イノシシ狩り。
「ぎゃわ、ぎゃわああ、あっちいけ――しっしっ――いでえええッ!!」
「フゴッフゴッフゴオオオッ」
アヤメも聞き覚えのある気もする男の声と、獣の怖ろしい鳴き声が聞こえる。
だが、誰だったか、などと思い出している余裕は無い。
人並み以上に臆病な彼女は、地面にへたり込んで、隣にいるギャルと身を寄せ合うほかなかったのだ。
「たす――たすけ――」
口をぱくぱくさせながら、
だが――、
「ちょ、ちょっと、アンタたちっ!!」
既に
「てんめ、うちら置いて逃げんなよっ!!」
ギャルは恐怖も忘れ怒りまくっているが、
先程までより、さらに霧が濃くなっているため、数メートル先ですらボンヤリとしている。
「ぎゃああ、いでええ、だずげでええ」
「フゴゴオオオッ」
他方、何かに襲われている男の悲鳴も止む気配が無かった。
獣の鳴き声も、いよいよ激しさを増している。
「委員長、立てる?」
「うう――む、無理――ごめん――白鳥さん」
「肩貸すから、頑張りな。なんか、地面もびしょびしょに濡れてきたし――」
「そ、それは――うう」
意外なギャルの優しさに、アヤメは思わず涙しそうになる。
――人を外見で判断しちゃ駄目なのね……。
「ありがとう」
「いいって――それ」
ギャルの肩を借り、アヤメが立ち上がった時のことだった。
「ぎゃあああああ、あ、あ、あああっ!?」
獣に襲われている男が、驚きの声を上げる。
「フゴフゴフゴオン」
地面が地震のように振動した後、木の枝が激しく擦れるような音がした。
「フンゴオォォォ――」
さらには、固い物で、何かを打ち付ける打撲音が続く。
新たな恐怖に震えるアヤメの感覚では永遠とも思えたが、実際には数分程度が経過しただけだ。
獣が小さくいなないた後、辺りに静寂が落ちた。
男の声も、獣の声も消えている。
鳥の鳴き声と羽音、そして――、
「――ひぃぃ」
「ヤバ」
霧の奥から、不気味な足音が近付いて来る。
ずるずると何かを引き摺る音もした。
「ら、らめぇ」
立ち上がりはしたが、アヤメとギャルはさらに強く抱き合った。
というよりも、アヤメが腕と足を巻きつけて、一方的にギャルにしがみついている。
「だ、誰?――先生?」
ギャルが、僅かな期待を滲ませて声を上げた。
「いや――」
声が届き、霧の奥から返事が返る。
「――違う」
「え、え?」
「マジ!?」
「残念ながら、ボクだ」
現れたのは、右肩にお調子者、そして左肩にイノシシを乗せた戸塚オサムだった。
妖しく顔を上気させた天王寺キララも後に続いている。少し唇の端に涎が垂れている。
尚且つ地面には大男の姿まであった。
オサムが腕を掴み引き摺ってきたせいか、男のズボンは膝まで落ちている。
テディベアの描かれた可愛らしいパンツが見えていた。
ゴリラこと伊集院の意外な趣味が露見した瞬間だったが、誰もツッコミを入れる気分にはなれない。
呆気に取られているアヤメとギャルの足元に、オサムは担いでいたイノシシを放り投げた。
「フム、何と言えばいいのかな。まあ、ちょっと、拾ったんだ」
「は、はい?」
「はあああ?」
「美味そうだったしな」
あまりに見え透いた嘘に、アヤメとギャルの声が重なった。
そもそも、急斜面の底にいたのではなかったのかという疑問がある。
この短時間で、上まで戻って来るルートでもあったのだろうか――。
頭の中をぐるぐるとクエスチョンマークが踊る。
「それより、どうにも怪我人が多い」
お調子者は急斜面を落下した。
元々怪我人だった伊集院は、イノシシにまで襲われている。
松葉杖で林間学校に参加する根性はあるようだが――。
「霧が晴れたら、少し休める場所を探そう」
そう言いながらも、なぜかオサムは鼻をひくひくとさせている。
――何だか嗅いだ記憶のある匂いがするな。
――ボクを元気にさせる――何だったろうか……。
「分かったわ。オサムきゅん!」
いつの間にかタメ口になっているが、天王寺キララだけは、元気いっぱいの様子で答えた。
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