先生の涙

久石あまね

 親への感謝の手紙

 「卒業式の後に、家庭の人に感謝のお手紙を渡します。みなさん、この紙にお母さん、お父さんへの感謝の想いを書いてください」

 担任の山中佐知子先生が真剣な声で言った。しかし僕たち生徒たちは、先生の言葉を無視した。

 理由はわからない。ただ数人のやんちゃな男子たちが先生の言葉を笑ったのを引き金に、一軍女子たちが、やんちゃな男子たちをはやし立てて、先生の言葉の価値が、紙くずのような、ゴミみたいな価値のないものに変わってしまったのだ。

 そして僕は、そんなクラスメイトたちと、途方に暮れて泣きそうな山中先生をただ眺めていたのだ。

 いきなりつまずいた三学期最後の学活の授業は、親への手紙を書くという授業だった。

 「はーい!みんな、ちゃんと書いてね!」

 落ち込んだ顔をしていた山中先生は気持ちを切り替えるように明るく言った。

 騒いでいた生徒たちも一旦落ち着き、親への手紙を黙々と書き始めた。

 するとしーんとした教室に誰かが泣くような、鼻をすする音が聴こえた。

 山中先生が目を押さえて泣いていた。

 先生は悲しい顔をしていた。

 クラスは重い、何とも言えない雰囲気になった。大人の先生が泣いているのだ。大人が泣くところなんかクラスメイトは見たことがないだろう。僕だってそうだ。だから僕は、いや、みんなびっくりしていた。

 山中先生はこの授業を大切にしていたのだろう。先生にとって格別な思い入れのある授業だったのだろう。それを僕たち生徒はぶっ壊したのだ。 

 山中先生は泣きながら、親への感謝の大切さを話した。

 僕は今となっては先生がなんて話していたのか思い出せないが、先生がこの授業をどれだけ大切に想っていたのか、今でも身に沁みている。

 人の真摯な想いをバカにしてはいけないということを、山中先生にじかに教えていただいたことは、僕にとって一番の財産だろう。

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