修学旅行編
リメンバー・班決め。
オサムの通う高校では、九月中旬に修学旅行が実施される。
「つーか、何で今年は沖縄じゃないわけ?」
襟元を拡げ、白ワイの胸元へと、扇子で風を送りながら白鳥ミカがぼやいた。
「う、うん」
内心ではホッとしている双葉アヤメだったが、表向きは否定も肯定もせずにおいた。
巨乳を活かすと決意したとはいえ、親しくもないクラスメイトに、ビーチで水着姿を見られるのは抵抗がある。
特に同性――モブ女子辺りに影口を言われそうな予感があったのだ。
その点――、
「ふむん、京都か。実に楽しみだ」
古都、京都ならば安心安全である。何の刺激も無いが、アヤメとしてはそれで十分だった。
風呂も部屋付きのものを利用すれば、誰からもとやかく言われる心配が無い。
「え、そ、そうかな?」
オサムが前向きであると知って思わずアヤメは問い返した。
彼女にとって今回の修学旅行は特別だった。もはや、観光などどうでも良く、ある重大な決意を実行に移す予定でいる。
――もう、疼きが止まらないの――私――。
――このままじゃ、きっと狂ってしまうわ……。
極めて一般的な基準で考えるなら、既に彼女は狂っているのだが――。
ともあれ、アヤメは疼きの原因である同級生を見詰めている。
「日本の旧きを学べる場所なのだろう。寺社巡り、京懐石、茶道、芸者――何れも味わってみるつもりだ」
「い、いや、オサムさん――さすがに芸者遊びは無理っすよ」
謎の新興宗教に嵌っている京極だが、学校には登校をしてきておりオサムにも忠誠を誓っていた。
その証拠に、黒服バイトをサボった件について、ハイパー土下座をかまして謝罪をしている。
土下座に何の価値も見出していないオサムだったが、癒し系ユウナ問題を解決する為にも、京極を泳がせておこうと判断し不問としていた。
「つっても、俺も楽しみなんですけど」
「はぁ、あんたが?」
ミカは小馬鹿にした口調で京極を睨んだ。
お調子者ごときに、京都など不釣り合いだと感じたのだろう。
「そりゃ、本部が――あ、いや、ええと、ちょっとな――」
途中で口を濁した京極に、オサムは少しだけ興味を示したが、すぐに手元の「修学旅行のしおり」へ目を戻した。
「でも、結局また林間学校と同じ班になったね」
媚びるような声音で、モブ女子がミカに言った。
修学旅行の班決めは、またしても「好きなもの同士で集まる」という、そろそろ文科省で禁止すべき方式が採用されていたのだ。
その結果、ミカがアヤメを誘い、二人がオサムを誘い、オサムが京極を誘うという図式が成立したのである。
モブ女子の放つ仲間になりたそうなスライムアイを無視できず、アヤメが声を掛けた事でモブ女子も同じ班となった。
そして――、
「あ、私――戻らないと」
班決めが終わったので、クラス委員のアヤメが教壇へと戻っていく。
九月でクラス委員の任期は切れるが、次は生徒会への野心を抱いているので仕事の手を抜くつもりなど無かった。
副委員長と共に教壇に立って教室内を見回す。
五から六名のグループに別れ、「好きなもの同士で集まる」を実行した結果が目の前に拡がっていた。
――やっぱり、こうなっちゃったか……。
素知らぬ風を装いつつも、やるせないオーラを放つ二人が窓から外を眺めている。
イケメン氷室とサッカー部男子だった。
林間学校の遭難から戻って以来、彼等の地位はダダ下がりとなっている。最も痛手となったのは、京極が詳細に記したメモがマスコミ関係者の手に渡ったことだろう。
個人名は隠されていたが、遭難中の出来事がAくんBさん形式で、表現を柔らかくしつつも週刊誌の記事になってしまった。
――深い霧の中に怪我人と女子を放置して逃げた二人組。
――チロルチョコを最後まで隠し通した男。
――ミカが落下したのも元を正せば、Kくんを押したHくんに問題が……。
という次第である。
いくら仮名になっていてもクラスメイトであれば見当はつくし、京極が実名版をSNSで流してもいる。即座に消されてはいるが――。
そのようなわけで、クラスで一番の嫌われ者の座は、晴れてオサムから二人へと移っていたのである。
この状況はオサムに接近しようとしているミカにとっても都合が良かった。
――ま、このままでいいよね。
――ろくでもない奴らだし。
と、ミカは冷たく突き放している。
「えと、まだグループを作れてない人もいるので、じゃんけんを――」
「委員長」
アヤメがマニュアル通りの提案をしようとしたところで、例によって真っ直ぐ天へと向かい右手を伸ばした男がいた。
「――ん?――あ、はい、戸塚くん」
「じゃんけんなど不要だ。余った二人は、ボクが所属する班で引き取ろう」
「え――」
つまりは、アヤメとも同じ班になるのである。
正直に言えば拒絶したい思いがあった。霧の中に放置されたし、チロルチョコを隠していたという性根も気持ちが悪い。
「
だが、オサムにはオサムの思惑がある。
「――これこそ、ゴールデンメンバーだろう」
ゴールデンと聞いたアヤメは、またも疼きを感じていた――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます