最凶魔女と呼ばれし者
雪兎 夜
第1話 これはファンタジー
絵本を開くと、いつも見たことがない世界が広がっている。飛行機に乗らなくても新幹線に乗車しなくてもページを捲れば、森や湖、街、洞窟……何処にだって行ける。そして少し難しい本を読めるようになってからは、さらに世界は広がった。
(こんなファンタジーみたいな世界に行けたら、きっと楽しいんだろうな)
いつからか心の中で願い、描いていた夢。しかし現実は想像を簡単に超えてきた。
『最凶魔女』
誰も、こんな呼び方をされる未来なんて予想していなかっただろう。これは、最凶魔女『
* * * * *
「誕生日おめでとー。はいプレゼント」
中学校の入学式を終えて約1カ月。今日は私、
しかし表紙を見て、タイトルも著者の名前も無いことに気付く。なんなら変な模様が入っているではないか。そして中身も気になって表紙を触った瞬間、目には見えなかったが謎の圧を感じて直ぐに手を離してしまい床に本が落ちた…はずだった。
それは床から1センチくらいの距離を保ちながら浮かんで、ゆっくりと高度が上昇して目の前で柔らかな光で輝いている。一体何が起きたのか驚きを隠しきれないままぽつりと呟く。
「これは、なに、夢…?」
「やっぱり魔力持ってたか。その上、白と黒のライン。まさかメインは…光と闇?」
もう何もかも頭に入ってこない。それでも、かろうじてお母さんの呼ぶ声を聴き取ることが出来た。
「ソラ〜ちょっと来て」
お母さんに引っ張られるように両親の寝室に連れて行かれると、収納棚の奥から小さな箱を取り出してパカっと開ける。そこには黒い宝石が付いた指輪があり、思わず見つめてしまう。
「これ、いいでしょ。いわゆる魅惑的な感じ? ということで…」
お母さんが私の手を取って人差し指にすっ、と指輪を嵌める。
「これで終わり」
突然、指輪の方から物凄いスピードで空中に光の塊が飛び出してくる。霧が晴れたように徐々に見えてきたのは───
「猫?」
「ちがーーーう! 俺は伝説の魔獣サマだ」
ゆるキャラみたいに可愛くて、ぷにぷにしたマスコットっぽくて。このまま不思議な空飛ぶ猫でもいいと思うけど。
「…こほん。改めて、お前は選ばれし者。
さぁ、我と契約しようではないか」
「それはちょっと…ごめんなさい」
「では契約の為にお前の──って、契約しないのか! この流れは、どう考えてもするだろ」
そんな2人のやり取りを見て、けらけらと笑う母はこの現状を当たり前に受け止めているようだった。
「というか、お前もだぞ。ノア。真っ暗な場所に閉じ込めやがって」
「あはは〜、ごめんごめん。厳重な場所といったら、そこしか思いつかなくてさ。それよりべザル。お願いしたいことがあるんだけど」
仲が良いのか悪いのか。母の名前である
「──で、本が反応しちゃった以上はあちら側に送り出さないとなんだけど……契約含めて、お願い出来ないかな」
「お前って奴はいつもいつも勝手なことを。
まぁいいだろう。ただし、必ず代償は払ってもらうからな」
「OK〜そこは何とかなると思うよ。きっと☆」
そう言って、ぱちんっ、とウインクをかます母は年齢不詳を謳っている。しかし見た目は、まだ20代と言われても疑わないくらいだ。
「は〜〜〜。あいつは放っておいて、新たな契約者ソラ。覚悟はいいか」
覚悟。魔法みたいなものを魅せられて、これからどうなってしまうのかも分からないのに。急にそんなことを言われても首を傾げてしまうだけだ。だけど、伝説の魔獣サマは答えを聞く前に行動に移す。
「…目を閉じろ。じゃ行くぞ、転移」
言われるがままに目を閉じてしまい、次の瞬間にふわっと体が浮いたように感じた。そして薄れゆく感覚の中でお母さんの声が聴こえた。
「いってらっしゃい。ソラ」
* * * * *
地面に足がついた感覚がして目を開けると、思わず息を呑んでしまうくらいに見たこともない大きな建物の前に立っていた。
「ここは『マルセイユ王国』。で、目の前にあるのが3年間みっちりと魔法を学ぶ学校、『王立シャントゥール魔法学園』だ。行くぞ」
「ちょっと待って」
押し寄せる情報と片仮名を呑み込めずにいることも露知らず、伝説の魔獣サマこと『べザル』は門番の人に特別許可証と書かれたものを見せると「さっさと来い」と言ってスタスタぷかぷか進んでいく。私は門番の人にぺこりとお辞儀すると急いで後を追いかけた。
広いロビーを抜けて、エレベーターで一気に最上階まで昇っていく。私服では目立つかと思ったが、乗り場に行くまで制服では無い人も多く見かけたので許可証があれば一般の人でも入れる場所なのだろうか。ただエレベーターに関しては、特別許可証か学生証をタッチしなければ動かないシステムらしく一体何処に行くのかドキドキしてきた。
チーン、と扉が開いて箱の外に出てみると直ぐに学園長室と書かれた表記を見つけて思わず立ち止まってしまう。しかしべザルは物怖じすることなく「入るぞ」と言いながら堂々と扉を開けて中に入っていく。
「…お越し下さりありがとうございます、べザル様。できたら事前にアポイントメントを取って下さると、さらに有り難いのですが」
彼が言葉を発した瞬間、まるで、彼の方へ誘うように私達の視界には無数のシャボン玉が広がる。幻想的とも言える空間で学園長と書かれた札の前に座る長髪の男性は、困った表情を浮かべつつもこちらを見て微笑みかけてきた。
「こいつは『リュシアン・シャントゥール』。王立シャントゥール魔法学園の学園長をしている魔法使いだ」
目の前で魔法を見て、やっと理解が追いついた。私は本当に魔法使いがいる異世界に転移しちゃったんだ、と。…しかし、ここで取り乱すことは無かった。何故なら、ファンタジー世界に憧れている私にとっては夢でも見ているようで内心、とても嬉しかったからだ。
そう、ここまでは。
「──成程。お話は分かりました。勿論、こちらとしても大歓迎ですよ。優秀な魔法使い見習いのお手伝いが出来るのなら」
「決定だな。じゃ、後は頼む」
「冷たいこと言わないで下さいよー。
……べザル様、折角契約しているのなら利用してみてはいかがでしょうか。こんな子に出会える機会など何百年と生きてきた貴方でも今まで無かったでしょう?」
「確かにお前が言うことも一理あるが……。
はぁ〜、分かった分かった。ここまで来たなら最期まで面倒見てやれということだろ」
「そういうことですよ。ということで、これから宜しくお願いしますね。ソラさん」
「はい?」
こうして夢見心地の傍観者気分で事が進んだ結果、黒羽ソラは王立シャントゥール魔法学園に入学する運びとなった。
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