15話『グレイビースト』


「……それでは、みなさん揃ったようなので話をば」


「今回の一連の騒動について、まずはみなさんの認識を揃えておきたいと思いますが、異論はありますか」

「私はないよ」

「俺も特には」

 

「ええ、ええ。異論は無いようなので早速お話を」


 

 あの後、


 

 空の介入により、一時的に死の危険から逃れることが出来た。

 だがそれは問題が解決したことを示すものでなく、未だ謎は残され俺の処遇も決まっていないままだ。


 本音を言えばこのままこの場所から離脱してしまいたいところだが……


 (さすがにそれは許されそうにないな……)


 内心舌打ちをして、改めて辺りを見回す。


 座っているのは高級そうな装飾の着いた、柔らかいソファの上。

 足の低いテーブルを挟むように置かれたソファに、見覚えのある顔と初めて見る顔が並んでいる。


 向かいに座るのは自らを領主と名乗った男。ギルバート。


 翻って、俺の横にはガチガチに緊張したミルと、あの時に俺を庇った家族の1人、空が真剣な面構えで座っていた。


 そして音頭を取っているのは、


「話は私、王国軍特務部隊副隊長のネズがまとめさせて頂きますよ」


 と、改めて名を名乗った、薄い緑の髪を後ろで束ねた鎧姿の男だった。


 真意の読み取れない狐のような細目がこの場にいるものたちの顔を見回す。

 胡散臭さを感じずにはいられないが、空は随分と懐いているようだった。


「ネズさん!碧はスタンピードなんて起こすやつじゃねぇっす、何かの間違いだと思う」

「ええ、そうだね、ソラ。君の言葉を信じてはあげたいけれど、それはこれからの話を聞いてからだよ」

「彼自身にその意図はなくても、何かがトリガーになって勝手に……ということも考えられるからね」

「あっ……そうっすね、すみません」


「いや、いや、気にしないでいい。少なくともソラの思いは理解したよ」


 そう柔和に空へと笑いかけて、次の瞬間にはこちらに視線を戻していた。


「では、では。ギルバート伯爵から、事の顛末を聞かせて欲しい」




 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 そうして、互いの状況を語り終えた。


「……これが、迷宮の中で起こったことの全てだ」

「ふぅむ……」


 迷宮に入ってから起きたことを一通り伝えたが、ヴァンパイア関連のところは曖昧にぼかした。


 逆に迷宮に入って以降に街で起きたことを領主の口から聞かされる。


「スタンピードが起こったのは、ミドリ容疑者が迷宮に潜った次の日だ。上層で出ないはずのモンスターが出現していると言う報告を受けて、向かった時には既に迷宮の外に溢れていた」


 元の迷宮自体の難易度もあり、スタンピードそのものは対処可能な規模に納まってはいたようだ。

 負傷者こそ多く出たが、幸いに死者は0。迷宮入口周りの建物がいくつか破壊された程度だった。


「スタンピードが終わってすぐに、私は迷宮に向かったハンター達の名簿を確認した。その際に唯一迷宮からの帰還登録がなかったのが……」


「ミドリ殿……と、言うわけだね」

「そうなります」


 話のまとめ役を務めるネズが挟んだ言葉に、領主が同意を示す。


 領主はジロリとこちらを睨めつけて、そのまま何も言わずに目線を外した。


「因みに、そちらの彼女……ミルレア殿とは迷宮内で知り合ったとの事でしたが……なぜ届出を出さずに迷宮へ?」


 あとから聞いて分かったことだが、どうやらミルはハンターギルドには登録してはいたらしい。

 もちろん身分を隠してではあるが。


 「すまない……入場料が必要だと思っていたんだ。金がなかったから最初だけこっそり入って魔物の素材で金を作ろうと思って……」


 申し訳なさそうにミルが理由を告げる。


「なるほど。確かに確かに。貴女が前回入った迷宮は入場料の必要な迷宮ですね……ですがそもそもなぜこの町に?迷宮の難度も得られる素材のグレードもここの迷宮の方が低いはずですが」

「それは……」


 告げる言葉に詰まったように、ミルの動きが止まる。だが、すぐにボソリと小さな声で告げた。


「とあるヴァンパイアを探しているんだ」

「!?」

「ほう……?」

「……」

 

 三者三葉の反応を返す。驚き目を見開くもの、興味深げに細い目でねめつけるもの、黙って事の顛末を見守るもの。

 ……空が驚きつつもチラリと心配そうにこちらを一瞥した。……おい、バレるだろ。


「理由を聞いても?」

「単純だよ……復讐さ。ボクの父と母は、ヴァンパイアに殺された」


 実際に憎しみの篭った瞳でそう口にするミル……例の戦争の原因となったヴァンパイアの姿でも思い浮かべているのだろうか。

 その姿に納得したのか、ネズはあっさりと納得して引き下がった。


「ふむ、理由はわかりました。ご協力ありがとうございます。……ギルバート伯爵、確かこの迷宮に身分を隠したヴァンパイアが潜んでいるという噂が流れていましたね?」

「ええ、噂の出所は未だはっきりしていませんが」

「ミルレア殿はその噂を聞いて?」

「うん。それで間違いない」


 さっきまでガチガチに緊張していたのが嘘のように、しっかりとした受け答えでそうネズからの追求を躱すミル。

 最初は少し不安に思ったがこれなら大丈夫そうだ。


 とは言え安堵ばかりもしていられない。彼女への追求が終われば次は俺だ。身分はある程度空が保証してくれるとは言え変わらず俺達への容疑は晴れていない。


「はい、はい。みなさんありがとうございました。概ね状況は掴めました」


 パンと手を叩いて、ネズが視線を自身に集めながらそう告げた。

 

「まず最初に、ミドリ殿とミルレア殿への容疑についてですが……」



「恐らく、今回のスタンピードにお二人は関係ないでしょう」


「」


 あっさりと。


 拍子抜けするほど簡単に、ネズは俺達の無実を主張した。

 ……いや、ありがたいがあまりに簡単に言うものだから思わず力が抜ける。


「……ネズ殿、理由を聞いても」


「構いませんよ。……まずもって第一に、スタンピードが起こる原因の再確認をしましょう」


「スタンピードは主に迷宮内の魔物たちの数が増え過ぎて外に溢れるか、或いは外に何かを求めて出てくることで発生します」

「前者はともかく後者の原因は様々です。過去の事例では迷宮に逃げ込んだ犯罪者の撒いた興奮剤で獲物を求めて外に、召喚魔法により突如迷宮内に発生した上位の魔物に追われて……等がありました」

 

「そして、今回の事例を当てはめるとすれば恐らく後者です」


「理由は2つ。外に溢れ出た魔物の攻撃性に変化がなかったこと、そしてお二人の証言に出てきた鬼の存在です」


 そこまで話して急にクルっと、こちらの方に向き直るネズ。


「ミドリ殿、先ほどお話していた鬼の角、今持ってくることはできますか?」

「あ、ああ問題ない」


 立ち上がり部屋の隅に置かれた鞄から、布に包まれた角を持って来て机に広げた。

 滲み出る強い魔力を感じたのだろう。全員の視線が釘付けになる。


「失礼」


 ネズがそう断りを入れて、角に触れる。

 2、3秒黙ったままそれに触れていたが、やがてゆっくりと手を放した。


「……よく勝てましたね、話を聞いた時は半信半疑でしたがこの角を見て確信しました」


 額に汗を浮かべて、明確に畏れを浮かべた表情でネズが告げる。


 

「この獣の名はグレイビースト。モンスターランクにおいてA+級に当たる強大な魔物です」


「本来A級以上の迷宮にしか存在しないはずですが……」


「A+……」


 強いとは思っていたが……まさかそこまでだったとは。

 ミルも驚いて机の角とネズの顔とを交互に見ている。


「このレベルの魔物があの迷宮に出たのであれば迷宮の魔物たちが恐れて外に逃げてきてもおかしくありません」

「……う、む……」


 角に目を奪われながら領主が唸る。


「寧ろこれだけの被害ですんでよかった。もしグレイビーストが迷宮の外に出ていていたのなら……この町は今頃火の海でしょう」

「……」


 俯いて押し黙った領主の顔に脂汗が滲む。

 1歩間違えれば自分の街が火の海になっていたと聞いたのだから、無理もない。


「そうか。……ならば、悪いことをした」

 

 ふう、と一息ついて領主が俺たちに向き直る。


「疑いの段階で、手荒な真似をしてすまなかった、ミドリ殿、ミルレア殿。どうか許してくれ」


 そして、そのまま深く頭を下げた。


「そんな!?頭を上げてください!元はといえばボクが無断で迷宮に入ってしまったからややこしくなったんだし……」


 急な謝罪にミルが慌てて立ち上がり、しどろもどろになりながら言葉を返す。

 

「……ミルが無断で迷宮に入ったことは不問にしてくれると助かる。それと、グレイビーストの素材の一部俺達で貰ってもかまわないか?」

「それくらいであればお安い御用だ。武器への加工などを考えているのであれば、良ければ腕のいい加工屋を紹介するが?」

「なら、そうしてくれると助かる」


 ちゃっかりと、本来であれば一度回収されギルド管理になる迷宮からの素材を貰っておく。

 それだけ鬼……グレイビーストの素材は強力だ。


 生憎とナイフも壊れてしまったし、新調するのもいい機会だろう。


「そうか、では口利きをしておくとしよう」


 フッと領主が笑って、ミルもホッと胸を撫で下ろした。


 それを確認して、ネズが口を開けた。


「何とか、何とか、話が丸く収まってよかったですよ。6層の存在やグレイビーストの発生原因はまたこちらで調べておきますので、ええ」

「そうしてもらえると助かるよネズ殿。ギルドにも話は通しておこう」

「それでお願いしますよ……では、今回のお話はこれにて、これにて」


 そう言って、パンと手を叩いてネズが話の終了を告げる。

 が、

 

「ああ、そういえば、そういえば。ミドリ殿、後ほどお話が」

「?……わかりました」


 小首をかしげるミルと顔を合わせる。俺にも理由はわからないが、特に断ることもないので了承する。


 そうして領主が部屋を後にして、ネズも一時出ていった後。

 

「碧―!また凄い事やったな!お前!!」

「はは、お前もまた随分と様相が変わったな」


 ようやく落ち着いて話ができるようになって、空が嬉しそうにそう声をかけてきた。思わず相好が崩れる。


「おうよ!俺も今では立派な王国軍人よ!」

 

 改めてその姿をじっくりと見てみる。


 体の要所要所に分割してつけられた黒い鎧に、灰色の服が隙間から見えている。

 防御力よりも動きやすさを重視して作られた装備だ。先ほどの空の動きは目で追うのが難しいほどに俊敏で、あれを見れば確かに、空に合った装備だとわかる。

 だが、


「しかしまた黒ずくめが過ぎるな……」

「へへ、かっこいいだろ?」


 誇らしげに、鼻を擦って空が告げる。

 ……変わらないな。昔から独特のセンスを持った奴だった。


「……ふふ、仲がいいんだね」


 クスクスと、後ろから笑い声が聞こえてきて。振り返ればミルが口に手を当てて薄く笑っていた。

 

「あ、っと、ごめん!自己紹介が遅れた。俺は天津空、ミドリの家族だ、――よろしく」


 ちょっとドギマギしながら、空がミルに握手を求めて手を伸ばす。


「ああ、よろしくソラ。ボクはミルレア・オーンスタイン。ミルでいいよ」


 それをミルが笑顔で握り返す。空は赤くなって明らかに緊張していた。微妙にミルから目線を逸らしている。


 (……まぁわからんでもない)


 迷宮から出てきて、まだまともに湯あみも出来ていない、多少体についた汚れをふき取った程度の様相の俺達だが、そんな中でもミルの美しさは損なわれていない。

 ある種、扇情的な美しさというのだろうか。夢魔の血が混じっているといっていたのでそのせいかもしれないが。


「そ、そういえば照と理央も今こっちに向かっているんだ。明日には到着すると思う」


 耐えきれなくなったのか、空が強引のこちらに話題を変える。

 

「そうなのか」

「ああ、状況はもう伝えてるけど、心配してるだろうから会ってやってくれよ」

「ああ、もちろん。……だが流石に1回風呂に入りたいな」


 俺のその言葉にミルもうんうんと頷く。


「そうだよ、もう流石に限界だ」

「なら、駐屯地の風呂を使っていくといいぜ。団長には俺から話しとく」

「悪いな、助かるよ」

「いいってことよ!」


 今更だが、俺達が今いるのはルバンダートの王国軍駐屯地だ。

 吸血鬼だとバレる危険性を考えればあまり長居はしたくないが……それを差し引いても流石に疲れと汚れを洗い流すのが先決だ。


「じゃあボク、先にお風呂頂いてきてもいいかな?」

「ああ、ならまた後で」

「ああ、それじゃあ失礼するね」


 そう言って、ミルが足早に部屋を後にする。

 その後ろ姿を追っていた空が、声を掛けてきた。


「……そういえば、また凄い美少女と知り合いになったもんだな碧……」

「そうだな……」


 それは否定する必要もないな。


 けど、ミルの正体、目的と、今後の事は伝えておかなきゃならない。


「空、また照達と合流する時ミルも連れて行っていいか?ちょいと伝えにゃならんことがある」

「?、いいぜ。なら伝えとくよ」

「助かる」


 そんな話をして、空も部屋を後にする。俺も荷物をまとめて、呼ばれていたネズのところへ行こうとしていたが……


 俺が行くよりも早くネズが部屋に入ってきた。


「いやー、すみません、すみません。お待たせしてしまいました」

「いや、別に構わないですけど……話ってのは?」


 なんだかんだ、俺もそろそろ疲労が限界に近い。出来れば早めに話を切り上げて風呂に入りたいんだが。

 

「いえなに、そんなに長い話じゃないですよ。質問したいことは1つだけです」


 入り口の扉の前に立ち、狐のような糸目をグッと細めて、薄っすらと覗いた瞳をコチラに向けて、





 

「どぉーして、人間のフリなんてしているんです?ヴァンパイア」


 ――そんなことを、告げたのだった。

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