第6話

土曜日。


「九時半か」


この数日、妙に暁を意識してしまっていたせいか、今日は身体が疲れていたようでいつもより起床が遅くなってしまった。

暁はずっといつも通り、いやどこか余裕を含ませた様子がさらに私を意識させて戸惑わせていた。

きっと、私の考えは合っている……と思う。

暁が私を好きだと考えると、暁の様子も納得できる。

でもだからって、急にそんな態度されてもどうしたらいいのかわからないのが本音だ。

今まで、ただの幼馴染としか見ていなかった。可愛い弟のような存在だった。その壁を飛び越えてくる暁に振り回されてしまう。

最近では毎朝ため息とともに起床していた。


「……起きようっと」


こんなところでグダグダしていても仕方ない。同じ家に住んでいるのだからいずれは顔を合わせなくてはならないのだから。

寝起きのままリビングへやってくるとそこには暁の姿はなく、テーブルに朝食置いてあった。

サンドイッチだ。ひとつつまんで、おや? と思い辺りを見回す。

休みの日は起こしに来たりはしないから別々に朝食を取ることがあったが、私が起きてくると暁は部屋に居てもわざわざリビングまで来て用意をしてくれる。

なのに、今日はすでに朝食が机に用意がされていた。

こんなことは初めてだった。


「暁? いないの?」


出かけたのかな。そんな話はきいていなかったけど……。

すると、二階から足音がして暁が降りてきた。

その姿に一瞬言葉をなくす。

ノーネクタイだが、黒っぽいスーツに、いつもは無造作におりている前髪は後ろに流すようにセットされているおり顔が良く見える。

質の良さそうなスーツは暁によくあっており、顔立ちも相まって、どこかのモデルのようだ。

いつものようなTシャツにデニム姿ではなく、フォーマルな装いにいつもとギャップを感じてしまう。

その見慣れない姿にドキンと心臓が大きく鳴って戸惑う。


「な、なにその格好。どこかいくの?」

「ああ、うん。ちょっと仕事」

「え、仕事?」

「うん。あ、それ朝飯だから食べて。手抜きでごめんね、時間なくて。それと悪いけど夜は遅くなるから適当に食べて」


本当に時間がないのか暁は慌ただしく準備をしている。それを目で追いながら頷いた。


「あ、わかった……」

「じゃぁ」


言うだけ言って暁は出かけていく。

夜までいないことなんて珍しい。というか、この家に来てからは初めてではないだろうか。

しかも、あんな格好でどこへ行くというのだろう。


仕事ってことは小説の関係? 接待とか、出版社の人と会うとか?


そういった世界のことはわからない。


「出かけるなら前もって言ってくれてもいいのに」


何となく拗ねたような気持ちのまま、残りのサンドイッチをほおばった。

その日、暁は本当に帰りが遅かった。

何となく先に寝るのも、と思い、縁側で横になりながら本を読んでいると玄関の鍵が開く音がした。

体を起こしてリビングの扉を振り返ると、暁が入ってきて私に気が付いた。


「あれ、まだ起きていたの」


目に見えて疲れていそうだった。はぁ、とため息をつきながらスーツのジャケットをソファーに投げる。


「おかえり」

「紗希、ご飯は食べた?」

「うん。適当に食べた。大丈夫? 疲れていそうだね」

「あぁ、うん。結構疲れた」


そう言って、そのままソファーに身を投げ出すように横になる。すぐにでも寝てしまいそうな様子だ。


「そんなところで寝ると風邪ひくよ」


身体を揺り起こそうと近づくと暁からフワッとお酒の香りがした。


「飲んでいるの?」

「ん? あぁ、仕事で付き合い程度にね」

「仕事って、小説の?」

「んー」


眠いのか質問に生返事で返ってくる。疲れが見えるその顔は目をつむっていても端正だ。

鼻筋も通っているし、肌もきれい。でもどことなく男らしい色気も見えて、胸がきゅとなる。

なんだこの気持ちは。


「ほら、部屋に行こう」


胸の締め付けを無視して、暁の身体を支えるように起こして部屋へ連れて行った。


「おうわぁ、重い! ちょっと、しっかり歩いてよ」


この上背を支えながら階段を上るのは結構きつい。文句を言いつつ部屋を開け、近くにあった布団の上に暁を転がした。

当の本人は気持ちよさそうに寝転がっている。

はぁぁとため息をついて、部屋を見渡した。

暁の部屋、初めて入った……。

物が少ない部屋だ。もとはただの和室でがらんとしていたが、今も殺風景。

あるのは机と本棚、プリンターの棚に、いま暁が寝ている布団だけだ。洋服類は押し入れにでも入っているのだろう。

薄暗い部屋をよく見ると、机の上はパソコンと資料と思われる紙の束と本が積まれている。

その隣の本棚にはびっしりと本が積み込まれていた。

内容は辞書や図鑑類や医学書、法律書、マナー本や警察関係の本。マジックの本までもあり、多彩だ。きっと小説の参考にするのだろうか。

そして、その中で目を引くものが数冊あった。


「これ……」


本棚の一番下に入れられたハードカバーの小説。本屋などでも積まれており、見覚えがある。


「空野アカツキ?」


全て違うタイトルの本だが、作者名は全て空野アカツキだ。

空野アカツキといえば、確か、ここ数年注目を浴びてきているミステリー作家だ。昨年、この人の本が原作のスペシャルドラマが放送されていた。

確か、今日のお昼のテレビ番組でも新刊が出たと特集されていたのを見たな……。

作者はメディアに一切出ないため、男か女かもよくわかっておらず、それだけでもネットではいつも話題をなくさない。


「なんで、この人の本だけ……」


しかもハードカバーと文庫本、それぞれそろっている。

私も空野アカツキの本を読んだことがあるが、ここには全巻揃っているのではないだろうか。

どうして、暁の部屋に? ファンなのだろうか。

それとも……この人……。

チラッと暁を見る。


「まさか……ね」


ひとつの考えが浮かんだが、まさかと頭を振る。

いやいや、それは違うだろう。もしそうだったら、ウチの親か暁の親から話があるはずだ。

そうじゃなくても、地元の友達とか何かしら情報が耳に入るだろう。

だが、そんな話は一度も聞いたことがない。きっとこれは熱烈なファンなのだろう。憧れているのかもしれない。


そう納得してチラッと後ろを振り返ると、布団の上で暁はぐっすり眠っている。その寝顔は昔のまま変わらなかった。


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