第53話 「安心出来る方法だ」
音禰と真陽留は、いきなり現れた少年を見て困惑した。
銀色の髪は乱雑に切られており長さがバラバラ。服は至る所が破れていたり、サイズも合っていないと分かるほど小さい。体には古傷が刻まれており、痛々しい。
真陽留が少年の頭に触れると、微かなぬくもりを感じる。目元には涙の痕、親に縋るように真陽留の手にすり寄った。
「これが、悪魔の正体か……。ただの子供だな」
「あの、もしかしてだけど、悪魔の正体って……」
音禰が不安げに真陽留を見上げると、彼の代わりにファルシーが答えた。
「恐らくだけれど、ベルゼは元人間。恨みにより悪魔と契約、すべてを捧げ自身が悪魔となってしまった、可哀想な少年じゃないかしら」
悲しげに見下ろし、ファルシーは淡々と説明した。それを聞き、音禰と真陽留も哀れむような表情を浮かべる。
こんな小さな体でどんな生活をしてきたのか。なぜこんなにも傷付き、悪魔と契約するまでの大きな恨みを内に秘めてしまったのか。
音禰と真陽留には、想像すら出来ない悲惨な出来事がこの少年を襲っていた。その事実に、二人は言葉が出ない。
その時、明人とカクリがピクっと動きだし、目を開けた。
「んっ、あ?」
「ん……。ここは──」
明人とカクリは目を覚まし、困惑気味に周りを見回す。そこには少年に同情の眼差しを送っている二人と、眉を下げ悲しげに微笑んでいるファルシーの姿があった。
「お疲れ様、成功したみたいよ」
ファルシーが明人に向かって言い、ベルゼの方に目線を移す。
明人とカクリも彼女の目線を追うように、彼の方を見た。
まだ目を閉じている少年の隣には、黒い液体が入った小瓶が転がっており、明人はその小瓶を拾い上げ、中を覗き込む。
そこには残虐に殺されている男女や、連れ去られている純彦の姿が映し出される。彼はそれを見てすぐに小瓶を下ろし、目を閉じた。
「あの、だいじょ──」
音禰が明人に手を伸ばし声をかけようとした時、少年が微かな声と共に目を覚ました。
「んっ、ここは」
目を覚まし周りを見回した少年は、眠たそうに目を擦り、首を傾げていた。
最初、音禰と真陽留は警戒してしまい体を震わせた。だが、明人とカクリ、ファルシーはただ少年を見ているだけだったため、警戒していた二人も肩の力を抜き、少年を見る。
「おい、お前はベルゼか。それとも純彦か。どっちだ?」
明人が問いかけると、少年は小さな口を開き名前を名乗った。
「我は、ベルゼだ」
放たれた名前に、真陽留と音禰は体を震わせ弓矢を構えたり、拳を握る。だが、それをファルシーが止め笑みを見せた。
「少し、三人に──いえ、
ファルシーが笑みを浮かべながら言ったため、真陽留と音禰は渋々武器や拳を下ろし、見守る事にした。
明人はその場で座り直し、ベルゼに問いかけた。
「今のお前は純彦じゃねぇの?」
「純彦の時の記憶もしっかりある。だが、今は確実にベルゼだ。我は封印されたのでは無いのか」
不思議そうに彼は自身の手を見た。
想いの空間で明人とカクリにより封印されたはずなのだが、なぜか今明人の目の前にいるのは見た目は純彦、中身はベルゼという人物。今の現状に明人はわざとらしく首を傾げ、カクリに質問した。
「封印したはずなんだがなぁ。どこで失敗したんだ? カクリ」
「ふむ、私も力が半減していたのでな。どうやら、途中で力が切れてしまったらしい。それにより、封印が中途半端になってしまった可能性がある」
最もらしい言い訳をしていると、洞窟の出入口から笑い声が聞こえた。
「ククッ。それはさすがに苦しいと思うぞ、カクリよ」
その場にいる全員が声の聞こえた方に目を向けると、そこにはしっかりと狐の面を右上に付けたレーツェルが口角を上げ立っていた。
「レーツェル様!!」
「お疲れ様だカクリ。長い事、大変だったらしいな」
「まったくです。あの人間、いつも自分の事さえ私にやらせるので……」
カクリはレーツェルに向かって走り出し、明人に目線を送りながら愚痴をこぼしていた。それを、彼は右から左に流し聞いていない。
二人の様子を見て、レーツェルはベルゼに話しかけた。
「さて、ベルゼとやら。これがラストチャンスというものだ」
レーツェルはカクリの頭を優しく撫で、ベルゼに近付きながら得意げに言い放つ。
その言葉を聞き、彼はその場に立ち上がりレーツェルを見上げた。
「ラストチャンスだと?」
「そうだ。今のお主は半分悪魔、半分人間みたいなものだ。黒い匣──つまり、黒い感情を抜き取ったため、悪魔の力は半減している。そして、残り少ない力もあともう少しで失うだろう」
彼は得意げな顔から、真面目な表情に切り替わり説明を続ける。
「分かっておる。ラストチャンスとは、なんの事だ」
「お主には二つの選択肢がある」
指を二本立て、説明を続けた。
「二つ?」
「そうだ。一つ目は、このままカクリに力を返しこの世を去る事。もう一つは、カクリに力を返さなくても良いが、ある奴と共に生活してもらう事」
力を返さなくてもよいという言葉に、ベルゼとカクリは驚愕。それが面白く、明人は口元に手を置き笑いを堪えていた。
「あ、ある奴って誰だ?」
「主をコントロールできる奴はこの場では俺とファルシーを抜いて一人しかおらんだろ? 明人──もとい、相想だ」
レーツェルは満面な笑みを浮かべながら明人の方に振り向いた。
その視線にいる明人は思考が止まっており、表情は凍り付いている。
カクリも同じく、体を震わせながら明人を見た。
この中で大笑いしているのはファルシーただ一人。お腹を抱え、涙を流しながら大爆笑していた。
「………………ふ、ふざけるなぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!!!」
やっと理解出来た明人は、怒りに任せた叫び声をあげた。それは、洞窟の外にまで響き渡るほど、大きかった。
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