外れスキル「両替」が使えないとスラムに追い出された俺が、異世界召喚少女とボーイミーツガールして世界を広げながら強くなる話

あけちともあき

1・王国での出会い編

第1話 スラム街のボーイミーツガール

「じゃ、銅貨一枚を両替して……」


 俺が力を込めると、手のひらの上に乗った銅貨がピカッと光った。

 次の瞬間には、手がずっしり重くなっている。


 載っているのは十枚の鉄貨だ。


「はい、鉄貨十枚!」


「助かった!」


 お客さんは、近所のおっさん。

 子どもに小遣いをあげるために、ちょくちょく俺の両替能力を利用してくれている。


「これ、両替代な。ほんと便利だよなあ」


「へへへ、毎度ありです」


 俺は鉄貨一枚を握りしめ、ペコペコ頭を下げた。


 俺はウーサー。

 両替能力者だ。


 なんか、能力があるガキを集めた孤児院出身なんだが、俺のこの両替能力は将来性が薄いということで追い出されてしまった。

 それ以来、こうやって小銭を稼ぎながら、ある王国の下町で生活しているわけだ。


 もちろん、両替だけじゃ暮らせない。


「俺は銅貨より高いやつ、銀貨とか金貨とか見たことねえからなー」


 鉄貨を握りしめて、パン屋へ。


「どもども!」


「あらウーサーくん。いつもの黒パン?」


「うす! 黒パン下さい! はい鉄貨!」


「どうも! じゃあサービスでパンくず入れてあげるわね!」


「マジっすか!! ありがとうございます!」


 パン屋のおばちゃんが凄いサービスをくれた。

 パンくずは腹が膨れるんだよなー。


 両替、こうやって一日の食事の一食が、たまに浮いたりするくらいの力しか無い。

 うん、しょぼい能力だ。

 孤児院を追い出されたのも当然だろう。


「さて、飯を食ったらどうしようかなー。昨日のどぶさらいの続きとか? 親方に言って仕事また紹介してもらおうかなあ」


 ばりばりと黒パンをかじりながら、井戸水をがぶがぶ飲む。

 

 ここらはスラム。

 適当に地べたに座っていても、変な顔などされない。


 昼間から酔いつぶれたおっさんが転がっているし、家々の間には目をギラギラ光らせた怪しいやつが潜んでる。

 かと思うと、俺より年下くらいのガキどもがつるんで、倒れたおっさんから財布を抜き取っていく。


 わあわあと叫び声が聞こえたかと思ったら、ガラの悪い男たちが殴り合っていたりする。

 近づくだけ損だ。


 あちこちにゴミが転がり、大変臭い。

 まあ、俺は慣れてるからそんな中でも食事ができるけどな。


「あー……。早くここから出てえー」


 しみじみと呟く俺。

 だって、ここには未来がないからなあ。

 俺もこのスラムで沈んでいって、酔っ払ってぶっ倒れて、財布抜かれるおっさんになるんじゃないだろうか。


「それだけは嫌だよなあ……。だけど、どうすりゃいいか分からねえ。おっと、そんなことより……夜の飯と寝床を確保するために、仕事仕事……!」


 仕事のあてがある場所へ、移動を開始したところ。

 突然、下町と繋がっている通りが騒がしくなった。


 また喧嘩か?

 いつものやつだ。

 そう思った。だが、どうやら違うようだ。


 多少の喧嘩くらいではびくともしない、スラムのろくでなしども。

 そいつらが、血相を変えてこっちに逃げてくる。


「おいおい、なんだなんだ!」


「やべえよやべえよ!!」


 何がやばいって言うんだ。


「憲兵団だ! 憲兵団が来たぞ! クスリ隠せ!」


「マジかよ! 賄賂払って見逃してもらってたのに!」


 あちこちにある露天の主も血相を変えている。

 ヤバい品を扱ってる連中が多いんだ。


 で、そのヤバい品物を求めてスラムに来る奴らがいる。

 露天の主はこの商売をするため、王都の治安を維持している憲兵団に賄賂を払ってるってわけだ。


 そんな憲兵団が、予告もなしにスラムに来る?

 しかも……。


 馬の蹄の地面を蹴る音だ。

 馬で来たぞ!


「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」


 吐息が聞こえた。

 ろくでなしどもの最後尾に、見覚えのない女がいた。


 偶然なのか、なんなのか、ろくでなしどもの人垣が割れて、俺の目の前に彼女の姿だけが見えたのだ。


 見たこともない、ピンク色の上着と、その下は白いシャツ。

 で、スカートが恐ろしく短かった。

 娼婦だってあんな短いスカートは穿かない。


 むき出しの足は、真っ白な布を身に着けていて、靴はやっぱり見たこともない素材だった。

 彼女は随分俺まで近づくと、顔を上げて叫んだ。


「どいて!! 少年! あたしから離れて! 君まで巻き込んじゃう!!」


「巻き込むって、何がだよ!?」


「うっさい! 説明する暇ない!」


 息が上がってるのに叫んだものだから、走ってる彼女は集中が切れてしまったらしい。

 ボッコボコなスラムの地面で、彼女はつまずいた。


「ウグワーッ!? 転ぶーっ!!」


「すげえ悲鳴だな! うおおーっ!!」


 俺は駆け寄って、彼女を支えた。

 むっ!!


 いい匂いがする!!

 というか、女だ!

 そうだ、女なんだよな!


 スラムで出会えないような、なんか育ちが良さそうな女だ。

 太ってないし、ガリガリでもないし、めちゃくちゃ柔らかい。

 俺はぽーっとなってしまった。


「やば……立ち止まっちゃった。もう走れねー……」


 彼女が呟く。


「おい少年。あたしを離せー。少年まで巻き込まれっぞ」


「何言ってるんだ。巻き込まれるって何にだ?」


「何って……あたしを追っかけてきてるあいつらに決まってるじゃん!」


 馬が駆ける音が迫ってくる。

 スラムの住人を蹴散らして、そいつらはやって来た。

 真っ赤なマントに帽子、銅色の軽甲冑。


 王都の憲兵団だ。


「いたぞ!!」


「異世界召喚者だ! 二百年ぶりの召喚者だぞ!」


「捕えろ! 陛下の元へ連れて行くのだ!」


 おお、やべえやべえ!

 憲兵たちは、馬にまたがって棒を振り回している。


 棒で邪魔なスラム住人を叩き伏せたり、どかせたり。

 本気だ。


 で、そいつらはみんな、彼女を見ている。


「少年! あたしから離れろー!」


「なんでだよ! なんか、あいつらにお前渡したらやばそうじゃん!」


「少年が危なくなるだろ! ってか、なんであたしを離そうとしないの! こ、こら抱きしめるな少年ー!」


「あー、いい匂い……。やわらけー」


「す、すけべー!!」


 彼女がバタバタ暴れた。


 その間に、憲兵たちは俺たちの前まで迫ってきた。


「おいスラムのガキ! 女を離せ! 陛下がその女をご所望なのだ!」


 なんか上から言われた。


「なんか嫌なんだが?」


「なにぃ!!」


 棒が振り回される。

 俺はそいつでぶん殴られて、吹っ飛んだ。

 彼女ごと吹っ飛んだ。


 横合いで放置されてた露天に突っ込み、売り物をぐちゃぐちゃにしてしまった。

 店の中に残されていたらしき銅貨が、地面に散らばる。



「ウグワー!?」

「ウグワー!?」


 二人で悲鳴をあげてしまった。

 こ、こいつらー!

 女ごと殴るやつがあるかよー!!


「う、うぐぐぐぐぐ、ほら、あたしと一緒だとやばいことになるって。あたし、どうやらそういう能力みたいなんだよ。運命と宿命って。一緒にいるとすっごい不幸が来るって。幸運も来るらしいけど」


「なんだそりゃ!? ってか、能力? 能力ってつまり……」


 地面に撒き散らされた銅貨を握る俺。

 銅貨は、ピカッと光りだした。

 俺の両替みたいな?


「……!? あ、なんか、やばい。あたし、運命感じちゃったかも」


 彼女が俺を見つめる。

 寝転がったままで、さっきまで抱きしめてたから、顔が近い。

 超近い。


 吐息が顔にかかってドキドキするぞ。


「ステータス、見える。少年もあたしと同じ? 能力持ってる?」


「持ってる」


 倒れたまま会話する俺たちに、馬から降りた憲兵が近づいてくる。


「よーしよし、そのまま大人しくしていろ」


「スラムのガキはどうする?」


「邪魔立てするようなら殺せ」


 おいおい、洒落にならないな!


「少年! 銅貨、あいつらに投げつけて! 少年の力ってつまり、そういうのでしょ!」


「そう言うのってなんだ!? くっそ、考えてる暇がねえ! おら!!」


 俺は起き上がりざま、銅貨を憲兵の一人に全力で投げつけた。


「はっ、なんだそりゃ!? 金を投げつけて……てぇっ!?」


 銅貨が空中で輝く。

 そいつは、一瞬で十枚の鉄貨に変化した。


 鉄貨は一枚一枚の価値が低いくせに、銅貨より重いクソみたいな硬貨だ。

 そいつが十枚、俺が思い切り投げた勢いのまま突っ込んできたのだ。


 つまり、鉄のつぶてだ。


「ウグワワワワッ、ウグワーッ!?」


 顔面と鼻と喉に鉄貨を食らって、憲兵が白目を剥きながらぶっ倒れた。


「な、なんだ!? 金が増えた!?」


 動揺する憲兵。


「そうか! 触れた金なら、投げても両替できるのか! ……何に使うんだよこの能力」


 俺は訝しく思いながらも、生き残るために落ちてる銅貨を次々に拾った。


「少年! あたしも拾っといた! 投げろ投げろ!!」


「うす! 感謝!」


 手にした銅貨を、両替しながら投げまくる。

 それが無くなったら、彼女が拾ってくれた銅貨を受け取って投げる!


 銅貨が、十倍の鉄貨になり、重さは全部で二十倍くらいあるんじゃないか?

 これを食らって、憲兵たちが次々に倒れていった。


「うおおーっ、抵抗するのか!! くそっ、殺せ殺せ!」


 憲兵の隊長らしき奴が叫ぶ。

 だけど、こいつの部下はみんな、鉄貨をぶつけられて倒れている。


 憲兵隊長はしばらくキョロキョロした後、俺たちをギロっと睨んだ。


「お……覚えてろ!! 凶悪な能力者がスラムにいることは確認した!! この報復は絶対にしてやるからな!!」


 そいつは慌てながら、馬に飛び乗ると、凄い勢いで去って行ってしまった。


「うわあ、もうスラムにいられなくなりそうだ……。あ、いや、それはそれで別にいいか」


 呆然としながら呟く俺。

 何というか……。

 何が起こったのか、よく分からん。


 もしかして俺、両替の能力で憲兵を撃退した?


「やるじゃん、少年!!」


 彼女が俺の横に立つ。


「なるほど、なるほどねえ。運命。運命じゃん」


「何が運命だよ?」


 彼女はすぐ近くで、俺の顔をじっと覗き込んだ。

 目が大きい。


 彼女の目は、紫色に輝いて見えた。


「ねえ少年、名前は?」


「あ、俺? 俺ウーサー」


「ウーサーか! うひひ、かっこいい名前じゃん」


「そりゃどうも」


 そんな事、言われたことがない。

 俺はちょっと照れた。


「で、あんたは?」


「あたしはね、ミスティ。大概キラキラネームだと思ってたけど、異世界に来ると普通の名前だねえ」


「ミスティ! いいじゃん!」


「おっ、ありがとー」


 ミスティは、俺の肩をぺちぺち叩いた。

 背丈は俺と同じくらい。

 年は多分、俺よりちょっと上。


「君の能力は両替。あたしさ、なんか、君と君の力に運命を感じちゃったんだよね」


 また運命だ。

 そりゃあ一体なんなんだ。

 何が運命なんだ。


 ミスティは、紫の綺麗な瞳で俺をじっと見つめながら、微笑むのだった。


「あたしの能力は、運命の女ファム・ファタル。あたしとともにいる者は、神にも悪魔にもなれるんだって」


 これが、ミスティとの出会いが、俺のハチャメチャな冒険の日々の始まりなのだった。




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