第38話 夜の戦場へ

 荷馬車でコロコロ進むこと半日。

 エルフの魔法を使って距離を短縮しているそうだけど、さすがに飽きてくる。

 俺もミスティも、ぐうぐうと眠ってしまった。


「戦場が近いというのになんという緊張感のなさか」「いや、むしろ豪胆なのかも知れない」「この国の客だ。ありうるな」


 寝ぼけ眼の時に、妙な評価をいただいたような気がする。

 そして、夕方頃に戦場に到着した。


 魔族は夜攻めてくる。

 戦いは夜が本番だ。

 ここで、森王国の軍勢と合流し、夜までお休みということになった。


 もちろん、昼担当の歩哨がおり、魔族の動きがあれば昼寝している連中に知らせるらしい。


「ここでは一年中戦っている」


 ガウが説明してくれた。

 彼も、ハンモックを吊ってこれから寝るところだ。


 巨体がハンモックの上でゆらゆら揺れてる。


「なんか可愛い……?」


 ミスティが正直な感想を漏らしたら、ガウがムムッと唸った。

 可愛いと言われるのは不本意らしい……。


 俺たちもまた、荷馬車に藁を敷き詰めて寝る。


「むふふ、久々にウーサーと一緒だね……。……あれ? 本当にめっちゃくちゃ久しぶりじゃない? ひの、ふの、みの……」


 なんかミスティが指折り数えている。

 眉間にぎゅぎゅぎゅっとシワが寄った。


「い、一ヶ月ぶりくらいじゃん!! あひーっ!? そんだけ離れ離れになってるの!?」


「お、落ち着けミスティ! 寝れなくなるから!」


 暴れる彼女をどうどう、となだめつつ、どうにか昼寝した。

 夕方だから夕寝か……?


 日が完全に落ちる頃合いに起こされる。

 二時間くらいは寝た気がする。


 もう軍は起き始めていて、食事を作っている匂いがした。

 肉だ。

 肉を焼いてる。


「むっ!!」


 ガウが唸ると、ハンモックから飛び降りてきた。

 寝転がった姿勢から、いきなりジャンプしたな。

 足場になりづらいハンモックからだというのに、とんでもない身体能力だ。動きに残像がついて見える。


「食事を終えて、少し休んだら前線だ。そろそろ戦いが始まるぞ」


「お、おう!」


「ひええ、いよいよだね」


 俺たちは緊張している。

 戦争なんて初めてだ。

 エルトー商業国が巻き込まれたあれも戦争みたいなものだったけれど、あっちは城壁の上しか見えてなかったし。


 あの時はガクガク震えていたミスティが、今は結構落ち着いている。


「なんかね、精霊魔法とか体の動かし方とかを勉強したら、怖いって気持ちが減るわけじゃないんだけど、自分でどうにかするって言う覚悟みたいな? そういうので抑えられるようになった感じ」


「なるほどー。俺はなんだろうなあ……。ミスティと一緒に行動してから、凄いことがたくさん起きてるから、緊張はするけどやってやるぞって気持ちが強いかも」


「へえ、頼れるー」


 月が輝いていた。

 月明かりが、ミスティの笑顔を照らしている。

 とても綺麗だと感じる。


「いちゃいちゃしてないで飯を食え」


 ガウが俺たちに、骨付き肉と皿に乗せられた薄いパン、そこに挟まれた茹でた野菜を差し出してきた。

 甘いソースが掛かっている。


「戦場では水は貴重だ。精霊魔法で幾らでも出せるとは言え、使い手そのものが少ない。だから塩辛いものはあまり使わない」


「そうなのか……」


 食べ物はみんな、ちょっと甘辛いけど、喉が乾く味ではない。

 なるほどなあ、と思いながらミスティと飯を食う。


「それ、ガウが甘党なだけだからな。水は普通にたっぷりある」


 他の護衛が本当のことを話してきて、ガウが「ウガーッ!!」と怒った。

 なんだなんだ。


 食休みを少し。

 その後、出発した。


 ロバのライズはこれから戦場だと言うのに、落ち着いたものだ。

 のほほんとして、直前まで草を食っていた。


 陣地移動の際に、ライズもたっぷり馬用の水をもらえたようで、ごくごく飲んで満足。

 機嫌よく、パッカポッコと歩いていく。


 大物かも知れない。

 こいつ、イールスのところでもらった普通のロバだよな?


 今までずっと一緒にいたけど、大変な事態でも平然と活躍してた気がする……。


 歩くライズの尻を、ぺたぺた撫でていたら、彼がスッと立ち止まってうんこをした。


「うわーっ」


 危うく触るところだった。

 ライズがちょっと振り返って、なんだか笑っているような気がする。

 こいつめ。


 だけど、お陰で緊張が吹っ飛んだ。

 これから戦場。

 気をつけるぞ、と気合だけが入る。


 魔法の針が入った革袋を手にして、いつでも両替を使えるように……。


「これを使ってくれ。夜光板という道具だ」


 護衛のバーバリアンが、俺たちに何かをよこしてきた。

 黄色い細長い板のような。

 左右の端に穴が空いていて、紐が繋がっている。


「あ、黄色いサングラス? こうやって使うんでしょ」


 ミスティが装着した。

 ああ、鼻に乗せて、紐を耳に引っ掛けて長さを調節。

 この板を通して周りを見るのか。


 俺も真似して掛けてみたら、周囲のよる闇が見通せるようになった。

 その代わり、色がなくなる。

 全部灰色に見える。


「これ、なんなんだ……!?」


 とんでもないアイテムの出現に驚く俺。


「これ、幾らなんです?」


 思わず護衛の人に聞いてしまった。


「さあなあ……。精霊使いたちが作ってる道具だから、値段なんてものはないんじゃないか? 気になるなら戦場から戻って聞いてみるといい」


「そうします!」


 これがあったら、後々便利だぞ!

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