第6話 目覚めよ、両替スキル
寝室は、俺とミスティとで同じ部屋だった。
「むむっ」
ミスティが唸る。
そして俺を頭からつま先まで何度も見て、頷いた。
「ま、まだ子どもみたいなもんだもんね。よし」
「ひでえ」
男のプライドが傷つけられた! ……気がする。
ミスティは勝手に納得すると、ベッドに潜り込んでしまった。
ベッド!
そう、ベッドだ。
木の板に藁を敷き詰め、上から布を乗せた一般的なベッドだが、俺は今まで、地面の上やらゴミ山の上で寝ていたので、こんなちゃんとしたベッドが初めてなのだ。
あ、いや、孤児院ではちゃんとしたベッドだった。
それにしても……。
藁がたっぷり敷かれていて柔らかい!
木の板とは大違いだ。
俺はベッドに横たわると、あっという間に寝てしまったのだった。
久々に水浴びもしたし、体がさっぱりしていて、しかも腹が膨れている。
スキル訓練の疲れも相まって、眠りに落ちるのは一瞬だった気がする。
眠りに落ちる間際、ミスティの「すぐ寝ちゃうなんて、やっぱり子どもじゃん。っていうかちょっとくらいドキドキして眠れない感じになれ」とか、勝手な呟きが聞こえていたような……。
明け方頃だろうか。
扉がガンガン叩かれた。
で、俺たちがバタバタして目覚めると、イールスが飛び込んでくる。
「おう、お前ら起きたか。なんだ健全だな。二人とも別々のベッドで服を来て寝てるじゃねえか」
「ね、寝起きセクハラ発言じゃん!?」
ミスティがすっかり覚醒してしまったらしい。
俺は眠い目をこする。
「なんだよーイールス。まだ日が昇りきってないだろー」
「それどころじゃねえ。憲兵だ。奴ら、夜明け前にこちらに向ってやって来やがった。うちのじゃねえ、馬のいななきが聞こえたんだ」
俺も目が覚めた。
それはヤバい。
自分の頬を両手で叩いて、シャキッとする。
「ミスティ、逃げるぞ!」
「う、うん! 早すぎるよー」
ミスティが悲しそうな顔をした。
文化的生活と、半日でお別れだもんな。
憲兵たちは、エムス王国はそれだけミスティを手に入れるのに本気だってことだ。
そうまでして追い求められるミスティの力って、本当に何なんだろうな?
イールスが俺たちに用意してくれたのは、一頭のロバと小さな荷馬車だった。
ロバは、農場に迷い込んできたのを今まで飼っていたらしい。
「可愛がってやってくれ。死ぬなよ、ガキども。エムス王国はとんでもないクソ野郎だ。捕まったらおしまいだ。なんとしても逃げ切れ。おいウーサー」
「なんだよ!」
「お前のあの不思議なスキル、きっちり活かして女を守れ。そいつが男の生き方ってもんだぞ」
「お、おう!! そのつもりだ!!」
元より、スラムで燻っていた俺だ。
ミスティと出会って外に飛び出したんだから、きっかけになった彼女を守るのは当然。
ほんの短い間だが、イールスと農場には世話になった。
「じゃあね、イールスさん! あたしら、行くから!」
「おう! じゃあな!」
手を振るイールスと、その奥さん。
腕の中には、まだ小さい赤ん坊がいる。
奥さんと赤ん坊か。
俺もそんな家族が得られるかな。
スラムにいた頃は、想像もできなかったことだ。
だけど、あそこを飛び出して、役立たずだと思っていた自分のスキルがどうやら使えるらしいことが分かって、俺は欲が出てきたらしい。
「よっしゃ、行くぜ! ロバ、走れ!」
「あたしが名前つけてあげる。えっとねー」
パカポコと走り出したロバ。
ミスティは呑気に、そんなロバの名前を考えている。
「ロバはロバでよくね?」
「駄目でしょー! あたしらと一緒に旅する仲間っしょ! えーと、えーと」
残念ながら、ミスティがロバの名前を思いつくよりも先に、憲兵たちに見つかってしまった。
奴らは今回は、なんと弓矢を持っている。
馬の上から撃てるのか!
あらかじめ矢をつがえてある、板と弓が一体になったような武器だった。
それを片手で構えている。
「女の力が本物ならば、矢は当たらん! 当たって死んだら、この女は偽物でしたと報告すればいい! やれやれやれ! 我ら憲兵隊の名誉のために、もう逃がすわけには行かんぞ!!」
憲兵隊長らしき奴の叫び声が聞こえた。
とんでもねえことを言ってやがる。
ミスティもこれを聞いて、青くなった。
「や、矢をあたしに当てるって。死ぬ、死んじゃう」
俺もちょっと肝が冷えてたところだったが、ミスティの怯え方を見て腹が据わった。
「俺がなんとかする」
「な、な、なんとかって、どうやって。当たったら死んじゃう。いやだ、死ぬのはいやだ、怖い」
こんなに怖がっているミスティは初めてだ。
憲兵に追われていた時も、殺されはしない、という気持ちがあったのかもしれない。
「あたしは価値があるんじゃなかったの? こんな、異世界に無理やり連れてこられて殺されるなんて、最悪じゃん! ありえないよ! いやだ! やめて! 助けて!」
「大丈夫だ!!」
俺はミスティの額にデコピンした。
「ウグワーッ」
思いの外、バッチリと炸裂して、ミスティが額を押さえて仰け反った。
その瞬間、さっきまで彼女の頭があった場所を矢が通過していく。
危ねえ!
「いいかミスティ! 落ち着け! 俺が! お前と一緒に鍛えたスキルで何とかするって言ってるんだ! 俺はお前の運命の男なんだろ! 俺にとってもお前は運命の女なんだから、お互い運命なんだよ! 信じろ! 俺を信じて、俺を選んだお前の力を信じろ!」
ミスティは目を丸くしていた。
そして、少しあってから頬をふくらませる。
「女の子の額にデコピンするとか、マジありえないんだけど。この責任はバッチリ取ってもらうからね」
「ああ! いくらでも取る!」
啖呵を切って、俺は迫ってくる憲兵たちを振り返った。
憲兵隊長の叫びが聞こえる。
「バカもーん!! 矢が一本いくらすると思っているんだ! 銅貨一枚だぞ!! 一本でスラムのクソガキ一人の命と同じくらいの価値があるんだ! 一射で殺せないなら大損なんだぞ!!」
とんでもねえ事を言うな!
だが、同時にあいつは、致命的な言葉を口にした。
「矢が一本、銅貨一枚! もう怖くないぞ! ミスティ、ロバを頼む!」
「うん! やっちゃえ、ウーサー!」
「おうよ!」
俺は荷馬車の上で、立ち上がる。
両手を広げ、憲兵たちへと向き直った。
「どんどん射掛けて来い! 俺には効かないぞ!」
「なんだこのガキが!!」
憲兵の一人が、怒鳴りながら矢を放った。
こいつらはどうやら優秀らしい。
狙いが正確だ。
さっきの矢はミスティの頭を貫くように撃たれたし、今度のは俺の心臓めがけて一直線だ。
だけど、矢は心臓に刺さらなかった。
「両替だ!」
胸の上で、矢だったモノが弾けた。
そいつはもう銅貨になっている。
荷馬車の上に、チャリンと落ちた。
「なっ!?」
憲兵が唖然とする。
他の憲兵たちもこれを目撃したようだが、ようやく日が昇ってきた頃合いだ。
よく見えてなかったらしい。
「撃て! 撃て撃て撃て!!」
憲兵隊長の号令とともに、雨のように矢が降り注いできた。
俺は両手両足を広げ、ばたばたさせる。
全部の矢を受け止めてやる!
そんな気持ちだ。
そして、憲兵たちは優秀だ。
矢の狙いがとても正確だから、俺の体に的確に命中してくる。
あるいはミスティに当たりそうになる。
これを全て、俺の体で遮った。
その結果起きたのは……。
チャリン……チャリン……チャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリン!!
大量の銅貨が、足元に積もっていく。
荷馬車が重くなり、ロバが「ぶもー」と不満げにいなないた。
「両替!」
銅貨の山が、数枚の銀貨になる。
「な……なんだ……!?」
憲兵たちは呆然としている。
矢は放たれた。
その全てが、俺たちへと向った。
そして、ただの一本も、俺たちを穿つことはできなかった。
それどころか、一本たりとも下に落ちてはいない。
数枚の銀貨になって、馬車の中に転がっている。
憲兵たちがのろのろと、馬車の上で次の矢をつがえ始めた。
あの弓と板が一体になっている奴は、片手で撃てる代わりに次の矢を用意するのがかなり手間らしい。
それに、憲兵たちはあからさまに動きが遅くなっている。
「あいつ、矢が効かなかった……!」
「矢が消えたぞ……!?」
「なんだ、チャリンって音は」
「また矢を撃ったって、無意味なんじゃないのか……!?」
みんな疑問を抱いているのだ。
だが、憲兵隊長だけが必死だった。
「バカモーン!! やれ! やれと言ったらやるんだ!! 考えるな! やらねば我々の責任にされるんだぞ!!」
ハッとする憲兵たち。
彼らは再び、矢を放とうとした。
実際に、その一射は放たれた。
だが……。
荷馬車が小石で、ガタンッと跳ねる。
その衝撃で、銀貨の一枚が弾けて、俺の眼の前まで跳び上がった。
それが、昇ってきた朝日を受けてキラリと輝き……。
憲兵の目を眩ませてしまったのだった。
結果、矢は明後日の方向に飛んでいった。
たまたまそちら側から、猛烈な勢いで荷馬車が走ってきたのだ。
矢は荷馬車の幌に突き刺さった。
「ウ、ウグワー!?」
憲兵隊長の叫び声が聞こえた。
「エルトー商業国の武装荷馬車だ!!」
その荷馬車はよく見ると、あちこちに木製の板が貼り付けられ、金属製の棘が生えていた。
トゲトゲの化け物みたいな見た目をした荷馬車だ。
それが方向を急転換。
憲兵隊に向って突っ込んでいく。
憲兵たちは、俺たちを追うどころではなくなってしまった。
「よし! 逃げるぞミスティ! 行け、ロバ!」
「ライズ!」
「お!?」
「お日様が昇ってきて、それであたしらが助かるんだから、この子の名前はライズ! あたしが今決めた!」
ミスティはもう、いつもの彼女だった。
俺を見るその瞳が、キラキラ紫色に輝いている。
希望に満ちた目だ。
「行こう、ライズ! まっすぐ、まっすぐ走って!」
ロバはわけがわからないなりに、「ぶもー」と鳴いて疾走を開始したのだった。
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