第32話 無理するから

「よーし、あと10分だ。みんな気を抜くんじゃないぞー」


 今は4時間目、体育の時間。


 でもって今の季節は冬。

 冬の授業でやること言えば、持久走。

 どうせならってことでグランドを走らさせれてる。


 一組と二組、隣のクラスと。

 しかも男女合同。

 総勢60人くらいでグランドをずっとグルグルさせられてる。


 持久走大会とかは特にないから、代わりにこんな感じ。

 寒さに晒される中、黙々と。

 それが授業の中で5回くらい組み込まれてる


 味気ないと言うか、たんぱくと言うか。

 うん、これはこれでなんだか私立っぽいよね。


 それで、気になる僕のことなんだけど。

 なんせ普段から走ってる。

 こういうのは慣れてるから、今のところは全然大丈夫。

 

 むしろ今日は調子が良い方だったり。

 これはたぶん行けるかもしれない。


 ふん、知られざる僕の力、みんなに見せてあげるよ。


 ……そう思ってた時期が僕にもありました。

 うん、やっぱり運動部の人は速い。

 残念だけど、先頭列にはついてとても行けそうにない。


 まあ、所詮は帰宅部だから、ちょっと走ってるくらいじゃたかが知れてる。

 それに比べて運動部は過酷な練習をほぼ毎日やってるワケで。

 そうだよ、現実は厳しいんだ。


 無理してもバテるだけ。

 頑張ってついて行かずに自分のペースを維持する。

 ペース配分をミスってバテるなんて一番恥ずかしいからね。

 

 僕は賢いから。

 その辺はちゃんと考えてるよ。


「よーし、ラスト5分だ。頑張れー」


 あと5分か。

 体力的にもまだ余裕があるから、少しだけペースをあげてみようかな。


 よし、ギアを上げよう。


「──はあ……はあ……はあ」


 ……って、ん?


 あっ、篠宮さんだ。

 僕の前方に篠宮さんが見えてきた。

 たしかもう3回目になるから、これで3週差


 篠宮さん、バテてる。

 呼吸も荒くなって、結構やられてる。

 日頃から走ったりしないんだろうね。

 完全にペース配分をミスってる。

 

 そっか、運動は苦手だって言ってたね。

 確かにその通りで、運動音痴な人の走り方そのモノ。


 フォームがバッティングセンターの時と違って見る影もない。

 力は結構あるのに、運動神経は悪いんだ。アンバランス。


 別に無理して走らなくていいのに。

 疲れて普通に歩いてる人もいるし、何なら休憩してる人もいる。


 先生も無理するくらいなら休んでいいって言ってる。

 なのに謎に意地張って、また変なところで真面目さんだね。


 ん、いつまでも見てるのはおかしい。

 後ろから一定の距離でついてくる男子。

 完全に気持ち悪い人だ。

 そんなの僕でも分かるよ。

 

 残念だけど、僕にしてやれることは何もない。

 可哀そうだけど、このままさりげなく追い抜いて、

 

「──大丈夫か? しのぶ」


 ん? 誰かが篠宮さんの隣に。

 横について、篠宮さんのことを心配してるみたい。


「あ、明代ちゃん……」

「無理すんな。自分のペースで走れって先生も言ってただろ」

「う、うん……」

「なんだったら一緒に休むか?」


 あの子は篠宮さんのお友達で、隣のクラス

 名前はたしか……


 ビューン!


 ん? 風が。

 いま誰かが、一瞬で僕を通り過ぎて、すごい速さで前に出た。


 ……女子だ。

 僕は今、女子に追い抜かれた。


 僕を抜き去った女子。

 篠宮さんのところで一時減速。


 そのまま肩をぶつけて、


 トン


「──おっす! 篠宮氏! おやおや~? バテバテですね。大丈夫ですか~?」


「はあ……はあ……と、友ちゃん……」


「ほれほれ~、もうこれで4週差ですよ。情けないですねえ……あっ、そのお隣にいるのは、神宮寺殿ではないですか」


「友子、てめえ……」


「おやおや~? いいんですか~? 剣道部主将ともあられるお方が、よもや文化部の私なんぞに後れを取るなんて。可愛い後輩たちに示しが付かないのでは?」


 メガネ、クイクイッ、クイッ!


「うるせえ。アタシは部活があるんだ。こんなところで体力を使ってられるか」


「またまた~、言い訳がましいですよ。まっ、そうやって私に勝てないという現実から、一生を目を逸らしてるといいですよ。プププッ」


「チッ、調子に乗って……」


「ではお二人とも! 私はさらなる高みへ、スピードの向こう側へ行ってきます!」


 ビシッ!


「では諸君! おっ先~」


 ビューン!


「おい! 待て友子! そんなに急ぐと!」


「と、友ちゃん……待って、一緒に走ろうって、友ちゃんが……」


──うおッ⁉ なんだアイツ⁉ 運動部の俺らが追い付けねえぞ⁉


──なにぃ⁉ さらに加速しやがった⁉ 引き離されていくうううッ⁉ 


──く、くそッ! アイツはたしか、奇行ばかり目立つ、写真部の──ッ







 ──そして、走り終えて、


「お、おえぇ……き、気持ち悪っ……」


「だから言っただろ。文化部が無理すんなって」


「わ、私は悪くない……悪いのは、そうです。ランナーズハイが……内にあるアドレナリンパウワーが私をそうさせて……」


「ったく、しょうがないな……ほらっ」


 ヒョイッ!


「じ、神宮寺殿⁉ いきなりなにを⁉ お姫様抱っこ⁉ まさかこれは……お持ち帰りというヤツでは⁉」


 バタバタ、バタバタバタ


「おい、暴れんな。落っことしちまうぞ」


「うるさいです! 私を一体どこへ連れて行く気なんですか! 食べれる! みんな見てください! 神宮寺殿に捕食されてしまう! ええい! 放せえええ!!!」


「誰がお前なんか持ち帰るか。それにアタシはただ困ってるダチを、保健室に連れて行こうとしてるだけだ。勘違いすんな」


 ピ、ピタッ


「じ、神宮寺、さん……」


 キュン


「ん? どうした友子? 急に大人しくして」


「い、いえ……」


 ドキドキ


「なんだ? 変なヤツだな」


「……ハッ! 私としたことが、あろうことか友人に、しかも同性相手に劣情を⁉ くっ……神宮寺! 貴様あああ!!!」


 バタバタバタ!


「うっせえ、いいからもう黙ってろ」


 パシッ


「あいたっ」


 ガラッ



 ……そして、

 四時間目の体育も終わって、お昼の時間。


 今日は水曜日。

 だから僕は1人で食べる日。

 篠宮さんはいつも友達と食べるはずなんだけど……


「うぅ……気持ち悪い……」


 篠宮さん、大丈夫かな。

 あれから気分が悪いらしくて、机にずっと突っ伏してる。

 お友達にペースを乱されたらしくって、すっかりダウンしてるんだ。


「篠宮さん、具合の方はどう? ほらっ、チョコだけど、いる?」


 とりあえず何か食べないと。

 こういう時はチョコが良い、って母さんが言ってた。

 だから一応、母さんのお菓子ボックスからくすねておいたんだ。


 それで、どうかな、篠宮さん、


 フリフリフリ


 頭を振ってる。


「何でもいいから何か食べないと。午後が持たないよ」

「……ごめん冬木くん、悪いけど今は話しかけないでもらえるかな?」

「あっ、ごめん」


 篠宮さん……

 そんなに気分が悪いのか。

 そこまでなるくらいなら、別に無理しなくてもよかったのに。


 何だったらこの際、早退しても……


 ガラッ!


「──冬木君! やっ! 来たよ!」


 あっ、なんか来た。


 やあ、綾瀬先輩。

 今日も元気だね。


 相変わらずのんきにやってくるね。

 またアポも取らずに勝手にさ。


「んー? 篠宮さん、どうしたの?」

「それが、さっきの時間が持久走で……」


 疲れてるみたいだから、今はソッとしておいてあげてよ。


「ふ~ん、気分が悪いんだ。可哀そうに。よしよし」


 って、なに勝手に篠宮さんの頭を撫でてるのさ。

 それをやっていいのは僕だけだ。


「みかんゼリーあるけど、食べる?」


 無駄だよ。

 だって篠宮さんは今、食欲ないらしいから


 スッ


「……食べます」


 篠宮さんが顔を上げた。

 あっ、ふーん。

 僕のチョコは断ったくせに、先輩のゼリーは食べるんだ。

 ふーん、別にいいけど。


「フフフッ、美味しい?」


 ……コクン


「そっ。可愛い~」


 ナデナデ、ナデナデナデ


 ……なにこれ?

 この複雑な気持ちは……一体?



 ──あれから一週間、綾瀬先輩との関係は変わらない。

 こうやって週に三日、僕のところにやってきてご飯を食べる。


 篠宮さんがいない日を狙って。

 まあ、最近はいても関係なく来るんだけど


 それで僕、たぶん周りから二股してると思われてる。

 だって、毎日お昼は女子と食べてるから。

 それも日によって篠宮さんか、綾瀬先輩かで違ってくる。


 綾瀬先輩と付き合ってるくせに、なぜか篠宮さんもキープしてるって、絶対そう思われてる。

 そんな太々しいヤツはこれまでにいなかったから。

 前よりさらに視線がすごい、気がする。


 はあ、綾瀬先輩……

 なんて言うか、姉さんのこともそうなんだけど……


「それでね、この前見たドラマがね」


 悪いけど僕、ドラマとかは観ないよ。

 だからそんな一方的に話されても。


 先輩の観るヤツってさ、なんか男女関係がドロドロした内容のばかりなんだ。

 男を取って取られて取り返して。

 そんなのばっかり話してくる。


 ごめん先輩、正直なにがそんなに面白いのか全く理解できない。


 普通の女子ってこういうのが好きだったりする?

 僕って篠宮さんとしか話したことないからさっぱり。


 誰か教えてよ。


「それでね、浮気されて怒った主人公が、彼を背後から包丁で──」



 はあ、聞くだけで嫌になる……

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