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蒼貴

少女な少年

 少女は街を歩く。辺りは暗く、白い人工の光が少女の足下を照らしている.少女は目的の場へと迷いなく歩みを進めた。その道中には仕事に疲れた大人たちが集う通りがある。店から溢れる暖かい光、塩みの強そうな料理の看板、揚げ物とアルコールの混ざった香り、やいやい、わははと賑やかに響く大きな音で満ちたこの空間にひるむことなく奥へ奥へと進んでいく。この場に似つかわしくない少女の姿が、通りを歩く大人たちの視界に入る。しかし、少女に声をかける者は1人としていない。考えられる理由はふたつ。ひとつは今日が金曜日であり、ここには居酒屋が軒を連ねているから。1週間、ときに自分に鞭を打ちつけ働かせてきた脳に、今日酒を注いだ。仕事の同僚や友人と盛り上がり、酒をあおる手は止まらない。疲れ切った脳はアルコールに溺れ、状況の認識がままならないのだろう。もうひとつの理由は、保身。夜遅くに10代前半と予想される未成年に声をかけるなど、下手をすれば通報されるだろう。だから少女は誰にも邪魔されることなくここを通過できる。・・・・・・普段ならば。

「ねえ、君」

 少女は足を止めない。

「お嬢さん」

 少女は自分に話しかけられているとは思いもしない。

「ちょっと!」

 肩をポンと叩かれると初めて足を止め、振り返る。少女に声をかけたのは20代後半くらいの男性だった。少女は少し身構え、男性の目を下からのぞく。

「こんなところで何してるんだ」

「お兄さんには関係ないよね?」

「・・・・・・分かった、聞かないことにしよう。その代わりに目的地までついて行っても?」

「なんで」

「夜に女の子1人で歩かせるわけにはいかないから」

 少女は少しだけ目を見開き、きょとんとした表情を浮かべた。そして男性に問う。

「お兄さんは俺のこと、女の子に見えるの?」

 男性は少女の発した言葉の意味を考える。確かに首には喉仏があり、スカートからのぞく足は男子のものに見える。そのとき、男性は「少女」を「少年」と認識した。そこで問の意図を考える。この少女、もとい少年はどのような答えを求めているのだろうか。週末の疲れた脳をフル稼働させる。男性は答えを決め、ゆっくりと口を開く。

「・・・・・・見える。申し訳ないけど」

 すると少年は困ったように笑った。選択肢を間違えたかもしれない、と男性は内心思う。しかし、目の前の少年は聞こえるか聞こえないかという声で「よかった」と呟いた。男性の頭には疑問が浮かぶが、それを知らずに少年が話し出す。

「だとしたら、お兄さんは完全に不審者だね」

「え」

「だってこんな夜中にセーラー着てる女子中学生に声かけてるんだよ?しかも大人の男が」

 男性は納得する。しかしここで引き下がらない。

「それを言うなら君だってそうだろ。居酒屋が並ぶ通りをセーラー服着た女子中学生が平然と歩いているのだって不審だ」

 言い返され、少年は笑う。

「たしかにそうだね。でも社会的弱者は俺の方。ここで俺が高い声で『きゃー』って叫べばみんなが俺の味方をしてくれる」

「でも君はそれをしない。そうだろ?」

 ここで叫べば騒ぎになる。それをこの少年は望まないはずだ。そう考え、男性は少年に問う。すると少年は小さく両手を挙げた。

「分かった、お兄さんの勝ち。敗者はここで退散するよ」

「は?ちょっ、待っ」

 男性は立ち去ろうとする少年を引き留めようと手を伸ばすが後ろから名前を呼ばれ、その手を下ろした。男性にも立場がある。妙な噂を流されると困るのだ。そんな男性の思考を読んだかのように、少年は振り返ることなく姿を消した。その直後、男性の肩をつかむ手があった。

「松川くん、なかなか戻ってこないから会計済ませちゃったよー」

 50代の男性が笑いながら告げる。男性、松川はほっとした。この男、あの少年に気づいていないようだ。松川は振り返り、申し訳ないふりをして謝る。

「いいよ、若者にはつまらなかったのだろう?」

「いえ、そんなことは」

「そこで!」

 松川の言葉を遮り、男性はずいと松川にその酒臭い顔を寄せる。

「我々がよく行く店に君を連れて行ってあげようという話になってね。もちろん来るだろう?」

 松川は心の中で言う。そう言われて断れるはずないだろ。しかしそれを表情には出さず、にこにこと笑顔を保ち、「えぇ、行かせていただきます」と返事をした。さぁ行こう、と男性は松川の背に手を添え、集団の先頭を歩く。集団といっても松川、男性を含み7人ほどだ。促されるままたどり着いた目的地は、いわゆるキャバクラだった。若者はこういうところが好きだと思っているのか、この男は。どちらかと言えばお前らおじ共が好きなだけだろう、と松川は内心あきれた。

「ここはすごく良い子が多くてね。ここらじゃ結構人気なんだよ」

「へぇ、そうなんですね」

 松川はポーカーフェイスを保った。店内に入ると黒服がやってくる。

「予約した近藤だ」

「お待ちしておりました」

 どうぞ、と案内された席にはすでに5人の女性がスタンバイしていた。

「あっ、ノリアキさーん♡久しぶり~~♡」

「ルリちゃ~ん♡」

 語尾にハートがつくような応対に松川は苦笑いを浮かべた。それを見た近藤とは別の男性が松川にひそひそと話しかける。

「近藤さん、あの子のこと気に入ってるから気をつけた方が良いぞ」

 松川が頷くのを確認し、男性はそそくさと端の席に陣取った。松川も端の席に座りたいので皆が座るのを待っていると近藤に声をかけられる。

「松川くん!こっちへ来なさい!さぁ遠慮しないで!」

「すみません。僕、人に挟まれるのが苦手なので端に座らせていただきます」

「そうか・・・・・・彼はね、まだ20代なのにとても経営の手腕がよくてね、あのアカシアグループの社長なんだよ」

「え~~!すごい偉い人じゃないですかぁ~!」

 松川はため息を押し殺しつつ近藤から視線をずらす。すると近藤の背後にいた黒服が目に入る。とても華奢で、身長も低いその後ろ姿があの少女、いや、少年のものと重なった気がした。

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