魔道具師ドランはスクロールで人生を切り開く

@kakogawa_1900

第1話 記憶の目覚め

スタージス王国の片隅にあるリーデンベルグ伯爵領の片隅にある宿場街メーベル。

その街の貧しい古道具屋でドランは今日もはたらいている。

祖父が始めた魔道具屋でかつては人気の店だったが、二代目の父のギャンブル癖が災いしてこの店を残して全てを失ってしまった。その父もお酒が元で病死。店を切り盛りしていた母も流行り病で他界。

今この店は長男のランバートが後を継ぎ、魔道具販売修理を生業として細々と暮らしている。

この俺、ドランはこの家の次男だ。

まだ十四才だが兄の手伝いで商品の修理等をして家計を助けている。

幸いにして父はギャンブル癖はあったが腕は良かったので受け継いだ技術で俺と兄は魔道具の修理で食いつないでいる。。


店の修理品目は多種にわたる。

家具類からキッチン用品、冒険者用の装備等。

愛着をもって使い続けてくれる人達から時々修理が舞い込むのだ。

兄は「いい加減に買い換えろよ」と言いたい様だが大事なお客様なので仕方無い。

それに今ではうちでしか扱っていない商品もあるのだ。


「ドラン、修理依頼だ。落としたら明かりが灯らなくなったらしい。」


兄がそう言って持ってきたのはランプの魔道具だ。

このランプは魔石を使って明かりを灯す物で、一般的な獣油脂を使った物に比べると嫌な臭いもなく煤等の汚れも出ないそれなりに高価な商品である。


「そうか。後で診とくよ。」


受け取ったランプの底蓋を開くと魔石と底に書かれた魔法陣が見えた。


*****



ランプのデザインは様々だが構造や書かれている魔法陣は基本的にどれも似たような物だ。

この魔法陣の意味を解る者は何処にも居ない。いや、貴族御用達の魔導師なら解るのかもしれないけど少なくとも庶民では聞いた事がない。

これ等は大昔の戦争以前に大魔導師達が作った物で今はその知識の殆どが失われ、書かれている文字も多くが解読不能と言われている。だから現在はこれを模写して作っているに過ぎないのだ。

それでもそれなりに高価なのは材料費にプラスして模写にも技術が必要な事とと加工が手作業だからだ。

そう。今の魔道具は皆手作業で作られている。


「ああ・・・ここが削れて無くなっているからか。」


時々魔法陣に書かれた文字を見ると何かを思い出しそうになる。

どこかで見たような、何かを思い出しそうだが・・・直ぐに消えてしまった。


暫く悩んでみたが気持ちを切り替えて修理する。

ランプの魔法陣は大抵よく似ているので手持ちの過去の「写し」を参考に魔法陣の書き直しを行う。


魔道具師にとって魔法陣の写しは財産だ。

手元に有るのは祖父の代から受け継がれてきた写しの束。

ランプに書かれた魔法陣の消えている箇所を少し大きめに削り、新たに鏨で堀直す。

高価な物ほど小さく緻密に掘ってあるので注意が必要だ。

しかも場所によって装飾にミスリルや金、銀が使われているので確認しながら掘り、その部分にルツボで溶かした材料を金属ペンで流し込んでいく。

冷えたら表面をならして完了。

魔石をセットして点灯するのを確認して終了だ。

修理は二時間程度だったので材料費込みで銀貨六枚、六千ギル位か。

店頭の兄さんにランプと金額を伝えて店を出る。客との交渉は兄さんの役目だ。


住んでいるメーベルの街は人口千人程。

この辺では大きな宿場街で中心に衛兵詰所があり、中央広場、その回りを各種ギルド支店や商店、宿屋、更にそれを囲む様に外側を庶民の家が囲んでいる。

街の周辺は畑と草原、その外側は広大な森が広がっている。

メーベルは緑色の海に浮かぶ島みたいな感じの所だ。


店を出てからはアルバイトの時間。

我が家の家計は苦しいのだ。先程の修理も俺にはお小遣い程度しか貰えない。

なので外の森で薪拾いや薬草採取をする。

どちらも取引所で買い取って貰えるのだ。


取引所は肉類、穀物、野菜や果物、薪等の生活消耗品を扱う市場の様な所で、買い取り以外に場所代を払えば自分で出店する事も出来る。

店を出さなければ特別な登録も不要なので子供でも大丈夫だ。


よく似た所で冒険者ギルドというのもある。

此方も買い取りをしてくれるが、冒険者ギルドは外部からの依頼によって商品を扱う。依頼が無ければ買い取らない事もあるので注意が必要だ。それに登録者以外は利用出来ない。


冒険者ギルドは国の失業者対策の意味合いが強く、魔物の討伐、狩猟採取、護衛、各種土木作業と幅広い仕事を斡旋している。

日雇いの斡旋所と言ったところかな。

体力と危険が伴うので十五才の成人にならないと登録できない。

呼び名が『失業者ギルド』ではイメージが良くないので夢が持てる様に『冒険者ギルド』と呼んでいるのだ。

実際に仕事によっては一攫千金のチャンスもあり、帯剣する姿が良くて憧れる子供も多い。


「はいよ。今日は薪三束分で九百ギルだ。またよろしくな!」

「・・・ありがとう。」


取引所で受け取った九百ギルはまともな食事一食程度。今日は薬草が見つからなかったのが痛かった。もっとも薬草は魔物の出ない森の浅いところでは採り尽くされてしまって何も採れない事はよくあるのだ。


家までの道すがら他所の道具屋を覗いてみる。

そこには我が家と違い高額な魔道具が並んでいる。

新品のランプは勿論、冷蔵庫。魔道コンロ・・・。

それに魔剣や、スクロールと呼ばれる魔法の簡易発動書。

これ等の製品は全て魔道具職人が作った物だ。


魔道具は大きく分けると2つに分類できる。

機械的な動作をする物と、魔法的な動作をする物。

機械的な魔道具は器具を動作させる物で簡易的なドアの開閉、小麦のすり潰し等の機械がある。

これらは魔物から剝ぎ取った魔石と素材を使い、魔法陣に魔力を流して素材の収縮運動等で動作を実現している。魔道具として現在主流の物だ。

ただし素材が魔物由来の為、あまり量産化は出来ていない。採取も生産も人手が掛かるからね。


これに対し魔法的な魔道具は光や火を出すなど魔法と同じような動作をする物だ。

こちらは光や火を出す部分が魔法陣と呼ばれる所から発生する。


どちらも魔法陣を書く必要があるが残念ながらこの魔法陣の技術は大昔に失われ、現在は残っている魔法陣をコピーして使用しているに過ぎない。

現在市販の魔道具はこれらを組み合わせてデザインや材質、操作性を向上させながら生産れているのだ。


道具屋の壁に飾られている魔剣を眺める・・・。

剣の持ち手の部分から先端近くの魔法陣まで魔力線が書かれている。

魔法陣の内容は・・・


「へ~、ここで魔力を炎に変えているのか・・・」


ん?

魔法陣の中身が読める?

・・・また何時ものやつか?

じっと魔法陣を見ていると時々何かが頭の奥から湧いてくる気がするのだ。


ぐっ・・・頭が痛い!!!

何かが頭の中にあふれ出る。


小さい頃から時々こうなる。

それはどこかの風景だったり知らない誰かだったりと支離滅裂なものだ。


倒れそうになるのをこらえてふらつきながら家に帰ると直ぐに横になった。

何かの病気か?

・・・大丈夫。大丈夫だ。

一晩寝れば元通り・・・。


*****


広い部屋の片隅で男はパソコンを操作している。

光るモニターの前で、指で何かを叩き、ため息をついている。

男の顔は疲れ切り、虚ろな表情でぶつぶつと何かを呟いていた。


ああ、また知らない誰かの夢か・・・。

ドランは頭の片隅でそう思う。


「もう少しで終わる。もう少し・・・。後はエビデンスを仕上げて・・・」


男は子供のころからプログラミングが好きだった。

友達と簡単なゲームを作って見せ合ったりして将来はプログラマーにと思っていた。

その希望通りにプログラマーになった。が、現実は甘くはなかった。直ぐにプロジェクトの一部を任され短い納期に日々の打合せ。進捗報告に苦心し、打開策を出せと上司に責められる。更に並行して進められるプロジェクトに心が擦り減り、夜も熟睡出来なくなった。寝ている夢の中でもどうすれば良いかと自問している。

気が付けば体重が十キロ以上も落ちていた。


休日も出勤し、この半年間で休みは一度も無い。仕事を分散しようにも予算もメンバーもいない。

上司に相談してもメンバーを増やすなら費用はお前が払えと言われる。結果自腹を払ったこともあった。

すると上司からまだ出来るだろうと更に仕事が増えた。


今日も泊まり込みか。何日徹夜したか覚えていない。最近は思考にノイズが走る。ちょっと疲れてるかも。


照明の落とされたオフィスでモニターを虚ろに眺めていると、自分が何故苦しんでいるのか解らなくなる。

あの頃はあんなに楽しかったのに・・・。


めまいがして椅子から転げ落ちる。

もう少しまともな椅子買えよ・・・。安普請の椅子に文句を言う。


「キーン」と耳鳴りがする。

・・・今日のは酷いな。

重たくなった体を床に横たえる。

もうどうでも良いや。

手足が痺れる。床の硬さももう感じない。

せめて次はもう少し楽しい物を作りたい。次こそは・・・。


激しい頭痛と頭の中に「ザー」とノイズが走る。何も見えなくなり、意識は切断された。

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