第55話 「消滅したと思う」

「貴方は混ざらなくてもいいのかしら、一番の被害者じゃなくて?」

「まったくだわ。なんで一番の被害者である可哀想な俺が、一番面倒な事をやってんだよ」


 文句を口にしている明人だが、その顔は本当に怒っている訳ではないとすぐに分かる。どこか安心したような表情を浮かべ、二人を見ていた。

 それを彼女は「天邪鬼さんね」と小さく呟き、口を閉じる。


「良い雰囲気なところ申し訳ないが、ベルゼ──もとい純彦について話し合おうか。半分決まったものだがな」


 レーツェルは明人をニコニコと笑みを浮かべながら見る。それに対し、彼は世界の終わりと思わせるほど顔を歪ませ、青くした。


 二人の会話が聞こえ、真陽留達は振り向き近づく。


「唯一誇れる顔が台無しだぞ」

「安心しろ。俺のイケメン度はお前と違って消える事を知らない」


 真陽留の言葉に倍で返す明人。怒るのにも疲れ「はいはい」とその場で項垂れ肩を落とす。


 明人は苦い顔を浮かべながらレーツェルに吐き捨てた。


「お前が面倒を見ろよ」

「生憎、俺はこの地を去る。連れて行くのは難しい。連れて行けない事は無いがやめておく事をお勧めさせてもらうぞ」


 レーツェルは言うと、あとは任せたと口を閉じてしまった。


「なら、こいつを今すぐこの世から抹殺する」

「ほう、確かに今は前ほどの力はないが、疲労困憊の人間相手だったら今の我でも負けぬぞ」


 明人はベルゼを見下ろし、逆にベルゼは強気で彼を見上げる。それを音禰が慌てて割り込むように入り喧嘩を止めた。


「と、とりあえず喧嘩はやめようよ!! えっと、ベルゼさん?」


 音禰はベルゼと目線を合わせるように、目の前でしゃがんだ。


「なんだ、小娘」

「貴方はこれから相想達と一緒にいたいかなって思って。もしいたくないのなら、私の家で一緒に住まないかな?」


 音禰の申し出に真陽留と明人は目を大きく開け、ファルシーはまたしても大笑い。

 カクリはポカンとし、レーツェルは感心したように「ほう」と音禰を見た。


「何を言っている。何か企んでおるのか?」

「残念だけど、私は相想ほど頭は良くないの、平均くらいよ。だから、何も企めない」

「それはそれで問題がありそうだがな」


 ベルゼは眉間を掴み呆れる。音禰が何を考えているのか分からず、見定めようと彼女と目を合わせるが、映るのは曇りのない純真な瞳。ベルゼが本当に困っているかもしれないと考え、善意から口にしている事しか分からなかった。


 ベルゼは素直に頷くことが出来ず冷や汗を流していると、我慢の限界というように明人が盛大にため息を吐きベルゼの首根っこを掴んだ。


「────はぁぁぁぁぁぁあああああ。わぁったよクソが。こいつは引き取ってやる。ただし、俺の言う事を聞かない場合は問答無用で殺すからな。覚悟しとけよ糞ガキ」


 ベルゼに言うと、返事の代わりに唾を吐きかけかけられた。

 ビタン! と、その場に勢いよく落とし、踏みつけようと明人は足を上げる。


「今すぐに殺してやるよくそ悪魔が!!!!」

「待って待って待って!!!」


 音禰が必死になって彼を止めに入る。真陽留とファルシーは大笑い、楽しそうな雰囲気が林の中に広がった。


「なら、決まりだな。これからもあの小屋は自由に使うと良い。カクリから奪った力もそのうち弱まるだろう。今まで通り生活するがいい。結界についても問題は無い」

「最初に返さなくてもいいと言ったのはそういう事か…………」

「消えてしまう力をわざわざ返す必要はないからな。それに、カクリはまた自身で力を蓄えるだろう、問題はない」


 レーツェルが言うと、真陽留と音禰は首を傾げ質問した。


「あの、レーツェルさん。相想は元通りの生活には戻れないのですか?」

「元通りとは?」

「明人は僕達みたいな一般的な生活には戻れねぇのか? もう記憶を集める事はしなくて──記憶? あれ、そういえば、音禰に預けてた記憶って──」


 真陽留がファルシーの方に目を向け、音禰も釣られるようにそちらに目を向けた。その視線を感じた彼女は、きょとんとする。


 「そういえば」と言葉を漏らし、思い出すように夜空を見上げた。


「記憶は一体どうなったのかしら、私にはわからないわ」

「え、ちょ、嘘。え……」


 ファルシーはふと、ベルゼを見る。明人も彼を見て、なにか訴えるような視線を飛ばした。


「お前、何か知っているな?」

「……………………」


 彼からの言葉に、ベルゼは顔を逸らし気まずそうに言った。


「……………………おそらく、消滅したと思う」


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