第28話
セレニティは笑みを浮かべながら首を横に振った。
真面目で誠実な性格をしているスティーブンのことだ。
言い出しづらいのかもしれないと、セレニティはどう言えばスティーブンが気にすることなく過ごせるのかを考えていた。
そしてあることを思いつく。
それは小説の中のセレニティもずっと考えていたことだ。
何も答えないスティーブンを見かねて、セレニティは手を合わせてから目を輝かせた。
「それにもしも願いが叶うのならば……わたくしは素晴らしい恋をして、心から愛している方と結婚したいと考えておりますわ!」
「……!」
「この人のために尽くしてあげたい。自分の幸せを犠牲にしても守りたい……そんな物語のような愛を自分も経験したいのです」
「…………」
セレニティはそれを物語のスティーブンがやっていたとも気づくことなく語っていた。
スティーブンの反応は何故か悲しそうに見える。
こう言えばスティーブンも納得して引いてくれる、罪悪感が消えるのではと思っていたが失敗してしまったようだ。
(わたくしもまだまだですわね。でもスティーブン様が何を考えているのか、よくわかりませんわ。なんというか……胸がキュッといたします)
桃華は知識として色々と知っていたとしても、ずっと狭い世界で生きてきた。
こうして実際に色々な人達と触れて思うことは、まだまだ知らないことや予想通りにいかないことがたくさんあるということだ。
「それにスティーブン様もまだまだ色々なご令嬢と素敵な恋をするのでしょう?」
きっとスティーブンだって……そう思っていたセレニティに予想外のことが起こる。
「…………俺はいい」
地を這うような低い声にセレニティはギョッとする。
冷めた目でどこか遠くを見ているスティーブンの表情は暗い。
「そ、それにまだ治らないと決まったわけではありませんわ。少し様子を見てみたらいかがでしょうか?」
「…………」
「もしかしたら傷がスッと消えることだって……」
セレニティはそう言ったあと、期待を込めた眼差しでドルフ医師を見るが、彼は眉を顰めながら首を横に振っている。
一向に引く気がないスティーブンに「まだ決めるには早すぎる」「様子を見ましょう?」と、セレニティは必死に訴えかけていた。
「そんなに俺と婚約するのは嫌だろうか。シャリナ子爵家にとっても君にとっても悪い条件ではないと思うが」
否定しすぎてしまったからか、しょんぼりするスティーブンにセレニティは焦っていた。
目の前でこうして拒絶ばかりしていたら落ち込んでしまうだろう。
(わ、わたくしの配慮が足りないせいでスティーブン様を傷つけてしまったわ……!)
焦っているセレニティを見て察したのか、スティーブンはある提案をする。
「セレニティ嬢がそこまで言うなら一旦、保留にしておくのはどうだろうか」
「保留ですか?」
「ああ、俺はセレニティ嬢が恋をして無事に結婚するのを見届けるまでは待つ。もし結婚しないのならば俺が君を貰い受ける。それでどうだろうか……?」
「スティーブン様がそこまでなさらなくても……!」
「そういうわけにはいかない。俺の気が済まないんだ」
しかしこのままセレニティが大丈夫だと言ったとしても、スティーブンは譲るつもりはないのだろう。
彼の熱意に押されるようにセレニティは頷いた。
「そこまで仰るのなら一旦、保留ということで」
「ああ」
もしかしてスティーブンはセレニティのことを愛しているのでは……と一瞬思ったセレニティだったが、ただ律儀な性格なだけなのかと思い直していた。
そしてこの段階でセレニティはスティーブンと婚約することを回避した。
心の中は喜びに満ちていた。
(──これでわたくしは自由よ!)
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