第18話


「謝罪、ですか」


「ああ、そうなんだ!以前は拒否したが、もう平気そうだろう?」


「…………」



このまま一切、引く気がない両親に早く屋敷を歩き回りたかったセレニティは仕方なしに返事を返す。



「わたくしは、いつでも構いませんわ」


「おぉ、そうか!では、そのように連絡をとらねばな」


「はい、スティーブン様によろしくお伝えくださいませ」



スティーブンが謝罪をしたいとなれば答えはイエスである。

会うのを引き延ばしたところで意味がない。

それにまた勝手に婚約者として決められてはたまらない。

婚約してしまえばセレニティの意思ではどうにもできないのだから。

ならば彼の気持ちを軽くするためにも早めの方がいいだろうと思った。

上機嫌で話す父と母を見ながら、セレニティはにっこりと微笑んだ。


(果たしてお父様とお母様の思う通りになるのかしらね……)


そんな二人の横を通り過ぎてから丁寧にお辞儀をする。



「ではお父様、お母様。わたくしは屋敷を歩き回って参ります」


「えっ……!?あぁ」


「……き、気をつけていってらっしゃい」


「セレニティお嬢様、待ってくださいませ!」


「うふふ~!」



セレニティはマリアナの手を引いて部屋の外に出た。

桃華の体では屋敷を歩き回ることをすらできなかったがセレニティになり、あんなにも願っていた夢が叶うかもしれない。

そのことでセレニティは頭がいっぱいだった。


食べる、歩ける、走れる……そのことを全て自分の足でできること。

普通のことを当然のようにできる有り難みを噛み締めていた。

まずは部屋を出て、赤い絨毯が敷かれた長い廊下をゆっくりと歩いていく。

一歩、また一歩と羽のように体が軽い。



「こっ、こんなに歩いているのに疲れないわ!また次の一歩が踏み出せるなんて……信じられない」


「セレニティ、お嬢様……?」


「マリアナ、次はあちらからあちらの端まで歩いてみましょう!」


「わ、わかりました」


「すごいっ!すごいわ……!わたくし歩いている!自分の足で」


「そう、ですね」



マリアナの顔が引き攣っていることも気にならないくらいセレニティは大興奮で廊下を歩いていた。


(わたくしが住んでいたお屋敷よりは狭いみたいだけど、隅々まで手入れしてあって素敵ね……!これならお庭を含めて一時間ほどで回りきれるかしら)


セレニティはアイボリーの壁紙を撫でたり、シャンデリアを眺めたりしながら、見慣れた屋敷を新鮮な気持ちで歩いていた。

飾られている絵画は目を楽しませてくれる。

誰かに押してもらう車椅子ではなく、自分で踏み締めて歩いていくことが楽しくて仕方ない。


包帯を巻きながら上機嫌でいるセレニティを侍従や侍女達は不思議そうに眺めている。

セレニティが王家のお茶会で怪我をしてしまったことは周知の事実だ。

そして今日までずっと塞ぎ込んでいてマリアナやジェシー、両親以外を部屋に入れることは絶対になかった。

シャリナ子爵達が何度もセレニティを説得していたが、部屋から出てくることはなかった。

それが一転してセレニティが自分から部屋の外に出てきたことに驚きを隠せないのだろう。

不思議に思うのも無理はない。

周りの人達が遠巻きでセレニティを見ている中、誰かが声を掛ける。



「セレニティ……?」



セレニティの目の前に現れたのは姉のジェシーであった。



「セレニティ、何をしているの?」


「あら、ジェシーお姉様。わたくしは今、廊下を歩いていますの……!」


「廊下を……歩く?」


「マリアナ、わたくしは廊下を何往復していたかしら?」


「只今、五往復目ですが……」

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