21話 土地神様は分からない その七

ここからはまたセキ視点。

ちゃんとした話をしていると彼が多少まともに見えますがそうでもないです。



◆◆◆




「―――と、そんな感じで今に至るわけだ」

「なるほどね。とりあえずコレで顔冷やしたら?」

「ああ、ありがとう」



 この店にやってくるまでのあらましをリンギクさんから聞き、おしぼりを渡す。

 文字通りの飛び込み入店を行った彼女の顔はまだ赤い。


 彼女のダイナミックな入店から続いて、すぐにイザもやってきた。

 それから「皆に話したいことがある。だがまずはソウビキ先輩をお借りしても良いだろうか」とリンギクさんに呼ばれ、一旦少し離れた席で色々聞いていたのだ。


「それで……実は彼女へ謝罪するのを手伝っていただきたいんだ」

「それは構わないけど……僕に話して良かったの? 呪いの事だけじゃなくてニシユキさんとのことまで……」

「勿論。ソウビキ先輩は信頼できるお人だと分かっているからな」


 信頼って……まともに話したのって昨日くらいだけど。

 悪い気はしないが、素直すぎて心配になる子だ。これはイザが目を掛けているのも分かる気がする。


「で、手伝うってどうすればいいの?」

「特別なことはしなくていい。イザクラ先輩同様、見守っていてほしいんだ」

「見てるだけでいいんだね」

「ああ。……だが、恥ずかしながらボクは臆病でね。今までも心配でここへ様子を見に来ていて、あわよくば謝ろうとしていたのだが……直前でいつも逃げ回ってしまっていて。だから逃げないように見張るという意味でもお願いしたい」


 そう言って僕を見つめる彼女の顔つきは真剣そのものだった。

 その心意気を受け止め、僕は「分かった」と短く返した。


 話を聞く限り、呪いの発動については事故のようなものだし、いくらでも誤魔化せそうなものだ。

 しかしそれでも謝りたいとは、真面目な後輩である。


「ところでニシユキさんのことを『知り合い』って言ってたのは……」

「む? ああ、彼女を危険な目に合わせているボクが彼女のことを『姉さん』と呼ぶのは申し訳なくてな。そう表現させてもらった」

「……従姉とか親戚くらいは言っても良かったんじゃない?」


 僕の指摘に彼女はハッとした表情を見せた。どうやら本気で気が付いていなかったらしい。

 この後輩、もしや結構なアホの子……いや、生真面目だな?


「それで、えっと……」


 リンギクさんの評価の再検討を図っていたところで、彼女は戸惑うように目線を動かした。

 続くように後ろを振り向くと、視線の先では僕らが元居た席で他の皆が話している。


「えっと、ニシユキさん? なんか雰囲気が……」

「初めまして小さなお嬢さん。嗅いでいいか?」

「良くないから大人しくしててねー」


 イザが変態に絡まれ、姉貴がたしなめている光景が見られた。

 あの悪霊、女なら節操無しかよ。マジで中身おっさんだったら事案だろ。


「その、今の彼女は一体どうなって……?」

「あー、その事は向こうで話そう。イザにも説明しときたいしさ」




「うーん、原因がそんな事故だったとは」

「幽霊……か。姉さ、彼女がそんなことになっていたなんて……」

「情報量多くて頭パンクしそうだわ」


 移動して同じテーブルを囲み、イザ達と僕らでお互いに判明したことを説明し合うと、各人各様の反応を見せた。

 勿論、ニシユキさんが絵を描けなくなってしまった辺りの話はぼかしていた。そこは二人の問題だし、今は呪いに関する話の方が最優先だからね。


「ホント、驚くことだらけで参ったな」

「相槌打ってるとこ悪いんですけどアンタ当事者ですからね?」


 相変わらず他人事のように横で頷いていらっしゃるなこの悪霊。

 まあノロイさん、記憶喪失だし実感がないんだろうけども。


「ていうかノロイさん、距離が近いよ。リンギクちゃんが怖がっちゃうから離れなって」

「い、いや、大丈夫だ! このままで、いい」

「待て。ジブンは怖がらせるようなこたぁしねえぞ」

「いや、突然身体の匂いを嗅ごうとするのは恐怖でしかないからね?」

「そうでなくても仲の良かった従姉が悪霊に取り憑かれたって言われたら怖いでしょ」

「この姉弟、ジブンに厳しくない? ……まあジブンのこたぁ悪霊でもなんでもいいわ。それよりそっちの白いの、大丈夫か?」


 変態悪霊の目線の先を追うと……燃え尽きたような白い頭がテーブルに突っ伏していた。

 さっきまで凄く頼りになっていた土地神様、キリさんである。


「キリさん、大丈夫ですかー」

「も、もう描けないなんて……」

「キリさーん」

「続きは絶望的……おぉぅ……」


 何度か声を掛けてみるが、なにやら打ちひしがれているご様子。

 ……漏れ出ている言葉から察するに、大方僕とリンギクさんの会話を盗み聞きしていたか神通力で読み取りでもしたんだろうな。

 例の本の話を聞いて落ち込むのは分かるが、呪い云々の話はキリさんが中心にならないと進められないんだからさっさと起き上がってくれませんかね。


「キリちゃん。まだパソコンにデータ入ってるかもだから……」

「はっ、そうじゃった! ぱそこんのでえた!」


 おお、立ち直った。ナイスだ姉貴。


「はいはい、じゃあ本題に入ろう」

「そうだね。……早速根本的なところを訊いちゃうけど、リンギクちゃんの話を聞く限り呪いの方法が書かれた本が原因なんだよね? だったらその本をどうにかすれば呪いは止まるんじゃないのかな?」

「あ、えっと……どうじゃろう? 実物を見てみんにゃ断言はできんのんじゃけど、多分それはできない……と思う」


 姉貴の質問に曖昧ながらキリさんは首を横に振った。


「なんで? 本を燃やすなりなんなりすれば解決できそうなモンですけど」

「あ、その……私もイザクラさんが言ったように思っとったんじゃけど、実際に見てみたら違ったというか……」

「実際に……というと、リンギクちゃん?」

「……ボク?」

「う、うん。その、ニシユキさんの身体から呪いの発生源を辿るための紐みたいなのが出とって、リンギクさんに繋がっとるんじゃけど……他に呪いの発生源があるとしたらリンギクさんからもう一本紐が出とらんとおかしいんよね」

「……あー、つまり……?」

「『人を呪わば穴二つ』って聞いたことないかね? ……もう本とは関係なしにリンギクさんも呪われてしもうとるし、呪いの発生源にもなってしもうとるんだと思う」


 つまり本は発動のキーというだけで、呪いの根源そのものは起動させたリンギクさんの方に移っている上、彼女も被害者になってしまっているということか。

 なんて傍迷惑な呪いだ……って待てよ。


「リンギクさん、体調崩してないよね? それに回りに靄もないし……」

「ああ、身体に問題はないぞ。どういうことだ?」

「あ、はい。身体への影響自体はほとんどニシユキさんの方に偏っとるみたいじゃね。でも呪いが進行して完成してしもうたらリンギクさんにも影響が出ると思う」

「え、じゃあこのままいくとリンギクさんも視界がトマトにジャックされるの?」

「可能性は無くはない……かも」

「……トマト?」


 二人揃ってトマトヘッドワールドにご招待というのは流石に気の毒ってレベルじゃない。どうにかならないものか。


「あ、でも呪いの発生源になってるってことは……リンギクさんを浄化させればなんとかなるんですかね? ほら、こっちにはノロイさんみたいな異物混入もしてませんし普通になんとかできるんじゃないですか?」

「誰が異物だコラ」


 幽霊であるノロイさんは呪いに巻き込まれ、ニシユキさんに取り憑くことになったイレギュラーな存在。その影響でニシユキさんの記憶とか諸々の部分と絡まってて無理に剥がすとヤバイみたいな話だったはずだ。

 その問題がないリンギクさんの方ならあるいは……


「……いや、こっちもそう簡単じゃないかも」

「え?」

「ノロイさんみたいなのはないんじゃけど、似たような感じで呪いそのものが絡まっとるみたいで……」

「……マジで?」


 ということはリンギクさんの方も無理に呪いを引っ剝がそうとすると色々危ないのか。

 ニシユキさんを取り巻く黒い靄とノロイさん、リンギクさんにも絡まった呪い。どれも完全に祓うと二人の身が危険に晒されることになり、迂闊に手出しができない。

出来なくなっている。

 なるほど、つまり簡潔にまとめると……



「現状は八方塞がりってことじゃね」



『………………』


 僕があえて口にしなかった一言をキリさんは特に気にする様子もなく口にした。

 全員が押し黙り、キリさんがストローでジュースを啜る音だけが店内に響く。


「……どうすんですかこの空気。一瞬でお通夜ムードですよ」

「え、私? な、なんかごめんなさい」

「その、ボクのことはどうなってもいい。だから―――」

「それ以上言ったらアタシが蹴り飛ばすわよ。キリさん、他に策はないの?」

「……うーん……」


 イザの質問に、キリさんは渋い表情で腕を組んで唸る。

 後輩の無事が確認できたのはいいものの、どうやら呪いそのものの解決については本当に行き詰まってしまったようだ。

 それからキリさんが悩んで言葉を発さなくなったことでさらにお通夜のような空気は加速。なんだか気分が沈んでいるせいか視界も暗くなってきた気がする。

 ……いや違うなコレ。残ってる靄だ。

 薄まってはいるけどやっぱ邪魔だし辛気臭くなるわ。


 そんなどんよりとした空気の中、大人しく口を噤んでいたノロイさんがパンッと膝を叩いて立ち上がった。



「―――悩んでてもしゃーねえな。テメェら、外行くぞ」



『……え?』


 そんな暗がりを晴らすようにそう言ってのけた幽霊に、全員困惑の声を上げたのだった。




         ○○〇




 ノロイさんに言われるがまま喫茶店を後にした僕らは、近所の住宅街に囲まれた公園に足を運んでいた。

 そして今はノロイさんと僕と姉貴の三人は東屋のベンチに座り、残りの三人娘がブランコで遊ぶのを観察しているところだ。


「うおおおあああ怖い怖い怖い!! 止めて止めて!!」

「頑張れイザクラ先輩! 目指すは一周だ!」

「目指してないから押すのをやめろぉ!! キリさんも止めて!!」

「イザクラさん、楽しそうじゃねー」


 何の気なしに乗ったイザの背中をリンギクさんが押しまくった結果、なんかとんでもない角度まで上がっている。そして真横でキリさんが感心したように見ているという新手の拷問のような光景でなんとも楽しそうである。イザ以外は。


「で、なんで外に来たんですか?」

「要するに良い案が出ねえんだろ? そういう時ゃ身体動かすのが一番だと思ってな」

「なるほど」


 たしかにあの喫茶店で靄に包まれながら座って話したところで気分は沈む一方。

 外の空気を吸って気分転換をする方がいい気がするのは確かだ。


「ところでソービキ弟。こっちからも一つ訊いてもいいか?」

「? なんですか?」

「あの白いお嬢についてだよ」


 ノロイさんはキリさんを親指で差し、そう言ってきた。

 当人、いや当神とうにんは変わらずブランコで行ったり来たりしているイザを目で追いかけている。


「この靄を祓ったりジブンを引っ張り出せたり、すげえヤツだってことは分かる。美人ってことで何も言わなかったが、マジで何なんだありゃ」

「この辺を護ってる土地神様、らしいよ」


 僕の代わりに姉貴がその疑問に対して答えると、ノロイさんは「は?」と抜けた声を出してこちらに顔を向けた。

 ……なんで目を丸くしてるんだろう? 聞こえなかったのかな。


「いやだから神様なんですよアレ」

「神社に祀られてる系らしいよ?」

「いや系列は知らねえけど。……神、神か……まあ幽霊ジブンがいるならいてもおかしくはねえ……のか?」

「そういうことです」


 頭を捻りながらだが、どうやら納得してもらえたようだ。

 ふむ、やっぱりすぐに受け止められる人の方が多いな。

 つまり……


「イザの方が少数派か」

「あ? なんだ?」

「いえなんでも。あと僕からも一つ訊きたい、というか確認なんですけど」

「なんだ?」

「ノロイさん、ニシユキさんに戻ってないですよね」

「……そういやそうだな。時間的にはもうとっくに戻っててもおかしくねえんだが」


 そう、ノロイさんと入れ代わってから既にかなりの時間が経っているというのに、何故かニシユキさんに戻っていない。

 もしかしてキリさんの力で入れ代わったからいつもと勝手が違うのだろうか。


「キリちゃんに頼んだ方が良さそうかな。呼ぼうか?」

「いや、こっちが頼む立場だ。ジブンで行く……何やってんだアイツら?」


 ノロイさんの怪訝な声に僕と姉貴も三人娘の方に目線を動かすと、既にブランコは稼働していなかった。

 代わりに三人が何かを囲むようにその場でしゃがんでいるのが見える。

 いつの間にかイザの悲鳴が聞こえなくなったと思ってたけど……何してんだろ。


 気になって全員で近寄ってみると……



「やはり姉さ……彼女の絵は素晴らしいな」

「いいよね、男同士」

「ちゃんと見たの初めてだけど、やっぱクオリティ高いわよね。コマ割りも考えられてるし」

「いいよね、男同士」



 ブランコ三人娘は例の同人誌を見ながら各々で感想を言い合っていた。

 ホントに何してんだコイツら。


「キリさん、その本持ってきてたんですか」

「いいよね、男同……あ、セキさん。どうしたん?」


 同じことしか繰り返していなかったキリさんがこちらに気が付いた。

 よかった。土地神様の音声機能が壊れたのかと思った。


「どうしたも何も、ノロイさんとニシユキさんのことですよ」

「あ、そっか。そういえば戻さずにそのままじゃったね」


 お気づきになられたようで何よりです。

 それじゃ早速、とノロイさんの方に向き直ると、



 ―――バシッ!



 彼女は突然、キリさんの持っていた同人誌を取り上げた。


「の、ノロイさん?」

「な、な……」

「な?」




「なんでこの本が、ここにあるんですかぁ―――っ!?」




 ノロイさん……いや、ニシユキさんは顔を真っ赤にして涙目で叫んだのだった。




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土地神様は薔薇が好き。 ワダツミ @WAda2mi

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