二日目 教団本部突入。

 錦市場で腹ごしらえを終えた一行は、京都市左京区へ移動している。


 グレートリカバリー教会。


 教祖、牛山大吾を救世主としてたてまつり、教義内容は神道、仏教、キリスト教──等々、あらゆる既成宗教からドグマを拝借したキマイラ系新興宗教である。


 そんな教団の本部前の閑静な道路脇には、黒塗りのSUVが十台ほど整然と居並んでいた。


 通行人の注目を大いに引いてはいたが、誰もが関わり合いになるのを避けるようにして足早に通り過ぎていく。


「良く分かんないんだけどさ──」


 オサムと同じ車両に乗り合わせた白ギャルのミカが、窓の外に建つ教団本部を見ながら呟いた。


 後部座席中央にオサム、両隣にキララとミカが座っている。


「──インチキ宗教にしちゃ、建物が立派すぎない?」


 宗教色の薄いモダンな現代的デザインのビルなのだが、警備員の常駐する正面玄関脇の外壁には『グレートリカバリー教会』と銘が穿うがたれている。


 金の掛かりようは、西船に在る教会とは雲泥の差だった。


「インチキ? いや、有益性に濃淡はあるとして、古今東西あらゆる宗教はペテンだろう。慈悲を備えた神仏など居るわけがない」


 と、オサムは身も蓋もないことを告げた。


 無論、これは死線を生きてきた彼独自の見解である。


大艱難だいかんなんなる苦海の試練を生き延びられるのは信者だけだ。その後にグレートリカバリーが発生し、資本主義と階級闘争から開放された永久とこしえの楽園で笑って暮らせるらしい」

「──は?」

「短期的に結果を出したいなら、終末思想を教義に盛り込むのは定石となる」


 宗教を使って利得を生み出す肝は、いかにして信者の現世利益に対する欲求を放棄させるかにある。


 そのための手法として、もうすぐ世界の終わりが来る──という教義は非常に使い勝手が良いのだ。


 ただし、世界が終わるはずもないという点について、教祖自身は深く心内に刻んでおかねばならない。

 適当なところで手仕舞いするか、教義の軌道修正を図っていく必要がある。


「ま、待って下さいよ、オサムさん」


 オサムとミカの会話を黙って聞いていた助手席に座る京極が振り返った。


 癒し系ユウナに誘われるがまま、信者となってしまった男である。


 メイドカフェやコンカフェ等々、何にでもすぐ嵌ってしまうタイプなのだろう。京極は骨の髄までお調子者なのだ。


「信じてもらえるか分かんないですけど、俺は奇跡を見たんですよ」

「ほう? 奇跡ならボクも何度か目にしたことがあるが──」


 極限状況で起きうる低確率な事象を、オサムは身を以て体験している。徒手空拳でタクラマカン砂漠を生き抜けたのもその一つだろう。


「船橋の支部長が手をこう、すぅ〜っとかざすだけで怪我が治った人がいるんすよ! 切り傷がみるみる治っちまうのを俺は眼の前で見たんですから!!」


 京極が興奮した様子で主張した。


「バッカみたい」

「ったく。だからあんたはお調子者なんだっての」


 キララとミカは呆れた表情を浮かべている。


「だから見たら変わるって。支部長クラスは切り傷程度だけど、大観だいかんさまなんて千切れた腕もくっつけるらしいし──」

大観だいかんさま?」


 キララの疑問には京極ではなくオサムが応えた。


「それが牛山大吾の聖名だ。何を観る気か知らんがな」


 面白い、と誰にも聞こえない声でオサムは呟きながらSUVを降りた。


「治せるかどうか、奴の腕で試してみよう」


 オサムはトモダチである京極の目を覚まさせると固く決意していたのだ。


 ◇

   女女女女

  女女金金女女

 女女金ロリ金女女

   女金金女女女


 以上が牛山大吾の脳内である。


「本日も大観だいかんさまの手かざしを受けるべく、迷える雌羊たちが至福の間にて待機しております」

「ぶああ〜あ」


 教団本部の執務室奥に置いたキングサイズのベッドから半身を起こし、牛山は名前通り牛のような大あくびをした。


 昨夜は遅くまで選挙を間近に控えた地方議員の接待を受けたうえ、芸者遊びをハシゴしたために寝不足だったのだ。


 なお、牛山の自宅は東京白金にあるウン十億の豪邸である。


 京都本部への来臨は出張ということになるのだが──ようは羽目を外すために来ているのだ。


 ホテルではなく教団本部に寝泊まりするのもマスコミ対策の一貫となる。


「女どもに、婆さんが紛れ込んどらんだろうな、根津田?」

「滅相もない。もうピチピチのピチでございます」


 根津田と呼ばれた男が慇懃に頭を下げた。


 教団本部の管理を一手に担う男で、売れないマジシャンだった男を教祖に成り上がらせた裏方の一人でもある。


「ふぅぅぅ、けど、どうせ信者の女だろう?」

「はい?」


 根津田が首をかしげた。


「な〜んかそれ飽きたわい。いつも信者信者信者。たまには信心に至っておらん素人女子と戯れたいのお」

「そ、それは──」


 だからこそ芸者遊びをさせてやってるんだろうが、と根津田は思ったが、信者ではないにしろ芸者はプロであり素人女子とは言い難い。


 牛山が求めているのは純然たる素人──。


 言い換えるなら、散歩中にたまたま前方から歩いて来る女なのだ。


「さすがにそれはリスクもありますし、何よりどうやって──」


 根津田が色狂いを諌めようとしたところで、柔らかなメロディが流れた後に女の声が響いた。


 << 執事長、聖務中に失礼致します 。来客がありまして── >>


「来客? 今日は予定を入れていなかったはずだが」


 << アポは取られてないのですけれど、是が非でもと >>


 牛山の執務室に入ったなら全てが聖務となるため、アポ無しの来客程度で割り込むのは異例である。


 << そのう──益田興業の方々が── >>


「ふぅ、あのタカり屋どもか。しつこい反社だな。府警に連絡すると言ってやれ」


 現代日本は暴対法ある限り、絶滅危惧種のヤクザなど恐れる必要はなかった。


「待て、根津田(べろり)」


 手元のスマートフォンで、受付の監視カメラ映像を見ていた牛山が、太い舌で唇の端を舐め回しながら言った。


「ワシが本部に居合わせたのも何かの縁だろう」


 黒服の男達に囲まれるようにして、四つの華が咲いていたのだ。


 JK二名、キャバ嬢一名、そしてロリ一名。


 筋の悪い益田興業の用向きも、客人達の関係性も分からないが、この時の牛山は己の本能が命じるがままに行動した。


 つまり──、


「ご招待しなさい。ワシの手かざしは万人への祝福だからな。くふふふ」

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