第60話
気合い十分なセレニティの背後でトリシャもハーモニーも嬉しそうにしている。
セレニティの小さな頑張りは少しずつ広がっていき周囲に大きな影響をもたらしていたが本人は気づくことはない。
式典には多くの人が参加して国中はお祝いムードに包まれる。
ハーモニーに詳しく話を聞くと、国王と王妃の前に一台、その次に王太子であるベレット、そしてナイジェルとトリシャが乗る馬車が続くそうだ。
ハーモニーとセレニティはナイジェルとトリシャの前でスティーブンは一番背後を任されている。
ネルバー公爵はベレットと国王達の馬車の間で指揮を取るそうだ。
しかしどのタイミングで危険があるかわからないし、セレニティも離れた場所に配置されている。
ネルバー公爵を直接、守ることはできないだろう。
せめてハーモニーくらい実力があれば未然に防げるだろうが、まだまだ非力なセレニティにはできることは限られている。
そしてセレニティはハーモニーから式典について詳しく説明された後に疑問に思っていたことがあった。
(医師がいなければ、咄嗟に誰かが怪我をしてしまえば対応できないわ。ネルバー公爵だって……)
ネルバー公爵は長年、騎士として務めている。
そのネルバー公爵が負傷するということはあっても致命傷を負うとは考えずらい。
おそらくは誰かを守ろうと庇ったのではないかとセレニティは考えていた。
提案だけはしてみようと、セレニティはネルバー公爵に会えないかと公爵邸や城に通いながら訓練をしていたが結局、セレニティがネルバー公爵に会えたのは式典のギリギリになってからだった。
ネルバー公爵が馬車から降りて屋敷へと戻ってくる際に、セレニティは彼を引き止めるようにして声を掛けた。
「ネルバー公爵、お疲れのところ申し訳ありませんが宜しいでしょうか?」
「その服は……ハーモニーの。白百合騎士団の者か」
「はい。セレニティ・シャリナと申します」
何年もネルバー公爵邸に通っているにも関わらず、ネルバー公爵と直接顔を合わせたのは数回しかない。
不機嫌そうに顰められた眉と威圧感を感じてセレニティはゴクリと唾を飲み込んだ。
立派な髭を携えているネルバー公爵は体格もよく圧倒されてしまう。
ネルバー公爵夫人はハーモニーが騎士として働くこともセレニティがこうして剣を学ぶこともあまりよく思っていないようだが、顔を合わせて明るく挨拶をしているうちに「傷はどう?」と問いかけてくれたこともあった。
小説の中では不仲だった二人だが、今は当然だが可もなく不可もなくといった感じた。
「式典での同行を許可してくださり、ありがとうございました」
「ああ」
「僭越ながら式典のことについて、意見があるのですがよろしいでしょうか」
「…………ふむ、許可しよう」
ネルバー公爵はセレニティを興味深そうに見つめている。
「ハーモニー隊長から当日のことについて聞きました。ですがわたくしは不安な点があるのです」
「不安だと……?申してみよ」
「わたくしは、医師がいた方がいいと思うのです」
「医師?何人かは城で待機してもらっているが……」
しかしネルバー公爵は怪訝そうに眉を顰めている。
「勿論それもありますが万が一に備えておいた方がいいと思うのです」
「万が一など起こらないようにワシがいるんだ。騎士達もこの日のためにしっかりと訓練を重ねている。心配はない」
「王族の方々のためでもありますが万が一、急病人発生時のために医師にも同行してもらってはいかがでしょうか」
そして怪我をしてもそれを対処してくれる医師がいなければ適切な処置ができずに命を落とすこともあるかもしれない。
セレニティはそれが気になっていた。
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