夜が来た。
霧に包まれ立往生しているうちに夜になってしまった。
曇り空のため、月明かりも無い。
そのため、オサムが持って来ていたLEDランタンを地面に置いて、みんなで囲み座っている。
なお少し前に、シレっとした顔で、
アヤメは復讐のため、自分がオシッコを漏らしてしまった場所へ、
――私たちを捨てて行ったこと、ぜったいに忘れないんだからっ!
ただし、既に乾いているので、さほどの実害は無かった。
「休めそうな場所を探しに行ったんだよ。けどさ、あっちには何も無かった」
「はあ?どーせ、逃げてて何にも見てないっしょ」
ギャルが小馬鹿にした声で言う。
「ミカぁ、何べん言ったら分かってくれんだよぉ」
サッカー部男子が情けない声を上げる。
彼はギャル――白鳥ミカの隣に座り、先ほどからご機嫌を取るために色々とアプローチを図っているが、まったく上手くいっていないようだ。
実は二人は、少し前から付き合い始めていた。本来なら、林間学校のホテルで、パツイチ決めるつもりでいたサッカー部男子は必死である。
そんな様子を、目を覚ましたお調子者が、ジッと見詰めている。
普段の彼なら場を和ませるオモシロを言ったはずだが、目を覚ましてからは何も話さなくなってしまった。
様子がおかしいのは彼だけではなく、伊集院も同様である。
イノシシに襲われたところをオサムに助けられたくせに、オサムが近付くと怯えたように離れるのだ。
今はゴリラのような身体を小さく丸めて端の方に座っている。
「なるほど。二人とも貴重な情報をありがとう」
律儀にオサムは頭を下げた。
「となると、やはり下に行くほか無さそうだな」
「下って?」
アヤメが不安気に尋ねる。
「天王寺さんと行った時に見付けたんだが――」
「オサムきゅん!私のことはキララって呼ぶ約束をしたでしょ!!」
アヤメ以外の面子は、どうなってんの?――という表情を浮かべる。
――マインドコントロールが、ここまで進んでしまっているのね……。
遭難という危機を一瞬だけ忘れ、アヤメは無事に戻れたら誰に相談しようかと考えた。
――やっぱり、
「あ、そうだったな。済まない、キララ」
「きゃうぅぅ」
何だかイキそうな表情で顔を赤らめる。
「キララと――」
「きゃうぅぅぅ」
「キララ――」
「きゃうぅぅぅ」
少しだけオサムが迷惑そうな表情を浮かべたのを、アヤメは見逃さなかった。
――わ、悪い男だわ……。
「ともかくボク等が下に降りた時に洞穴を見付けたんだ」
急斜面を転がり落ちたお調子者を助けるため下に降りたオサムは、そこの壁面に小さな洞穴を見付けている。
残念ながら、オサムが持参した荷物と、郵送しておいた多量のビバーク準備は、教師達に差し押さえられてしまっていた。
そのため、この場で一夜を明かすのは危険だとオサムは判断している。
「洞窟で寝るってこと?」
「そうだ」
「でも遭難した時って動かない方がいいんじゃないか?」
「本来、迷うはずのない場所でボク等は迷った」
オリエンテーリングで遭難するなど有り得ない話しだった。
「理由は見当も付かないが、標識と地図に誤りがあったとしか思えない」
オサムがそう言うと、伊集院が少しだけビクリと肩を動かした。
「なおかつ、スマートフォンで位置情報を伝えられていないだろう?」
雪山でもないので、スマホさえ有れば、間違いなく救助が来るはずだ。
「つまり救助隊が捜索していたとしても、動いた場合のデメリットは低い」
リスクは夜間に移動した場合の怪我なのだが、この場で夜を明かすことも危険である。
「一応、キミらでも降りられるポイントは見付けてあるし、人数分の懐中電灯も持って来ている」
彼が背負うリュックだけは、教師達も見逃してくれたのだ。
「大丈夫、ボクが居る」
学校一の嫌われ者――そしてボッチフツメンが言った。
暗がりの中、LEDランタンに照らされ、頬に大きな傷のあるオサムは何とも不気味なルックスである。
――け、けど、今はBJが一番頼りになるわ……。
そう考えたアヤメは、不安そうな表情を浮かべたままの同級生を説得しようと口を開いた。
「そ、そうだね。みんなも――」
「は~い」
天王寺キララは、アヤメの言葉に被せるように元気な返事をした。
「オサムきゅんの言う通りにするね!」
天使の笑顔をオサムに向ける。
「んじゃ」
だが、くるりとアヤメたちに顔を向けた時には天使が消えていた。
「あんたらも、さっさと支度しなさいよ。とろいわね」
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