第15話 襲撃
ユーガイア領鉱山守備隊指令部
「リーデンベルグの攻勢が強まっている様に見えるがどういう事か?」
「敵はスクロールを大量に使用して押して来ます。こちらも第二魔導士隊を投入していますが効果がありません・・・。」
兵士が駆け込んで来る。
「申し上げます!第二中隊、第三中隊全滅。第一中退は援軍を要請!」
「クソ!増援を出せ。押し止めろ!」
兵士が指示を受けて走って行く。
「おい。その大量のスクロールはどっから来た?
領内の物を買い占めたとでも言うのか?
スクロールは使ったら無くなる筈だ。ならば次のスクロールは物資に紛れている。別動隊を組織して物資を焼け!」
「はっ!!!」
「・・・それと、第一魔導士隊に広範囲殲滅魔法を準備させろ。」
「そ、そんな事をすれば全面戦争になりますよ!」
「かまわん!!!」
その夜、前線の夜空を赤く照らす巨大な魔法が炸裂した。
*****
リーデンベルグ領指令部
「ユーガイアの奴等め! 掟を破りおって!!!」
紛争や小競り合いでは大規模魔法は使わないのが暗黙の了解となっている。
それが破られたのだ。
ユーガイア第一魔導士隊の放った広範囲魔法はユーガイア領に攻め込んだ兵士の多くを焼き殺した。問題の鉱山は再びユーガイアの手に堕ちた。前線は再び膠着し両軍は睨みあっている。
「三方から攻め込めば切り崩せるかと。」
「それでは何れかの隊が全滅するぞ。やはり王都へ仲裁を申し込まれては如何でしょうか。」
「馬鹿が。それでは不利な状態で決着してしまうだろうが。」
「ユーガイアも本心は全面戦争を望んでいないものと思われます。その証拠に広範囲魔法の後に攻め込んで来ません。」
「仲裁申し入れは、いずれする。今は有利な状態に持ち込むのが先だ。」
*****
同時刻の集落治療所
「ドルフ手伝ってくれ。人手が足りん。」
「俺は治癒士じゃないですよ?」
「問題ない。手伝うだけで良い。」
治療所では大勢のけが人がうめき声を上げていた。
治癒士以外にも兵士が回復スクロールやポーションを持って治療に当たっている。
カーツはずんずん奥に進んで行く。そこは重症患者のエリアだ。
目の前の怪我人は腹部から出血し肋骨が飛び出している。
怪我人の横にはお湯とメス等の器具が置かれていた。
「こういった内臓の損傷や骨が折れた患者はポーションやスクロールだけでは綺麗に治らんのだ。ドルフはこいつの足を押さえていてくれ。気を抜くなよ。速さが重要だ。」
何となく意味を理解した俺が怪我人の足に体重を掛けて押さえる。
すかさず別の助手の兵士が怪我人の口に木の棒を咥えさせる。
カーツは迷うことなくメスで患部を切り裂いて行く。
麻酔薬はこの時代に無い。俺は怪我人の体が痛みで反り返りそうになるのを必死に押さえた。
カーツは切り開いた腹の中にクリーンのスクロールを掛け、別の兵士が折れた肋骨を固定すると損傷した内蔵と共に俺の作った回復スクロールを使用。直ぐに腹を仮縫いして再び回復スクロールを使用した。
「後は様子見だ。ポーションやスクロールは体の外から使っても体の内側には上手く効かんのだ。今の様に処置しないと他の部分とくっついて結局死んでしまう。骨も綺麗に接がないと折れた状態でつながるんだ。それと早く処置しないとどんなに綺麗に直しても助からない。多分血が足りなくなるんだろう。」
その後も次々と怪我人を治療していく。
「治癒士の魔法は内蔵に届くが、酷い怪我人を数人治療すると魔力が尽きる。だから戦場ではこういうやり方が必要なんだよ。」
カーツは血だらけの自分の手を上げて見せる。
しかし全ての怪我人が治る訳ではない。
「欠損部位は綺麗に戻らない。ここに高位の治癒士でも居れば別だがそんな者は戦場には来ないからな。それと高位の治癒士でも直せないのが頭の損傷だ。治療して外見は元通りになっても元の生活には戻れない。理由は解らんがな。」
では目の前にいる腹部を食い破られたような兵士はどう治療する?
「本来はこれだけ酷いと助からん。それでも戦場に復帰させるのが私達の仕事だ。こんな時はこうする。」
助手から手渡されたのは肉片? 皮膚?
「人から人への皮膚移植は出来る。しかし欠損が大きいとそんな皮膚は手に入らない。新鮮な死体でもなければな。不幸中の幸いにここは戦場だ。新鮮な死体はいくらでも有る。」
カーツは手際よく傷口を処置して死体から取った皮膚を縫い合わせ、回復スクロールを使用した。
「一応止血してあるが助かるかどうかは本人しだいだ。」
この世界の医療は高度ではない。治療方法が魔法が主体なので人体の研究があまり進んでいない様に思える。
普段の生活でも治療は治癒士の魔法やポーション、スクロール以外に見た事が無い。
この世界で外科手術(の真似事?)をしている姿は衝撃的だった。
*****
治療が終わって回復した兵士の多くが戦場に復帰していく。回復できなかった兵士は戦場では邪魔になる。こういった兵士の多くは兵役免除となり故郷に返される事となる。
今治療所に残っているのは回復の見込めない兵士達だ。
「おっちゃん。調子はどうだ?」
「ぼちぼちだ。暇で仕方ねえから散歩にでも行きてえがな。」
片足を失った老兵士が答える。治療所に残っているのは移送待ちの重傷患者ばかりだ。カーツさんに今日の分の納品をした後、相変わらず魔道具職人はドランだけなので夜は暇潰しにここへ遊びに来る。
「何言ってるんだよ、オッサン。暇なら俺の足貸そうか?」
若い兵士がヤジを飛ばす。
その兵士は両腕が無い。
「デッカイ音がしとったが何か有ったのか?」
「多分広範囲魔法だ。空が赤くなってたぞ。」
「それヤバイんじゃねえの?」
「それじゃあここの仲間が増えそうだな。」
「特級の魔法陣でもあれば皆直せるんだけど。ここに有るのは上級までなんだ。」
「仕方ないって事さ。いつか見つけたら俺達を治してくれよ。」
「ああ。・・・お、大勢の足音がする。」
「もう到着か。早いな。」
「いや。方角が違うぞ。」
「・・・小僧逃げろ!」
「敵襲だ!!!」
外に聞こえる様に若い兵士が叫ぶ!
同時に敵兵がなだれ込んで来た。全ての魔法陣を起動する!
「クソ!沈め!」
治療所の床が崩れて何人かが穴に落ちる!
「魔法使いがいるぞ!」
「弓矢を使え!!!」
くっ!
今、攻撃スクロールは穴魔法しか持ってない。新たな敵兵が迫る!
おっちゃん達が邪魔だ!
前に出て迎撃しようとすると弓矢を構えている兵士が見えた。
おっちゃんが俺を掴んで退ける!
「グッ!!!」
「オッサン!」
おっちゃんの胸に矢が刺さる。若い兵士が叫ぶ!
左右からも敵兵が剣を抜いて迫る。
「落ちろ!!!」
右側の兵士は穴に落ちて生き埋めになる。
同時に手の中のスクロールが燃えて無くなった。
左の敵兵は若い兵士が体当りで止めている。
すかさず腰のナイフで敵兵の首を切りつけた。
しかし別の兵士が正面から切り込んで来る。とっさに左腕を上げてガードするが、直後強い衝撃で吹き飛ばされる。視界が赤く染まる中、俺は気を失った・・・。
集積所が教われた後、両軍とも再び戦闘が激化。被害だけが増大し、双方王都へ裁定を申し立てる事になった。
両軍それぞれ数百人の死者を出し停戦しても多額の戦費を払い、今後は死者の家族に見舞金を出さなければならない。
ドランが目覚めたのは襲撃から二日後だった。
治療所のベッドの上で漸く自分が生きている事を知った。
「やあ、気分はどうかね?」
「はい。特に問題無いです。」
「そうか。君の場合、発見時に傷口が塞がってたからね。死ななくて良かったな。」
俺は顔面と左腕に重傷を負った。
傷口が塞がってたのは『回復』が発動してたからだろう。
治癒士からあの後何が有ったのかを聞いた。
敵襲の知らせを聞いたカーツはすぐに兵士達と反撃。治療所に着いた時は俺が斬り倒された直後だったそうだ。治療所にいた他の怪我人は戦死。物資の一部は燃やされたがすぐに消し止め大事には至らなかったとの事。
「そうか・・・。二人とも死んだのか。」
「君は明後日、移送される事になった。残念な事になったが、餞別代わりに何か欲しい物が有ったら貰って行くと良い。」
「・・・はい。ありがとうございます。」
残念な事・・・。そうなのだ。包帯で巻かれた左腕は肘から先が無い。何度見ても無いのだ。
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