14話 土地神様と柊崎家の蔵 その四


 マトイさんの腕に抱かれていた付喪神の少女……とりあえず『付喪神さん』と呼ばせてもらうことにするが、彼女がゆっくりと目を開け、ぼうっとした寝ぼけ眼で僕らを見つめてきた。


「おォ、起きたな。じゃ、あと頼まァ」


 マトイさんはそう言うと、キリさんに付喪神さんを預けて立ち上がった……って、え?


「ちょっ、マトイ? な、なんで?」

「いや、ここの空間の問題がまだ片付いてねェんだわ。パパッと済ませてくっから、その間にその神サンと話しててくれ」


 手短に説明したマトイさんは蔵の奥へと進んでいき、そのまま姿を消してしまった。

 ……え? いや、え?

 話すって言ったって……ど、どうすんの?


「……? あなた……」

「エッ? な、何カナ?」


 突然のキラーパスに全員で戸惑っていると、付喪神さんはキリさんの元を離れて四つん這いで移動し、サラへと顔を近づけた。

 鼻と鼻がくっつきそうなほど距離を詰め、吸い込まれそうなほどの黒目がちの瞳で赤い瞳を見つめている。流石のサラも少し驚いているようで、少し押され気味だ。


「とてもきれいな目をしている、わ」

「あ、アリガトゴザマス……?」

「きれい、綺麗ね。うふふ」


 唐突なほぼゼロ距離での褒め殺しに、サラは困惑しながらも照れている。

 ……なんだろう、何かいけないものを見ている気分になるんだけど。


「嫋やかな百合の花が咲き吹いているな」


 隣で変態フキが気持ちの悪い笑顔を浮かべて何かよく分からんことを呟いている。

 百合っていうと……えーっとなんだっけ。たしかこの前、こういう女の子同士の恋愛的触れ合いについてそう表現するとかイザに教えてもらったな。

 たしかにそう言われて見ると、なんかそういう雰囲気に見えてきた。


「ほんとうにきれいだ、わ。…………ほじくり返して飲み込んでしまいたいくらい、に」

「セッチャン! この子怖い!!」


 いやなんかコレ違うな。捕食者と被捕食者の構図だ。

 百合っていうかハエトリソウとかそういう類の植物だなこりゃ。


 ところでサラが怖がって腕に抱きついてきたわけですが、なんだか腕のところに何か嬉しい柔らかさが伝わってきてああああああ


「サラ。怖いのは分かるけどセキがバグってるから一旦離してやんなさい」

「エ? …………!!」


 イザの発言でサラの顔が赤く染まった。どういう状態か分かったようだな。

 よし、コレでサラが離れて冷静になれるはずなんでさらに押し付けてるんですか榎園サラさんあああああ


「……前にフキの言ってたトーリ、セッチャンもBigなホーが……!」

「話進まないから離れろや」


 抱きついたままよく分からない事をぼやいていたサラだったが、イザが強制的に引き剥がしてくれた。

 た、助かったけどイザの顔がなんか怖い。なんで?


「ふふ、とても楽しい人たちなの、ね」


 そんな僕らのやり取りを見て、付喪神さんはクスクスと笑っている。あら可愛い笑顔。

 起きたばかりだというのに余裕のある態度で、そこはかとなくミステリアスなこの雰囲気……。


「……なんかキリさんより神様っぽいな」

『分かる』

「発言した僕が言うのもなんですけど、キリさんまで肯定しちゃダメでしょ」


 なんで皆と一緒に同意してんだ。仮にも土地神様なんだから自信持ってくださいよ。


「……あなたは、わたしとおなじな、の?」

「あ、はっはい! とと、土地神のキリです。よろしくお願いします」

「そう。よろしく、ね?」


 人見知りを発動させながら震えた声で挨拶するキリさんと、平坦かつ落ち着いた声で応対する付喪神さん。

 どちらが神様らしいかは……いや、これ以上はよそう。


「そ、それでそのぅ、お、お名前をお伺いしても?」

「わたしの、なまえ? ……そんなもの、あったかし、ら」


 キリさんの質問に対し、逆にコテンと首を傾げる付喪神さん。

 名前を忘れているというよりも、名前そのものがあったかどうか分からないといった態度だ。


「どういうことです?」

「もしかしたら、そもそも名前を持っとらんのかもしれんね」


 名前がない? そんなことがあるものだろうか。

 いや、考えてみればこの付喪神さんは『付喪神』という大きな括りの中の一神に過ぎない。そう考えれば、個別の名前を持っていなくても不思議ではないのかもしれない。


「そう、ね。もしかすると、素敵な名前があったかもしれないけれど、すくなくともいまは忘れてしまっている、わ」

「そっか……じゃけど、名前がないと不便よね? 何か呼び名を考えんと」

「それなら、そちらの素敵な殿方に名付けてもらいたい、わ」

「え、俺?」


 付喪神さんが指をさした方向を辿ると……フキを指し示している。

 ……素敵な、殿方?


「「「うーんウーン……」」」

「全員で首傾げんな」


 サラとイザと僕が腕を組んで頭を悩ませていると、素敵な殿方から突っ込まれた。

 いやだって……ねえ?


「まあいい、せっかく素敵なお嬢さんからご指名されたんだ。せいぜい良い名前を考えるとするさ」

「よろしくお願い、ね」


 親友の頼もしい一言に、付喪神さんはにっこりと目を細めたのだった。




         〇〇〇




 あの後、マトイさんは宣言通りすぐに戻ってきた。

 合流してすぐに蔵の入り口付近を(ほとんどマトイさんが一瞬で)片付けると、柊崎家の本宅へとお邪魔して付喪神さんの服を見繕った。

 それから今は柊崎家の畳張りの客間でお茶を頂きながら皆で談笑している。


「へェ、名前貰ったんだ」

「ええ。小町コマチ、とお名前をいただいた、わ」

「へェー……」


 マトイさんは付喪神さんの名前を聞くと、コマチさんの顔に布だらけの顔を近付けた。

 少女に顔面を近付ける怪人の絵面はホラー映画さながらである。実際はさっきまでホラーテイストだったのはコマチさんの方なんだけどさ。


「……あー、神様に名前付けるのってまずかったか?」

「ンー……いや、特に問題ないサ。良い名前だと思うよ」

「とても素敵な名前だ、わ」

「ふっ、それほどでもありまくるさフハハハハ」


 マトイさんとコマチさんに褒められ、鼻高々で調子に乗っているフキ。その隣でイザが舌打ちをしている。うん、平和な光景ですね。


「ところでつかぬ事を訊きますけど、今回あの蔵を放ったらかしにしてたらどうなってたんです?」

「さァてね。影響は蔵ン中だけだったと思うけど……近づいたら不審死が続出する心霊スポットにでもなってたんじゃねェかな?」

「人ん家の倉庫でなんつー傍迷惑な現象だ」


 人死にの可能性が見えてる時点で傍迷惑ってレベルじゃねえだろ。


「いやしかし、元は別の用で来たとはいえ、とんだ大捕り物だったなァ」

「そうな、の? わたしって大捕り物だったの、ね」

「ン? マトチャンの用事ってコマッチャンとかのコトじゃなかったっけ?」

「いや本題は別。コレの手入れを頼まれてたんだよ」


 そう言ってマトイさんは後ろに置いてあった物を指し、被っていた白い布を取っ払って中身を見せてきた。


「木製の人形……じゃなくて、彫刻か」

「Wooden Statue?」

「綺麗なもんねー。フキ、コレ一体……」

「ぶふぉっ!?」

「うわ汚っ!? 何よ突然!」


 目の前に置かれた大きめの木像についてイザが訊ねようとした瞬間、突然フキが飲んでいたお茶を吹き出した。

 咽てしまったらしく、嘔吐えづくように咳き込んでいる。


「わ、悪い。いや、それ……それを手入れすんのか? マジで?」

「ン? まァ、アンタの爺さんに頼まれてるからね」


 フキの確認にマトイさんは普通に肯定した。

 マトイさんって彫刻の手入れもできるんだ、っていう驚きはたしかにあるけど……それ以上にコイツがここまで動揺しているのは珍しい。

 この木像が一体何だというのか……まさか!


「まさか、また呪い云々とかそういう類じゃないよね? さっきみたいな怪異系トラブルは御免なんだけど」

「いや、そういうのじゃねえから安心しろ。ただ、ありゃうちに収蔵してある中でも特に古い物なんだが……簡単に言や国宝級のブツだ」

「え?」

「コクホ?」

「国宝レベル。俺もそこまで詳しくねえけど、平安時代に彫られた物なんだと」


 へ、平安時代? いや、国宝級って……え?


「……マジで?」

「大マジ。ほら、中学の修学旅行ん時、京都で菩薩像見ただろ? アレと同じくらいの歴史がコレに詰まってるらしい」

「怪異とは別の方向性でヤバい代物じゃないの! なんでそんなモンがアンタの家にあんのよ!?」

「それは俺も知らん」


 イザの真っ当な質問に真顔で即答するフキ。ふざけた態度に見えるけれど、その表情からして嘘や冗談じゃなさそうだ。


「なんでこの家にあるかは置いておくとして、なんでマトイさんが手入れを?」

「色んな物作ったり直したりするのが得意でね。柊崎の爺さんとオレの友達が知り合いってことで経由して頼まれたんだわ」

「国宝級の物の手入れを頼まれるって得意とかいうレベルじゃない気がしますけど……」

「まあ、マトイじゃけんね。そういうこともできるんじゃない?」

「布のあなた、すごいの、ね?」


 なんだかよく分からないが神様二名は納得しているらしく、素直にマトイさんを持ち上げてしまっている。

 蔵の中でもそうだったけど、キリさんこの人への信頼が分厚いな!


「爺さんに聞いた修理屋ってアンタだったのかよ。てっきり先に来てたトラックの業者の方かと思ってたんだが」

「あっちは本邸に置いてある物を修理しに来たらしいよ? さっき帰ったみたいだったけどサ」

「マトチャン、コレ触ってもイイ?」

「別にいいけど、万が一傷とか入ったら数百万くらい払ってもらうかもしれないよ?」

「ナルホドナルホド……ン? セッチャン、イザ? 何をォオ!?」


 マトイさんの説明を聞いた瞬間、僕とイザでサラの両腕をガッチリとホールドして引き下がらせた。絶対に触らせないようにせねば。


 それにしても、怪異の関係といい刀の手入れといい、なんでそんなに色々できるのやら。マジでなんなんだろうこの人……って、もう何回考えたかわからなくなってきたな。

 マトイさんに関してはキリさん同様、そういう存在として納得した方が良さそうだ。



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