二日目 犯行後のトランプ。

 不法侵入、器物破損、銃砲刀所持、監禁、脅迫──。


 教団本部受付で牛山大悟の所在を確認した直後、オサムと益田達が見せた動きはイギリス特殊部隊の如くスムーズかつ迅速だった。


 夏休み終盤から修学旅行直前まで、グレートリカバリー教会の調査と平行して、実行部隊の育成にも力を注いでいたのである。


 極短期間で、益田と配下の組員達を厳しく鍛え上げたのだ。


 なお、地獄の訓練過程で何名かの反社が行方不明となっているのだが──、かえって世のため人のためとなったかもしれない。


「オ、オサムさん──さすがに腕を落とすのは、や、ヤバいですっ」


 日本刀を構えるオサムの腕に、必死の形相で益田がしがみついた。


 脅しやスカシではなく、常に本気の男であると分かっていたからである。


 教団本部に乗り込むと聞いた益田はカチコミであると解釈し、勢いで先代から組に伝わる刀を持ってきてしまったことを大いに後悔していた。


「ミトラのと言うらしい」


 そう言ってオサムは、刃の無い刀身の棟で牛山の掌を何度か打った。


「何でも治せる」


 牛山の額を汗が流れた。


「お前は──あ、阿呆なのか?」


 大艱難だいかんなんという危機を乗り越えるため、救世主牛山は至高神バアルから万病を癒やす力を授かったとされている。


 その力は、儀式によって他者へ授けることも可能で、教団内部の位階が上がるほどに強力な力を宿せる──という馬鹿馬鹿しい教義まで作っていた。


 つまりは、信者がヒエラルキーの上層を目指すモチベーションの源泉となっているのだ。


「いやいや、ワシの語る癒やしというのは、あくまでも魂の癒やしであってだな、万病とはこれ即ち魂を蝕む──(云々)」


 牛山はペラペラと舌を回しながら、警察かセコムに連絡するための隙を伺っている。


 他の本部職員達は会議室に監禁されており、現在の窮地を脱する手段は己のスマートフォンだけなのだ。


「──ユウナさんは頑張ってたんすよ」


 お調子者の京極がポツリと呟いた。


 西船の癒し系キャバ嬢ユウナ──。

 元店長や京極をグレートリカバリー教会に取り込んだ女である。


 新規信者の獲得は、教会への寄付に次ぐ功徳とされ、教団での位階を上げる手っ取り早い手段だった。


「妹さんの難病を治すんだって──」


 追い込まれた人間は藁をもすがる。


 どれほどに見え透いたペテンであったとしても、その代価が希望であれば手を伸ばしてしまうことが往々にしてあるのだ。


 愚か、というわけではない。


「ふむ」


 オサムにも人間のそういった行動心理は理解できた。


 もちろん、無駄な希望的観測など、戦場においては訓練と教育で抑止する。


「でも──やっぱり──嘘か」


 入信して間もない上、ユウナへの下心が動機の一部だった京極は、当然ながら牛山に癒やしの力が無いという事実を受け入れるのも早かった。


 そもそも世界が滅びるわけがないと心の片隅では真っ当に考えていたのだ。


「ま、今のはスマホで録画したんで、これをユウナちゃんに送信すれば──」

「いや、京極くん」


 京極の目を覚まさせるというオサムの初期目標は達成されている。


 とはいえ、数多の犯罪行為に及んでおいて、このまま帰れるはずがなかった。


「それは少し気が早いな」

「へ?」


 牛山大悟以下本部職員全員の殺害までを含み、オサムは幾つかのプランを用意して今回の蛮行を敢行したのだ。


「オサムくん! 言ってた通り、道場みたいな部屋に大量にあったよ」

「まったく何だって僕まで(ぶつぶつ)」

「な、なあ、これって犯罪なんじゃ──」


 イケメン氷室、指名手配教師の美木多、そして未だ名も無きサッカー部男子が、それぞれ段ボール箱を抱え部屋に入ってきた。


「──ひぎゃああっ」


 日本刀を構えたオサムに気付いたサッカー部男子が、抱えていた段ボール箱を取り落とすと床一面にSDカードや光学メディアなどの記録媒体が散らばった。


 そのうちの一枚をオサムは拾い上げると、牛山の眼前で左右に振った。


「自分の生殖行為を記録に残すのというのは──いわゆるセンチメンタリズムなのか?」


 陸に打ち上げられた魚のように口を動かすだけの牛山に、オサムは早々に解答を得ることなど諦めた。


 さほど興味も無かったのだ。


「ま、ともあれこの教団は、まるっとボクが頂こう」


 ◇


 益田達に後始末を任せ、堂々と教団本部の正面口から出てホテルへ戻った一行は、自然とオサムの部屋へ集まっていたのだが──、


「ほい、ミカの負け」

「んじゃ、よろしく」

「ったく、やっぱりギャルって馬鹿ね」

「ご、ごめんね。白鳥さん」


 なぜか、高校生らしくトランプをしていた!

 

 林間学校での遭難を経験して以降、異常事態への耐性が高まっているのかもしれない。


 修学旅行で女子が部屋に来るというイベントに気を良くした京極に至っては、すっかり先程までの落ち込んだ様子はかき消えている。


 結局のところ、骨の髄までお調子者なのだ。


「はいはい。ジュース買ってくりゃいいんでしょ」


 そう言ってミカは腰掛けていたベッドから降りた。


「あっと、あたしはビールね。よろ〜」


 なぜかクラリスとキララまでも忍び込んでいた。


 なお、指名手配中の美木多は既に姿を消していたが、キララが居る以上はどこかに潜んで元気にストーカーしている可能性は高い。


「ボクも付き合おう。本数が多いからな」


 そう言ってオサムは、ミカに先立つようにして部屋の扉を押し開いた。


「え──、う、うん」


 背中にキララの射殺すような視線を感じながらも、少しばかりドギマギした気持ちでミカは部屋を出た。


 ──えっと──そういや、オサムと二人きりってあんま無いよね?

 ──つか、何でキンチョーしてんのよっ。

 ──処女でもな──あ、いや処女だけど。


「ホテルを出て左手に三十メートル進んだところにコンビニがある。そこへ行こう」

「そ、そだね。ホテルの自販機だと高いもんね」

「うむ」


 重々しく頷く無愛想な男の横顔を、ミカはちらりと盗み見た。


 ──オサムって何者なんだろ……。


 絶望的な遭難を切り抜けてミカの命も救い、夏休みにはコンカフェを繁盛させつつ反社を手懐けたかと思えば、完全に違法な手段で妙な教団を貰うと宣言した高校生──。


 危険人物と言って差し支えないだろう。


 ──けど……。


 彼女はとうに堕ちていたのだ。


 断崖から滑落した身体を抱えられた瞬間から、処女ギャルの白鳥ミカは──、


「白鳥ミカ」

「ひゃ、ひゃいっ!?」


 オサムから唐突にフルネームで呼ばれたミカは、思わず背筋をピンと伸ばし妙な返事となってしまった。


 この時、オサムもまた修学旅行前の決心を実行に移すつもりでいたのである。


 ──服の上からは並に見えるが、記載されたスリーサイズが正確なら、平均を僅かに上回っている。

 ──平均より僅かに上 = 低ランクの巨乳。


 ゆえに、白鳥ミカに告白するのだと!


「ボクは──」


 雰囲気、声音、タイミング、その全てからミカは察したのである。


 ──ま、まじ!?

 ──来たあああああああ、おらああああああ! うらうらっ。


 これは告白であると。


 ──処女喪失っ、極ぃっ!


 だが、その時──、


「か、火事だああああっっ」


 けたたましい警報音と共に、何者かの絶叫が辺りに響いた。

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