第2話 両替スキル、使ってみよう
俺たちと憲兵の立ち回りを見て、スラムのれんちゅうはやんややんやと盛り上がった。
そして、スラムの入り口に馬が入ってこれないよう、ゴミを積み上げたバリケードが作られていた。
今日のスラムは大盛りあがり。
ろくでなししかいないような場所だが、なけなしの食料を持ち寄って、宴会が開かれていた。
明日をも知れない連中しかいないから、お祭りできる機会があればみんな見逃さない。
お陰で俺は、夕飯にありつくことができた。
硬い肉が入ったパン粥をガツガツ食っていると、それをミスティが興味深そうに見つめてくる。
「な、なんだよ? こんなちゃんとしたメシ、次にいつ食えるか分からないんだぞ! お前も食っとけよ!」
「そうなんだ? じゃ、あたしもいただいちゃいますかねー」
ミスティは一口食って、微妙な顔をした。
「うん、ま、悪くないかねー。ケッタチキンのチキンポットパイを半分に薄めたような味で甘くないやつ?」
「贅沢なやつだなあ」
俺は呆れてしまった。
彼女は本当にお嬢様なのかもしれない。
だったら、なおさら憲兵たちに追われていた意味が分からない。
何者なんだろう。
俺が彼女について知っていることは、抱きしめると柔らかくていい匂いがして、こちらを覗いてくる瞳が大きくて、紫色にキラキラ光ることだけだ。
むむっ、ドキドキする
「なあミスティ。なんか出会った時、異世界召喚者って憲兵が言ってたけど。それっておとぎ話で聞くあれなのか?」
「そのおとぎ話はしらないけど、あたしは別の世界から無理やりこっちに連れてこられたの。マジふざけんなって感じ……ではある」
「そりゃなー」
「んでさ、少年!」
「ウーサーだ!」
「はは、ごめんね! ウーサー、あのさ、君はあたしと同じように能力を持ってる。なんか、あいつらはスキルって呼んでたけど、君も異世界召喚者だったりするわけ?」
「いんや。俺は異世界なんてのと関係なくて、ガキの頃に能力を持ってて、親が死んで孤児院に拾われたんだ。で、ショボい能力だったから捨てられたわけよ」
「ははーん」
ミスティが、分かったような分かってないような顔をした。
「なんか重い話させてごめんね?」
「何言ってるんだ?」
急に謝って来たぞ。
だが、彼女の瞳が潤んでいる気がする。
なんだなんだ!!
「気にすんなよ! それよりパン粥冷めるぞ! すぐに憲兵がまた来るかもなんだからな! なんとか逃げたりしなきゃ。そのためには何か食って力をつける! これが大事だ!」
ミスティが目を丸くした。
すぐに笑顔になる。
「前向きだねー少年!! お姉さん、ウーサーみたいな子が大好きだぞー!」
「えっ、好き!?」
異性から生まれて初めて好きって言われたぞ!?
俺はパン粥の味がさっぱり分からなくなった。
空っぽになっている家畜小屋の一角を寝床として提供してもらい、敷居一枚で隔てられた場所で、ミスティと隣り合って寝ることになる。
寝る前に、彼女が俺の口へ先が毛羽立った棒を差し込んできた。
「ふぁ、なんらなんら!?」
「歯磨き!! 白い歯は健康の基本っしょ!」
「ウグワーッ!?」
歯をゴシゴシされてしまった。
途中から膝枕されたので、俺は大人しくなった。
異性にここまで密着する日がやってくるとは……!!
俺の後で、自分の歯をゴシゴシ始めたミスティ。
「なんでずっと俺といるの? いや、それが嬉しいのはあるんだけどさ」
「だってそれはもう。あたしの運命は君を選んだし」
運命。
ミスティのスキルってやつの話か。
それは一体なんなんだろうな……?
翌朝だ。
世話になった家の井戸の水汲みを手伝い、黒パンを分けてもらった。
ごきげんな朝飯だ。
ちなみにミスティは、やっぱり不満そうな顔をしている。
「超ボソボソしてるんだけど……! やっぱ、日本の食べ物って美味しかったんだなあ……。ああ、元の世界が恋しい……」
「贅沢なやつだなあ」
「よっし、決めた。あたし、日本のご飯をこっちで再現するわ。そのために生き残る。それか、あっちに絶対帰る!」
「自分の中で解決したか」
「いやね、あたし独り言ってキモいと思ってたけど、君が近くにいると言いやすいし、言ってると考えてることがまとまるから結構いいねこれ」
意味が分からんのに感謝されてしまった!
「じゃあ、朝ごはんも食べたし……。あたしの運命の男である君のスキルを色々調べて見よっか」
「運命の男!? 俺の能力……スキル?」
情報量が多い多い。
「まず、色々試さなきゃ。何ができるか、分かってること話してみ?」
「分かってることなあ……」
二人で、昨日憲兵隊とやりあった場所に出る。
すると、積み上がっている鉄貨の小山があった。
これを前に、露天の主が途方に暮れている。
「おう、おっさんどうしたんだよ」
「どうしたもこうしたも……。俺の金が全部鉄貨になっちまった。こんなの、重くて持ち運べねえよ」
「あー、そっか」
俺が憲兵に投げつけた銅貨は、全部鉄貨に変えたんだった。
鉄貨は一枚一枚がそれなりにずっしりしている。
しかも価値が低い。
ということで、持ち歩くのにはとても不向きな金なのだ。
「ねえ少年」
「また少年って言ったな!?」
「ごめんごめん」
笑いながら、ミスティが俺の腕をぺたぺた触ってきた。
「なんで鉄貨ってかさばるのに価値が低くて、なのにずっと使われてるでしょ」
「一番古い金なんだよ。元々は、溶かして鉄にして、武器や防具にする目的があったらしい。で、金としても使えるようにしたものなんだと」
「へえー。だからまだあるんだねえ。ねえウーサー」
「おう」
「これ、銅貨に戻してやんなよ」
「は? 両替って、そんな、鉄貨を銅貨に戻すなんてこと……」
ふと考える。
やったこと無いな。
「どれどれ……?」
鉄貨の山に触れる。
「両替して、鉄貨を銅貨にする」
呟く。
すると、俺が触れた鉄貨の山が光りだした。
その嵩があっという間に減っていって……。
数十枚の銅貨に変わってしまった。
「おおおーっ!! 俺の、俺の銅貨ーっ!!」
露天の主が、飛び跳ねて喜ぶ。
「なんだ、お前、噂の両替するガキか! そうかそうか……。俺の金で憲兵をぶっ倒したって聞いた時は胸がスッとしたが、金が持ち帰れなくなって困ってたんだ。銅貨に戻してくれたなら文句はねえ」
露天の主は銅貨の一枚を取り上げると、俺に手渡した。
「礼だ。取っとけ」
「マジか!!」
銅貨一枚!?
とんでもない大金だ。
自分の金として、鉄貨以外を手にするなんて初めてじゃないか……!?
ジーンと感動する。
そんな俺の横から、ミスティがじーっと見つめてくるのだ。
「やっぱり、ウーサーの両替ってまだまだ色んなことができそうじゃね……? まだまだ成長途中っぽい」
「えっ、そうなの?」
「ステータスがね……」
「そのステータスって何だよ?」
「あ、見えてない? ええとねえ、ちょっとあたしと手をつないでみ?」
「うおっ、手、柔らかっ」
しっとりしてて暖かくて柔らかい。
女子の手の感触にまた感動する俺である。
すると、俺の目の前に妙なものが見えた。
俺は正直、難しい文章や複雑な数字が理解できない。
孤児院でちょっとは教育してもらったし、これでもスラムじゃ上から数えたほうが早いくらい頭がいいんだが……。
だがしかし、、感覚的にこの表示の意味が分かる。
《スキル》
両替 (一段回目)
「銀貨とか金貨とか、両替もできるっしょ?」
「見たことがない」
「えーっ。そっか、そうかぁ……。じゃあそこからだなあ」
ミスティが唸った。
そこからって、何がそこからなんだろうか?
この女、なんだか随分先を見据えている気がする。
「なんで俺のために色々やろうとするの?」
「そりゃ」
何を当たり前の事を、という顔をするミスティ。
「運命の男なら、育てていい男にすんのが女の腕のみせどころっしょ!!」
何を言っているのかよく分からないが、異常に頼もしいぞ!
そんな俺たちの耳に、スラム入り口で何かが粉砕される音が響いた。
「憲兵隊だーっ! また来たぞー!!」
やばい!
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