13話 土地神様と柊崎家の蔵 その三



「おォ、無事に目が覚めたな。じゃ、こっちも終わらすか」


 マトイさんはサラが目覚めたのを確認するや否や、さっき突っ込んだ左手を一度押し込むようにしてから引き抜いた。

 すると……



 ――ぐじゅ、ぐちゃぐちゃっ。



 不快な水音と共に、目の前の付喪神の形がボコボコと波打ちながら変わっていく。

 なんだろう、音も見た目も真っ黒なのにすごくグロテスクに感じる。

 目の前の変形物質を見ているのもあまりいい気分ではなかったので、意識を逸らすためにも背負っていたサラを下ろした。


「あ、アリガト。重くなかった?」

「全然。それより調子は?」

「ダイジョブ。チョイ頭痛headacheなくらいヨ。ところで一体何があったノデ?」

「お前の魂があの黒いのに取り込まれてた。で、マトイさんが助けてくれた」

「ソレはお礼を言わネバ。……それで今はナニしてってうわGrotesque Sightグロい光景!!」

「まあそうなるよな……ん?」


 起き抜けでショッキングな物を見て驚くサラに軽く同意していると、僕の脇にいたイザに服を引っ張られた。


「あの、キリさん気絶しちゃったんだけど。これどうしよう」

「え? うわホントだ」


 下を見ると、白目をむいて気を失ったキリさんがイザに寄りかかっていた。イザの方も困り顔である。

 ……理由はまあ、明らかにあの布怪人の行動だろうなぁ。めちゃくちゃ心配してたし。


「おいセキ」

「なんだい性癖異常者」

「そこは否定しないがアレを見ろ」


 言われた通りフキが指をさした先、マトイさんの方へ再度視線を移すと……黒い何かの流動が止まっていた。

 そしてドロリ、と外殻が剥がれ落ちるかのように黒い墨のようなものが床へと落ちていき……



 中から裸の女の子が出てきて、その場に倒れ込んだ。



 その身体は小さく、イザと同じくらい。髪は黒くて短めながらさらりとしていて、艶のある真っ直ぐなものだ。そして真っ白い肌と控えめな胸が見――



「ハァッッッ!!!」(ドスゥッ!!)



 冷静に観察していた途中で、咄嗟に自分の両目に親指を突っ込む。

 鈍い痛みが走り、僕もその場に倒れ込んだ。


「ちょっ、アンタ何してんの!?」

「見てはいけないものが視界に入りそうだったから紳士的に視界を塞いだだけだ。気にするな」

「塞ぐっツーカ潰してるよネ。紳士ってなんなノ?」


 紳士とは何か。それは僕も模索中さ。


「何馬鹿なことしてんだこの馬鹿は」

「まったくブレずにガン見してるアンタはアンタで馬鹿の一人よ。せめて目ぇ背けるフリくらいしろ」


 そこの変態と僕の紳士的行動が同列に扱われているのは全くもって遺憾である。


「……何してんのアンタら?」


 抗議しようと思った矢先、マトイさんの呆れたような声が聞こえた。




「――ということだったのさ」

「ナルホドでゴザル」


 数分後、起きたキリさんに目の治療をしてもらった僕はサラにここまでの状況を説明した。

 彼女としては魂を抜き取られていた自覚は全くなかったらしく、『なんか夢見が悪かった』くらいの感覚だったらしい。


「ドーリでBad Dream だタワケだ。起きたらオチンコデテル感じになったもん」

「『落ち込んでる』な」

「ブッフォ!!」

「美人からそういう言葉が出るとなんか興奮するな」


 相変わらず笑いの沸点が変なところにあるイザと変態的発言のフキ。

 そんないつも通りのやり取りの傍らでキリさんはというと、


「マトイの馬鹿あぁぁぁ!! 死んじゃうかと思ったじゃんかあぁぁぁ!!」


 泣きながらマトイさんの背中を叩いていた。

 号泣する姿は子供の如し。神様の威厳もクソもない御姿である。あー鼻水も出てる。

 当のマトイさんも罪悪感はあるらしく、「ゴメン、ゴメンって」と謝りながら大人しく叩かれている。

 置いてけぼりだった僕らには実感が湧かなかったけれど、キリさんの様子を見るにマトイさんの行動は本当に危険な行為だったようだ。


 ちなみに何故マトイさんが無事だったのかというと、本人曰く「気合いで耐えた」とのことである。

 あれだけとんでもない音が出ていたにも関わらず、腕どころか上着や手袋に至るまで無傷な辺り、やはり人間ではないのでは?


「とりあえずキリさん、一旦その辺で。それでマトイさん。その子は一体……」


 キリさんを宥めつつ、マトイさんの腕の中で眠る少女に目を落とす。

 先程あの黒い墨のようなものの中から出てきた存在である。


「あァコレ? さっきの付喪神」

「え、この子がですか?」


 どう見ても僕らと同年代、もしくは少し年下にも見える女の子だ。マトイさんの上着に包まれながら、こけしのような黒くて短い綺麗な髪が寝息と共に揺れている。

 さっきのおどろおどろしい墨のような物体とはかけ離れた可愛らしい見た目。にわかには信じがたいが……。


「キリさんの例を考えるとなくはない、か?」

「そこの神様引き合いに出すとなんでも納得しそうよねアンタ」

「なんでもとまではいかないけど、超常現象の類の象徴としては一番身近な例だからね。ところでマトイさん、もう危険性はないんですか?」

「そこは大丈夫。さっきオレが色々やって成り損ないからちゃんとした神に成ったし、もう人間オレらに害はないよ」

「神様に成り損なった存在を正すって、そう簡単にできるものなの……?」

「少なくとも私はできんけど……まあ、マトイじゃけんね」


 イザが訝しげな視線を送っていると、キリさんが控えめに笑った。

 どうやらこっちの神様はマトイさんを引き合いに出せば納得するらしい。


「あァー……じゃ、質疑応答タイムってことで軽く答えていくか。まず、さっきまでの状態は付喪神として宿るための物体に辿り着けずに中途半端な形になってたんだよ。人型っぽかったのは多分、元々宿る予定だった物が人形とかで、なるべくその形を模してたんだろうサ」

「なるほどな。どうして宿り先に辿り着けなかったんだ?」

「蔵の奥が異界化していた理由も同じなんだが……奥の方に置かれてた物の中に色々といわく付きのモンもいくつか置いてあって、中国なんかでいうところの『気』ってのが乱れてたからソレにあてられたってトコ。簡単に言や、蔵の奥を定期的に整理してなかった結果だな」

「「お前アンタの一族のせいじゃねえか」」

「誠に申し訳ない」


 僕とイザのツッコミにフキは素直に頭を下げた。

 いやまあ、歴代の柊崎家の問題だし、お前に直接的な責任があるかは微妙なところだが……倉庫の整理って大事だね。


「はい、じゃァ他に質問ある人」

「ええっと、じゃあ僕から。さっきの触れただけでヤバイ状態になってたのはなんだったんですか?」

「形が不安定ってことは神としても不安定な状態ってことでね。神を形成する要素も剥き出しの状態だったワケで、人が触れちゃいけない領域の部分もモロ出しだったのサ」

「人が触れちゃいけない領域?」

「本来は神の内側にある、隠された部分。まァ血とか内臓とかそんなトコかな」


 つまりさっきまでの黒いドロドロした状態は内臓や血を剥き出しにして蠢いてたってことか。そりゃグロテスクに感じるわけだ。

 それにしても、神様の血ってそんな危なっかしいものなのか。


「……仮にキリさんが怪我したりしたら周りも危ないってことですか?」

「いや、私はそうそう怪我せんよ?」

「あァ、本来の神はそう簡単に傷つくこたァないし、内側が露出することはない。それに普通は神側が攻撃的でなければ中身ぶちまけようが基本的には危険性もないよ。ま、今回みたいな異常事態イレギュラーに関しては成り損ないで意識が混濁してたからこそだな」


 それを聞いて安心した。キリさんがうっかりこけて二次被害、とかありそうで怖いしな。

 いや、キリさんがそこまでドジとは思ってませんよ? ただ、そういう状況をイメージするのが容易いってだけで……すいませんこっち見ないでください土地神様。


「ええっと……どうやってその、成り損ないをちゃんとした付喪神に?」

「細かいことは企業秘密ってことで省かせてもらうけど……要するに宿り先がなかったってだけだからな。適当にそこに転がってた人形をぶち込んで色々弄って、余分なとこだけ切り取って出来上がり」


 キリさんから目を逸らしながらマトイさんに追加説明を求めると、簡潔というか雑な説明をされた。よく分からん。

 しかし、なるほど。さっきの行動はただ悪戯に腕を突っ込んでたんじゃなかったというわけだ。


「よく分かりませんが分かりました。けど、どうしてこんなに可愛い見た目に?」

「神の容姿ってのは言わば情報を得て構築する外殻みたいなモンだからな。あくまで予想でしかないけど、核にした人形の特徴と直前に取り込んでたサラサンの魂から記憶を読み取った結果だろうサ」

「取り込んだ情報を元に見た目を構成した結果こうなった、と」

「そういうこと」


 取り込んだ情報を元に見た目を構築……。なんかSFに出てくる特殊生物みたいだな。

 もしかしてキリさんも同じようにモデルになった人がいたりするのだろうか。


「あ、じゃあアタシも質問。さっきまでその子のこと見えなかったんですけど、今見えてるのはなんで?」

「見えなかったのは不安定な状態だったからだな。宿り先ができて実体を得たことで認識出来るようになったって感じかな」

「なるほど……ん? じゃあ最初っから見えてたキリさんも実体……宿り先を持ってるってことですか?」

「や、コイツキリの場合は付喪神とは別カテゴリだし、見える見えないの問題はあんま関係ないよ。……質問は以上かな?」


 マトイさんの問いに対して、誰も口を開かない。質疑応答はここで終了のようだ。


「先生、ありがとうございました」

ありがとうございましたアリガトーゴザイマシター』

「先生ってガラじゃないよ。上手く答えられなくて悪かったな」


 小学生のような号令で揃って頭を下げると、マトイさんの布で巻かれた顔が照れくさそうにはにかんだ気がした。いやまあ顔は見えないんだけども。

 それにしてもこの人、本当に色々知ってるな。神様に出来ないことすらできるみたいだし、本当に人間なのか怪しいような……。



「……んぅ」



 あらためて目の前の布怪人に疑問を持っていると、小さな唸り声が聞こえてきた。



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