それ空気で作ればタダじゃない?

ちびまるフォイ

地上は幸せな空気でいっぱい

「す、すごいぞ! 君は天才だ!

 これで人類のあらゆる問題はすべて解決する!!」


大学の研究所で作られたのは空気を物質に変える装置。


最初は3Dプリンター出力だったが、

日を追うごとにパワーアップして万物あらゆるものを作り出せるようになった。


「みなさん! これで地球の歴史ではじめて!

 飢餓で苦しむ人がいなくなりました!!」


この世紀の大発見をきっかけに国際会議では大いに祝福された。


装置を開発したのは自分だったが、

あくまでも名義が大学教授だったので表彰されたのは教授だった。


空気を入れて指定の注文をすればなんでもできてしまう。


お金をどれだけ稼いでいるか、という価値観はなくなり

誰もが欲しい物をほしいだけ手に入る幸福の時代になった。


「なあ、これって人間作れないの?」


「作れないよ」


「なんで? モラル的なやつ?」


「空気で食べ物や飲み物を作ることはできても、

 そこから自律して動くようなものは作れない」


「よくわからないけど……。

 プラモの部品は作れるけど、

 組み立てることはできないって話し?」


「そんな理解でいいよ」


その後も空気変換装置はさまざまなバージョンアップを行った。


あらゆる貧困を解決し、

世界のあらゆる格差をなくしていった。


もう空気変換装置は、なくてはならないものだった。



ひっきりなしに空気変換装置が働き続けて数年後のこと。

変化はとある町中で観測された。


「あ! ママ、風船が!」


ショッピングセンターでもらった風船を女の子が手放してしまう。

赤い風船はみるみる空へとあがってしまった。


「もう取れないわ。諦めなさい」


「やだーー!」


女の子はなんとか風船の軌道をかえようと小石をなげた。

投げた小石は風船にかすりもしなかった。


けれど、そのまま地面に落ちることもなく浮き上がったまま地面に戻らなかった。


「え……?」


人類は発展ばかりを気にして、地球周囲の空気の層が少なくなっていることに気づいていなかった。



空気の総量が少なくなっていると気づくや、

世界の有識者たちは卓をかこんで会議をはじめる。


「どうする! このままでは地球から空気がなくなるぞ!」


「しかし、今空気変換装置を止めるというわけには……」


「なぜできない!? スイッチを切ればいいだけだろう!」


「それをしたら空気がなくなる前に、

 多くの人が病気や飢えで死んでしまうぞ!」


「ぐっ……だが、このままではジリ貧だぞ……」


「そうだ。地下にはまだ空気があったはず。

 地下に都市を作ろう!」


地球上のすべての空気が尽きる前に、

地球の地下には大都市が作られた。


その都市の生成にも空気変換装置がフル稼働したので、

地球の空気はますます減ってしまった。


「はやく! みなさん、はやく地下へ避難してください!」


180cm以上の身重だと立ち上がったときに頭が宇宙空間に突っ込む。

そこまで地球上の空気層がなくなったころに地下への大移動が始まった。


避難が終了すると、外との扉が閉められた。

スペースシャトルと同じように外からの真空を許さないらしい。



地下に避難した人類は、地上のころよりもずっと貧しい暮らしとなっていた。


「はあ……またこんな飯か。地上が懐かしい」


「ぜいたく言うなよ。これでもギリギリなんだから」


「地下に空気があるなら、また空気変換装置を使えばいいのに」


「バカ。そんなことしたら地上の二の舞だ」


人類が地下生活をはじめてから空気変換装置は禁止された。


太陽の光も入らない暗い地下で、

資源のかぎられた生活はどんどん人間を追い詰めてゆく。


かつて克服したはずだった、貧困や格差の問題も地下では再燃しはじめる。

暴力がはびこり、お互いがお互いを信じられなくなる。


地上から地下にいったはずの人類はその数を減らしていった。


いつか地上に戻れる日を願っていたが、

それができる前に地下の人間はすべて死滅してしまう。


ほかならぬ地下へ移住した人類の手によって。


「このままじゃ人類は終わりだ……!」


立ち上がったのは一番最初に空気変換装置を作った人だった。


空気変換装置を稼働することは許されていない。

でも空気変換装置以外のものなら。


「この内部構造を逆にして……空気を作り出してやる!」


空気変換装置の構造を逆転させ、

今度は生成物から空気を作り出す装置に作り変えてしまった。


地下では、かつて裕福な地上から金品やさまざまな品物が持ち込まれていた。

けれど、持ち主の多くが死んでしまって行き場を失っていた。


それらを新・空気変換装置へと入れて空気を作り出す。


「またもとの生活に戻るんだ!」


地下が空気で満たされてゆく。


「みなさん、地下は空気でいっぱいになりました!

 これからは少しずつ空気を資源に変えていきましょう!」


空気が増えたことで、また空気変換装置の稼働が許可された。


でも地上のときのように空気を食いつぶすようなことはない。

地上にいた頃よりも人類は数を減らしている。


空気を減らすよりも、

空気を増やすほうが勝っている。


空気変換装置が動きだしたことより

力で奪い合うこともなくなり、飢えや病気で苦しむこともなくなった。


「ああ、変換装置さま……!!」


一部では宗教のように崇められるほど神格化される存在になった。


もう前のようにはしないと地下人間たちはリサイクル意識を持ち、

不要になったものはそっせんして空気へと変えていった。


それは死んだあとの体も同様だった。


「お父さん、今まで育ててくれてありがとう。

 空気になってもみんなを見守っていてね」


遺族の死体が新・空気変換装置へと投げ込まれる。

人間の体は分解されて空気となって地下を満たす。



新・空気変換装置と、空気変換装置。

2つの装置が稼働したことで地下は闇の時代を抜けた。


地下の空気の残量にびくつくこともなく、

食べ物にこまって盗みをすることもない平和な時代。


やがて、地下の空気があまり始めると

地下人間たちは地上への奪還を希望に持つようになった。


「かつて、地上に暮らしていた私たちは

 なにも考えずに自分たちのことばかり考えて

 ただそこにある空気を無尽蔵に使っていた……」


「そうだな。だが、今はどうだ。

 我々は地下をこうして復興させた力がある。

 地上をまた空気あふれる世界に変えられるはずだ」


偉い人たちは空気をたっぷり吸い込み力強い決意をした。

かつて失われた楽園を取り戻すように地上への進出を行う。


宇宙スーツに身を包んで調査隊が地下を抜けて地上へと出た。



地上ではすでに空気層がなく、宇宙空間になっていた。


「ここからの復興は骨がおれそうだな」


「ああ……。ん? おい、誰かいるぞ!?」


地上調査隊は地平線の向こうを指さした。

その向こうには、なんと宇宙スーツも着ずに人間のような姿が見える。


「う、宇宙人か……!?」

「こっちへ来るぞ!?」


やってきたのは人間そっくりの生物だった。


「こんにちは、私は地上の人間です」


「しゃ、しゃべったぞ!?」


「驚かないでください。私もただの人間です」


「に、人間なわけないだろう!? だってここには空気がないのに!」


「実は……かつて地下への避難の際に、

 地下に入りきれず地上に取り残された人間がいました。

 でも彼らは空気がなくても生活できるように独自の進化をしたんです」


「ほ、本当だ……よく見ると

 耳や鼻、口の構造が人間とは違う」


「私達地上の人間は、地下の人間が戻ってくるのを待っていました。

 また人類はこうして地球の地上で暮らすことができる日を!」


地上人類たちは、地下人間のために宴を開いてくれた。

その宴の中で地上人間の生活などを心良く地下人間へ教えてくれた。


地上調査隊の人間が聞いた。


「ところで、地上の人たちは空気がなくても生きられるが

 逆に空気があったらどうなるのかな?」


「私たち地上人間は空気に適応できません。

 なので、空気の中で窒息してしまいますね」


「なるほど、そうなのか。ではどうすれば共存していけるかな」


「真空層と、空気層のエリアをわけてすみましょう。

 そうすれば地上にいながらもお互いに共存できますよ」


地上人間はにこやかに提案してくれた。

けれど地下人間はそれを否定して、装置を見せた。


「いや、それよりももっといい方法がある。これを使うんだ」


「それは……? 初めて見る装置ですね」


「これは新・空気変換装置という。

 物や資源といった命ないものを入れれば空気に変えてくれる」


「そうなんですね。それで地下の空気を保っていたんですか」


「ええそうです」


「それで? この装置が地下人間と地上人間の共存にどういった意味があるんです?」


「こうするんですよ」


地上調査隊は行動に出た。




しばらくして、地上調査隊は地下へと戻ってきた。


「みなさん、いいニュースがあります!

 我々はついに地上に戻ることができますよ!!」


地下で調査隊を待っていた人は大歓声をあげた。


「我々、調査隊は地上を空気でいっぱいに戻してきました!

 もう地下で生活することはありません! 地上に戻りましょう!」


調査隊の言葉で、地下人間たちは嬉しそうに地上へと復帰した。

まばゆい太陽の光が何よりも代えがたい祝福に感じた。


地上はふたたび空気で満たされていた。

もう宇宙スーツを着る必要もない。


「すごい! こんなに早く地上に空気が戻るなんて!」


「これも新・空気変換装置のおかげです。

 豊富な"資源"があったので、すぐに空気へ変えたんですよ」



こうして地下人間たちはふたたび地上で豊かな生活を始めたのだった。

誰もかつて住んでいた地上人間を見ることはなかった。


もちろん、調査隊が一番最初になにを変換して空気を増やしたのかも最後まで語られなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

それ空気で作ればタダじゃない? ちびまるフォイ @firestorage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ