキと音を立てた。
スティーブンなりに色々と考えてくれたのだと思うと、感じたことのない初めての気持ちになる。
「あ、ありがとうございます。スティーブン様からいただいたこのネックレス、ずっと大切にしますね……」
「……ああ」
なんともいえない空気の中、タイミングよく馬車は会場に到着する。
パタパタとほてる顔を仰いでいたセレニティだったが、エスコートするために伸ばされたスティーブンの手を掴んで馬車を降りる。
こうして数年前は何も思わなかったエスコートも、スティーブンを意識することで少しずつ感じ方も変わってくる。
相変わらず見た目は細身ではあるが逞しく鍛えあげられた肉体とピンと伸びた背筋。
カシスレッドの髪と紫色の瞳、形のいい唇と端正な顔立ちは自然と人目を惹きつける。
スティーブンは民達からも大人気だそうだ。
ネルバー公爵が持つ雄々しい男らしさとはまた違う。
その快活なイメージはハーモニーに受け継がれており、ネルバー公爵夫人の上品さと美しさがスティーブンに受け継がれているような気がした。
スティーブンに視線を送ると無表情だった彼の瞳は細まり、優しい笑みを浮かべている。
「セレニティ、どうかしたか?」
「スティーブン様は相変わらず美しいな、と」
「……。それは褒められているのか?」
「あっ、はい!もちろんですわ」
「美しいのは君の方だ」
「まぁ、ありがとうございます。嬉しいですわ!マリアナが今日も頑張ってくれたおかげで美しくいられますもの」
「…………そうか」
普段、無表情なスティーブンが滅多に見せることのない特別な笑みにも、まったく気づかないセレニティ。
急速に二人の関係は進むことはないが、ゆっくりと近づいていく。
広い会場ではトリシャを祝うために国中の貴族たちが集められていた。
壇上でリタ帝国の皇太子、リュシアンと共に挨拶を受けるトリシャに近づくのは大変そうだ。
水色のドレスを纏っているトリシャは今日も女神のように美しい。
会場を歩いていくとリタ帝国の人たちの要人たちの姿もあった。
ブレンダとナイジェルの周りにも人だかりができている。
スティーブンと挨拶をして周りつつ、まずはハーモニーとヤンの元に向かった。
ハーモニーも今日、トリシャの護衛ではなく公爵令嬢としてドレスで参加しているようだ。
本当はセレニティも護衛として申し出たが、今日は貴族として参加するようにハーモニーとネルバー公爵に言われたのだ。
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