第48話
セレニティは大きく息を吸って吐き出した。
また苦しくなるのではないか、そう思い体が硬直する。
しかしすぐに胸のドキドキが収まったことに安堵していた。
(はぁ……よかったわ)
そんなタイミングでハーモニーが戻ってくる。
すっかり大人しくなり怯んでいるジェシーを見て、セレニティは感動していた。
そのままジェシーはスティーブンに話しかけることなく、ネルバー公爵家の馬車は走り去っていった。
セレニティが楽しい気持ちのまま屋敷に戻ろうとすると、シャリナ子爵に引き止められる。
今日のことを根掘り葉掘り聞かれると思いきや、騎士の訓練は好きにしていいと言ってセレニティから焦ったように視線を逸らして先に屋敷へと戻ってしまった。
同じくジェシーに「今回、お茶会に誘われたからって調子に乗らない方がいいわよ」くらいの嫌味を言われるかと思いきやそれもない。
(ハーモニー隊長は何を言ったのかしら?)
急によそよそしくなる態度に首を傾げながらも、騎士としての訓練をするためにネルバー公爵家に通えることを喜んでいた。
そしてセレニティは週に二度、ネルバー公爵家に通い騎士の手解きを受けていた。
小柄で力のないセレニティにはまだ重たい剣を握ることはできないということで模擬剣での練習となった。
しかし当然のことながら今まで令嬢として生きてきたセレニティの体力は全くない。
「先ずは体力作りだな」というハーモニーの言葉により、セレニティは簡単な筋トレやランニングから始めていた。
最初は少し走っただけでも息がきれていたセレニティも一カ月、また一カ月経つうちにどんどんと長い距離を走れるようになっていく。
ハーモニー達も最初のうちに音を上げていくかと思いきや、ゆっくりではあるがちゃんと投げ出さずに続けているセレニティを一員として認めてくれるようになっていた。
休憩時間にはトリシャが傷が薄くなるというクリームを持ってきてくれたり、ブレンダがコンシーラーのような化粧品を持ってきてくれて、やり方を教えてくれた。
もう着なくなったお下がりのドレスをくれたり、隣国へ行った際のお土産をもらったり、アクセサリーをプレゼントしてくれたりと様々な恩恵がセレニティに降り注いでいた。
お茶会にブレンダのお下がりのドレスを着ていこうとした際に「なによそのダサいドレス……!」とジェシーに言われた時は「ブレンダ様にいただいたんです」と言うと、焦った表情で「な、なかなかいいじゃない」と言い直していた。
そのあとに「ブレンダ様にこのことを絶対に言うんじゃないわよ!」と何度も何度も念を押すように言われる羽目になる。
セレニティがネルバー公爵邸や城に通うようになると、スティーブンはシャリナ子爵邸に訪れることはなくなった。
何故ならばネルバー公爵邸や城でセレニティの様子を見られるからだ。
セレニティの傷もすっかりとよくなり、ジェシーはあれだけスティーブンのことを自慢していたが、セレニティが外に出て彼が子爵邸を訪ねなくなったことで随分と肩身が狭い思いをしているようだ。
ジェシーが自慢げに話していた『スティーブンが会いにきている』という、嘘は簡単にバレてしまった。
最初は「たまたまよ」「お忙しいのよ」と言い訳していたジェシーだったが、他の令嬢達も馬鹿ではない。
ジェシーの嘘を鼻で笑っていたのをたまたま目撃していた。
ハーモニーの脅しの効果は切れて、最初はネルバー公爵邸に通うセレニティを妬んでいて、しつこく嫌味を言うために付き纏ってきたジェシーだったが、半年以上も訓練をして泥だらけで帰ってくるセレニティを見て疑うことをやめたようだ。
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