第9話 初めてのお仕事

 大きな一つのベッド。

 飛び込んですぐに、俺は寝てしまった。

 

 恐ろしく寝心地が良かった。

 横たわった瞬間に気絶した。


 途中、無理やりミスティに歯磨きされてた記憶がある。

 ミスティは本当に歯磨き好きだなあ……。


 と思ったら、目覚めた。

 もう朝だった。夢も見ないほど熟睡してしまった……。


 俺の腹の上に、ミスティの足が載っていた。

 彼女、なぜか真横になって寝ていた。

 寝相凄いな!


 ちなみに寝間着は、夕方買ってきたぶかぶかのシャツ。

 そこからミスティの真っ白い足が伸びている。

 ドキドキする。俺の上に載ってる足、触っていいものか……!


 うかつに動けないぞ。


「うーん」


 ミスティが唸りながら、シャツの上からお腹をぽりぽりかいた。

 顔に陽の光が当たって眩しいようだ。


 ベッドの上でぐにゃぐにゃと身をよじると、シャツがまくれていった。

 あっ、あっ、見える見える。


 あわや見えてしまうという所で、ハッと目覚めるミスティ。

 俺がじーっと見ているのを知って、カッと口を開いた。


「みみみみ、見るなー!?」


 完全に目覚めてしまったのだった。


 お互い背中を向けて着替えることにする。


「下着買わないとなあ……。昨日見たら、良さそうなのは結構高かったんだよね……。異世界もお金かかるなあ」


 寝間着の下に下着をつけてなかったんだな、ミスティ。

 女ってみんなそうなんだろうか。

 ドキドキする。


「ウーサーもっしょ。前着てた服なんかボロボロで臭いし! 昨日買ったのちゃんと着てよね」


「分かった。なんかパリパリするぞ」


「新しい服だもん! あー、でも布が厚くてゴワゴワしてる……。日本の服は凄かったんだなあ」


 しみじみと訳が分からないことを言うミスティなのだ。

 その後、宿から出て朝食をとることにした。


 俺たちの宿は素泊まりのみで、サービスはベッドメイクとお湯を沸かしてくれることだけ。

 後は自分たちでなんとかしないといけない。


 二人で屋台に並び、朝食にサンドイッチを食べる。


「異世界でもサンドイッチって言うんだ! やっぱりサンドイッチって人が作ったの?」


 屋台のおっさんと、ミスティがお喋りしている。

 俺はと言うと、丸パンにハムとチーズが挟まれたこのサンドイッチというやつが、信じられないくらい美味くて喋る余裕がない。


 なんだこのパン!

 柔らかくていい香りがするぞ!


「二百年くらい前に魔法帝国時代があってな。その終わり際にめちゃくちゃたくさん異世界召喚者が呼び出されたんだ。そりゃあ世界はめちゃくちゃになったが、そいつらが異世界から持ってきた知識や技術が色々あってな」


 おっさんが説明してくれる。

 俺たちの他にも、朝食を食ってる労働者みたいな人たちがいるのだが、彼らもふんふんと頷いているな。


「で、その中は、かのバルガイヤー森王国を建国した英雄、コトマエマナビってやつがいてな。そいつが食文化を広げたんだ。これはその一つだな。簡単だが、誰でも作れるし工夫一つで美味くなる。うちのは自家製マヨネーズを使ってるから格別だぞ」


 常連らしき労働者たちがにっこりした。

 本当にサンドイッチが美味しい屋台だったらしい。


「マヨネーズまであるんだ!? 異世界凄い……。っていうかコトマエマナビって、絶対日本から異世界召喚されたやつでしょ」


「ミスティ詳しいなあ」


 俺は感心しつつ、食後のミルクを飲んだ。

 このミルクの美味いこと!


 スラムの外の食事は、何を食ってもとんでもなく美味い。

 値段も数倍するんだけどな。


 おお、せっかく手に入れた金がどんどん消えていく……。


「仕事して稼がないとなあ」


 俺が呟くと、ミスティも真剣な表情で頷いた。


「そだね。しばらくこの国いるっしょ? なんか凄い感じがいいし、働くところたくさんありそう。ま、お金使うところもたくさんありそうだけど」


 下着に着替えも買わなくちゃだし!

 と力強く続けるミスティ。

 では、本格的に仕事を探さなくてはならない。


 俺の両替能力だけじゃ食っていけないだろうし。


 二人で仕事を探すことにした。

 ミスティが働けそうな職場はたくさんあって、その中でも彼女が経験があるという仕事をやることになった。


 食堂の給仕だ。


「あのエプロンが制服なの? カワイー!! あたしここにする! ここで働く!」


「お、おう。一人で大丈夫?」


 食堂は、仕事を終えたおっさんやおばさんが通ってくるところらしい。

 ミスティは頑張れるだろうか……。

 身の安全も心配だ。


「大丈夫だって。お姉さんを信じなさい! 少年もちゃんと仕事探すんだよ!」


「お、おう!」


 さて、俺の仕事だが……。

 食堂の店主が「隣の武器屋で募集してるぞ。安いが、子どもでも出来る仕事だぞ」と紹介してくれた。

 ありがたい!


 食堂の隣の武器屋で働くことになった。

 やることは、ひたすら武器を拭く。

 食堂から流れてくる匂いとか油とかを、常に拭き取るわけだ。


「なにっ、エムス王国から来ただと!? 親はいない? 姉みたいなのと一緒に!? 苦労したんだな! しっかり働いて生活費を稼いでいけよ!!」


 武器屋の店主はいい人だった。

 声がでかいおっさんだ。


「う、うす。頑張ります」


 ということで、俺は初めてまっとうな仕事についたわけである。

 必死に武器を磨きつつ、そこに書かれている値段を見て驚く。


「ブロードソード、ぎ、ぎ、銀貨十枚!!」


「そりゃあ業物のブロードソードだからな。数打ちならその十分の一だ」


「それでも銀貨一枚じゃないか。すげえ……。豪遊できる値段だ……」


「お前、本当に苦労してきたんだなあ」


 矢の値段も知った。

 銅貨一枚は、通常の矢。

 ちょっといいものになると、銅貨二枚とかがざらになる。


 高い……!


「矢じりをな、鍛冶屋が一本一本打ってるからな。これが全部鋳物だと、鉄貨5枚で作れる。ま、鉄貨溶かして使ったほうが安いけどな!」


 ガッハッハ、と店主が笑った。

 色々説明してくれて親切だなあ。


 その後、槍や斧や槌など、色々な武器を磨いて回った。

 朝に拭いたものでも、夕方には油が乗ってしまっている。

 食堂の隣、恐るべし。


「なんで食堂の隣でやってるんです?」


「すぐに飯を食いに行けるからな。あとは、腹が膨れた後、兵士とかが店を見に来るんだよ。で、ちょっとした刃物なんかを買ってくんだ。馬鹿にならねえぞ」


 そんな仕組みが……。

 そろそろ日暮れと言う頃合い。

 仕事の終わり際だ。


 身なりのいい男がやって来て、店主と話し込み始めた。


「戦争になるかも知れんな。今朝、エムス王国からの使者がやってきた。異世界召喚者が我が国に入り込んだから返還を求めている。だがこの要求に応じるわけには行くまい。奴らが我が国への侵攻を企てているのは自明。要求を飲めば、弱腰になったと見てどんどんエスカレートしてくるだろう」


「じゃあ徹底抗戦になるので?」


「なるだろう。ここにある武器を揃えてくれ。三日後までに納めろ。これが前金だ」


 身なりのいい男は、じゃらじゃらと輝くものを取り出し、店主の前に積んだ。


「こいつはどうも……!!」


 なんだ、あの光るものは、

 銀貨よりも大きくて、銀貨よりも分厚くて、そして金色に輝いている。

 ま、ま、まさか。


「金貨……!?」


 ついに俺は、貨幣の頂点を見てしまったのだ。


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