2・広がる世界編

第7話 つまり世の中は金とコネ……か?

「わあ、並んでる並んでる」


 遠くに見える馬車の行列。

 ミスティは驚きの声をあげる。


「あれだね。入れ替え制で入ってくんでしょ。あたし友達とラーメン屋行ったりしたからよく分かる」


「何の話をしてるんだろう」


 ミスティの言うことは、ちょいちょい理解できなくなるな。

 多分あれ、入国の順番待ちなんだろう。


 俺らは何も持ってない手ぶらだけど、大丈夫かな?

 銀貨も持ってるし、多分大丈夫だろう。

 だいたいのことは金でなんとかなるんだ。


 馬車の行列に、俺たちのちっちゃい荷馬車が並んだ。

 ロバのライズが引くこの荷馬車に、並んでいる他の連中が目を丸くしているのが分かった。


 前に並んでいるのは商人で、後ろに並んでいるのも商人。


 エルトー商業国と言うだけあって、出入りするのはみんな商人らしい。


「どんな国だろうねえ。またあたしの力を狙う! みたいな国だったらちょっと困るかも。あ、黙ってればいいのか」


「そうだなー。だけど今、ミスティが大きい声で秘密を喋ってるのはどうなんだ」


「あたし、声がでかいってよく言われんだよね。カラオケでもさー」


 カラオケってなんだよ。

 そんな無駄話をしているうちに、順番がやってくる。

 思ったより早い。


 俺たちの担当は、若い兵士だった。

 エルトー商業国の紋章が描かれた制服を身につけている。


「こりゃまた、小さい馬車だなあ! え? 荷物なし? ロバが引いてるの? 何のために入国するんだよ」


「えーと、仕事を探しに」


 ミスティが適当な事を言ったら、兵士はふんふんと頷いてメモをした。

 あいつ、文字が書けるんだな。

 普通の兵士が読み書きできるなんて、この国は凄いところだ。


 俺がいたスラムなんて、ほとんどの人間は読み書きできなかった。

 俺はたまたま、孤児院で習ったからちょっとできるけれど。


「はい、了解。入国許可証は? 持ってるわけ無いよな? よし、じゃあ」


 兵士は手を差し出した。


「ん」


「ん?」


 ミスティが首を傾げる。

 差し出された兵士の手に、自分の手を重ねた。


「あっ、柔らか~……じゃねえよ! いや、めちゃくちゃ柔らかい手のひらだな! いいところのお嬢さんだったりするんじゃないのか? じゃあ知らないのも無理はないな。お嬢さん、何もかも大切なのは金なんだよ」


「どういうこと? 全然分かんないんだけど」


 全く理解できないっぽいミスティ。

 俺が代わりに兵士の相手をすることにした。


「えっと、賄賂だよな」


「しっ、声が大きい! いや、暗黙の了解でみんなからもらってるけど、あまりでかい声で言わないのがマナーだから。な?」


「お、おう」


 俺たちのやり取りを見て、後ろの商人が思わず吹き出していた。


「出すものは分かってるんだろ? 払ってけ」


「うす。えっと、これ」


 銀貨を一枚手渡す。


「おうおう。……いやいやいや。賄賂で銀貨渡すバカがどこにいる」


「えっ!? 銀貨じゃ駄目なのか!?」


「多すぎだよ! いいか? 通行のために渡す賄賂は、大体セオリーとして二枚から四枚の銅貨なんだ。見ろ、俺の財布を。銅貨でジャラジャラだ。この重い賄賂をぶら下げながら一日仕事をすると、足腰が鍛えられ、そして充実感が得られる」


「ろくなもんじゃねー」


 ミスティが正直な感想を漏らした。

 きっと、賄賂とかがない清廉なところから来たんだろうな、彼女は。

 口は良くないけど、育ちがいいのは俺でも分かる。


「えっと、じゃあ待ってて。銀貨を……両替!」


 兵士の手の上の銀貨に触れる。

 すると、それが光りだし、あっというまに十枚の銅貨になった。


 もちろん、兵士の手に収まりきれずにこぼれ落ちる。


「へっ!?」


 兵士がポカーンとした。

 後ろの商人も、口を開いて唖然としている。


「はい、これで銅貨三枚。これでいい?」


「い、いいぞ。……なんだお前、今の力は」


「あ、俺さ、お金を両替できるんだ。銅貨十枚を銀貨一枚に変えたり、鉄貨十枚を銅貨一枚に変えたり……」


「すげえな!!」


 兵士は興奮し、鼻息を荒くした。

 俺の肩をバンバン叩く。


「ただのガキかと思ってたら、なんだ、スキル持ちかよ! 本当にいたんだなあ。しかもこんな便利なものがスキルだとは……。あ、入国は許可な。これ許可証。あと、一度兵舎に来い。色々頼みがある」


「お、おう」


「行くことないんじゃないウーサー?」


「お、おう」


 兵士とミスティの板挟みになってしまった。


「なんだ、そっちのお嬢さんは賄賂が気に入らないのか。いいか? 世の中は金だ。金で潤滑に回る。金でコネもできる。コネがあれば色々便利になる。そんなもんだぞ」


「おうい、わしの入国手続も早くやってくれ」


 後ろの商人から声がかかる。

 兵士はすぐに、にっこり笑って「へいへい、ただいま!」と向かって行った。


「営業スマイルだー。腐ってるねー」


 ミスティが顔をしかめる。

 なんでそんなに嫌うのか。


「ウーサーはケロッとしてるねえ。なんかこう、世界の汚いところを見続けてきた感じ……?」


「そ、そうでもないぞ。っていうか大げさだよ」


「そう? そうかなあ……。まあ、ウーサーは、うん。頼ってあげてもいいから……」


 なんだか不思議な物言いをされた。

 その後、城壁をくぐって入国した俺たち。


 街中へ行くこと無く、兵士の詰め所脇で待機していた。


 すぐに、さっきの兵士が戻ってくる。

 彼の後ろには、他にも兵士たちが続いているじゃないか。


 俺とミスティは、ちょっと緊張した。

 もしかして、捕まるんじゃないか……!?


「おーい! 待っててくれたな! 頼みがある」


 兵士が言うと、後ろの兵士たちは半信半疑の顔をしているのだった。


「本当に両替できるのか?」「このジャラジャラするクソ重い銅貨を銀貨に?」


「できるぞ!」


 俺が言うと、彼らは「オー」とどよめいた。

 実際に、さっきの兵士の革袋から銅貨をぶちまけてもらう。

 これに手をかざし……。


「両替」


 力を使った。

 銅貨の山が光りだし、あっという間に三枚ほどの銀貨になる。


「オー」「変わった」「本当だった」「便利」


 兵士たちがわらわら集まってきた。


「次は俺」「俺も俺も」「あっバカ、俺の銅貨の上に銅貨ぶちまけるな」「混ざっちゃった」「こっかここまで俺の」「ふざけんな殺すぞ」「なにを!」「やるか!」「もがー!!」


「うわーっ、大混乱じゃん! みんな、並んで並んで!!」


 見かねたミスティが飛び出してきて、兵士たちを整列させた。

 順番に俺の力で、彼らが受け取った賄賂を両替していく。


 銅貨が銀貨に変わった彼らは、軽くなった革袋を嬉しそうにポンポン叩きつつ、


「まだまだ賄賂がもらえるな!」「頑張るぞ!」とやる気に満ちているのだった。


 最初に俺たちと接触した兵士が話しかけてくる。


「世話になったな。何かあったら、いつでも詰め所に来い。ちょっとした困りごとなら力になるよ。あ、俺はルーンだ」


「ウーサーだ。こっちはミスティ」


 ルーンと握手をする。

 なるほど、お金でコネができてしまった。


 世の中は、金とコネなのか。

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