ALL YOU NEED IS HELL

危山イチハチ

PROLOGUE



Hell is empty and all the devils are here.



(地獄はもぬけの殻だ。すべての悪魔はここにいる)


   ────ウィリアム・シェイクスピア



「ぎゅぅわあーぎゅあわーがあーあ〜」


全身黒ずくめのスーツ姿に、虚無僧笠をかぶった三人組が、ノイズにしか聴こえない念仏の様な言葉を唱えながら、歩いている。


神解こうかい公園の海側にある歩道、

時刻は午後七時を過ぎていた。


「もう今日はなさそうだな」


虚無僧壱は、自分の前を歩く二人に疲れきった声で問いかけた。


「毎晩うろちょろはしないだろうしな」


虚無僧弍は立ち止まって壱の提案に同意する。


「腹減ったな〜」


虚無僧三は、そんな事はどうでもいいと、自分の空腹を嘆いていた。


向かいから歩いてきた若い女性ニ人組が、虚無僧達に気づいて怪訝な顔で、いそいそと歩道から明るい公園の方へ避けるように逃げて行った。


「ほら、ギャルにもキモがられるし、転職しかねぇな〜やっぱ」


弍が他の二人にボヤく、


「まあこんな格好じゃな、夜に虚無僧笠被ってる三人組なんて、一般人からしたらホラーだろ?」


壱が軽く苦笑しながら被りを振って弍に諭した。


「天天のどろ大盛り〜」


三は、天上天下というラーメン屋の一押しメニュー、

どろ大盛りの事しか考えていないようだ。


三人が他愛もない会話をしている時、前方二十メートル先ぐらいにある街灯の下、虚な目をした黒いパーカーにグレーの作業ズボンを履いた、一人の中年男性が立っている。


「当たりか?」 


と壱が二人に聞いた。


「おい田島!」


大きな声で弍が呼びかけるが、男から返事はない。


「おーい田島さーん!田島ひろしさーん」 


さらに、三が呼びかけるが男は下を向いて、何か聞き取れない言葉を、ぶつぶつと呟いている。


その時だった、壱が腰から銃を抜いて、田島に銃口を向けて発砲した。 


「嘘ーーーーーん」


弍と三がハモる、乾いた三発の銃声が、夜の歩道に響いた。


田島ひろしと思われる中年男性の胸部と腹部、さらに右側頭部に壱が放った弾丸は命中した。


しかし、流血はおろか、見えるのはどす黒い血のような液体が、じんわり男の着弾部から流れているだけだった。 


「当たりだな」


硝煙が銃口から立ち上る。


梵字が刻まれた銃を構えたまま、壱が当たりを引いたと小さく頷きながら警戒し、戦闘態勢に入れとニ人にハンドサインを送った。


弍が、腰から黒い梵字が刻まれたダガーナイフを抜いて構えて、虚無僧達に異様な緊張感が走った。


「ネームドじゃないにしても、三発貰ってほぼ無傷は笑えないすね」


三も、ポケットから黒い梵字が刻まれたメリケンサックを手に装備しながら言った。


「貴様ら〜誰だ〜いきなり何だ、いてーじゃねーぎわ」


田島と思われる男が舌足らずに言うと、男は大声で喚き出した。


「ぎやわわがあ」


男の身体がみるみる変貌していく。


まるで超人ハルクのように、身体のサイズが膨張する。


165cmぐらいから、ニメートルぐらいまで身長がデカくなり、首や腕、全身が太くなって、皮膚の表面がザラザラとした爬虫類のように変化していった。


顔もイカか蛸の様に、どろどろとした悍ましい異形の姿に、変貌している。


田島は、ギョロっと突き出た目をぐりぐり動かして、

虚無僧達を観察しだした。


壱が再び銃の引き金を引こうとした瞬間、田島が視界から消えた。


「は?」


三人が辺りを見渡していたその時、


「があああああああああああああ」


三の絶望感に満ちた悲鳴が辺りに響く。


「どうした!」


「なんだ!」


残りの二人が三に問いかける。


「俺の左腕がないんだ」


三がそう力無く呟いて、その場に膝から崩れ落ちた。


左腕があった場所からは、真っ赤な鮮血が、

ドロドロと地面にできた血溜まりに、流れ落ちている。 


「クソッ、どこだ田島ー!」


辺りを警戒しながら、壱が銃を構えて叫んだ。 


「Shit Fuck Shit Fuck Shit Fuck」


弍が呪詛の様な英語の悪態を呟きながら、ダガーナイフを構えたまま後退する。


その時、奇妙なヒュンヒュンと空を切る様な音が、

微かに暗闇から聴こえるのを壱と弍は察知し、音のする方へ身体ごと向けていた。


「げひふへ、貴様らここで死ぬだよ、俺に切り刻まれて、終わるだよ」


下卑た笑みを浮かべた田島が、まるで刀の様に変化した右肘と刃物状に変化した指先をチラつかせながら、壱と弍に言い放つ。


田島の背中からは、数本のにょろにょろした触手のようなものが揺れている。


それは、触手に見えるが小さな細い手で、先端は鋭利な刃物状になっていた。


「自我がある変異体か、やっかいだな」


銃口を田島にロックオンしたまま、壱が呟く。


読めない梵字が刀身に刻まれた二本目のダガーナイフを、

弍が腰からするりと抜いて、田島の方を向いて両手で構えた。


しかし、暗闇から放たれる田島の斬撃は、必死にダガーナイフで抵抗する弍に、ほぼ何もさせなかった。


ダガーナイフは、虚しく空を切るだけで、掠りもしない。


触手による斬撃の速度が速過ぎて、暗闇から伸びる軌道が読めない田島の斬撃に、弍は内臓をぶちまけ、血塗れた臓物を地面に撒き散らして、無惨にも八つ裂きにされていく。


壱が弾切れになるまで、田島に向けて銃の引き金を引いた。


田島は、恐るべき速さで両腕から伸びた触手を使い、

銃弾を弾き防いで余裕の下卑た笑みを浮かべる。


田島の触手から放たれる斬撃に壱は、大量の血液を地面にぶちまけ、人の形をしていた肉塊に、あっさりと変わってしまった。


202X年世界は、謎の新型ウイルスが蔓延し、

感染者から稀に生まれる変異体と呼ばれる、人を超える能力を持つ者達、変異者による凶悪犯罪に怯える日常を、余儀なくされていた。




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