19話 土地神様は分からない その五

所変わってイザとリンギク視点。

シリアスっぽいけどそうでもないです。



◆◆◆




 時は少し遡り、セキとキリさんの二人と別れた辺り。



 アタシこと井櫻イザクラは待ち合わせをしたにも関わらずなかなか来ることのない後輩と友人を迎えるため、スマホを片手に街を歩いていた。


「ったく、どこにいんのよ……おっと」


 電話を鳴らしても出ない二人に悪態をつきながらあてどなく駅前を歩いていると、手元のスマホが震えた。

 画面を確認すると……新着メッセージが一件。送り主はサラである。


『急用につき本日そちらへ向かうことができなくなってしまいました。寸前でのご連絡になり大変申し訳ございません。』


 ……相変わらず文面だと別人のようだ。

 あまりの丁寧さに怒りが消え失せてしまった。

 まあドタキャンにしても連絡するだけまだマシだろう、と考えて『OK!』と書かれたスタンプを送っておく。


「んで、うちの後輩からは……」


 独り言を漏らしながら【トーリス】と表示されたトークルームを開く。

 新規のメッセージは……届いていない。


(……大丈夫かしら)


 人懐っこい大型犬のような銀髪の後輩の顔を思い浮かべる。


 同じ美術部に所属している仲の良い後輩、リンギク。

 一つ年下にも関わらず、誰に対しても尊大な口調と態度。しかしそれでいてかなり真面目な性格なことも知っている。

 故にあの全力中二病少女が連絡してこないのは違和感があるし、同時に心配になった。


「事故とかじゃないといいけど……ん?」


 鳴らないスマホを片手に周囲を見回していると、視界の端に見覚えのある後頭部が見えた。



「ぬうぅ……何故今日に限って……」



 後頭部、っていうかあの銀髪はどう見ても探していたうちの後輩である。

 路地裏で蹲って……何か呻いてる?


「いやしかし、むしろ好都合なのか……?」

「おい」

「だがそれだと先輩方にも……」

「おいコラ」

「ああ、どうすればいいんだ……!」

「まずするべきはアタシへの謝罪かなー」

「え? ぁ痛っ!」


 後ろから話しかけても返事がないままブツブツ呟いていたので、痺れを切らして脳天に手刀を落とした。

 手を出されてようやくこちらに気が付き、振り向いた後輩は見たところ汚れや怪我は見当たらない。……まあ場所的に薄暗い上にこの子の私服が黒くて分かりづらいが、これといって問題は無さそうだ。


「イザクラ先輩!? ……ハッ、時間!」

「気が付いてなかったの?」


 今更になってスマホで時間を確認する後輩に溜息が出る。

 既に約束の時間から一時間が過ぎつつあるというのに……まさかその間ずっとここで頭を抱えていたのだろうか?


「とりあえず移動しましょ。こんなとこいたら気分も落ち込むわ」

「あ、ああ……」


 半ば強制的に彼女の手をひったくって立ち上がらせると、そのまま大通りへと引っ張って歩く。

 とにもかくにも日の当たるところに出よう。





「―――で? アンタはあそこで何してたの?」

「……」


 湿っぽい路地裏から出てきたアタシ達は少しだけ移動して、来たるは近くの公園。

 銀髪の後輩をベンチに座らせて問い詰めた。が、彼女は俯いたまま返事をしない。


「……ちょっと、大丈夫? 体調でも悪い?」

「……いや、身体に異常は無い」

「そっか」

「……すまない」


 ……?

 やはり、何かおかしい。

 おかしいというか……いつもより、しおらしい?


 いつもならよく分からない高笑いと中二臭い横文字を連発してハイテンションな会話を繰り広げるのが目の前の後輩、リンギクである。

 だが今は……明らかに元気がない、というか覇気がない。


「……付き合いは短いけど、アンタが理由もなく約束すっぽかす人間じゃないのはなんとなく分かってる」

「……」

「だから理由を教えて。なんで時間通りに来なかったのか……なんでアンタが今そうなってるのか。……悩んでるなら、ちゃんと聞くから」


 隣に座り、ゆっくりと寄り添うように言い聞かせる。

 何があったのかは知らないし、力になれるかも分からない。ただアタシは先輩として――いや、友人として聞いてあげたいだけだった。


「……ありがとう、先輩。じゃあ、お言葉に甘えさせていただこうかな」


 そんな思いが伝わったのかは分からないが、彼女は小さく笑ってくれた。

 それから彼女は静かに語り始めた。


「本当は約束の時間よりも先に、あの喫茶店の前まで来ていたんだ。……でも、あの喫茶店エデンの前にソウビキ先輩と姉君達がいらっしゃるのが見えて、逃げてしまったんだ」

「……どうして?」

「ソウビキ先輩の姉君がいる、ということは……あの家に彼女が帰ってきていると即座に分かったからさ」


 彼女……というのはもしや、西雪さんのことだろうか?

 そういえばセキから聞いた話を統合して考えると、たしかあの人とこの後輩は親戚なんだったっけ。


「西雪さんと仲良くないの?」

「そんなこと――いや、今となっては……どうなのだろうな。仲が良かった、の方が正しいのかもしれない」

「……何があったのよ?」

「くだらない話さ。……あの本のこと、ソウビキ先輩から聞いているだろう?」


 あの本、というのは間違いなく例のBL本のことだろう。

 満面の笑みのキリさんが抱えているのがすぐに思い浮かんだ。

 タイトルは……今はどうでもいいか。


「一冊しか刷ってないってことは聞いてるけど……」

「そうだ。あの本は本来、のさ。……ボクが余計なことを言ったせいで創られたんだ」


 余計なこと、ね。

 それがその『くだらない話』とやらの原因というわけだ。


「もったいぶらないで詳しく訊かせて。心配しなくても人には言わないからさ」

「あ、ああ。上手く話せるか自信はないが……実は―――」

「あ、でも長いの苦手だからできるだけ簡潔にまとめてくれない?」

「実は彼女との会話満たされぬ共鳴の後、ボクのミスで闇の霧ブラック・マインドを呼び出してしまってな。闇に呑まれた彼女と共に暁に染まりし書浅薄なるイリアスを手放すことになって」

「アタシが悪かった。多少長くてもいいから普通に話して」




 それから彼女は二人の関係性とあの本の制作に至るまでの経緯、そして二人の間に起こった事件について話し始めた―――。





『―――姉さん。これはどうかな?』

『おおー上手い上手い。本当に上達が早いね』

『そうだろうそうだろう!』


 元よりボクらは仲が良く、小さな頃からよく遊んでいた。お互いの家にもよく遊びに行き、ボクは彼女のことを『姉さん』と呼んでいてな? 一緒に絵を描いて遊んだものさ。


 つい最近まではこの喫茶店に来たついでに家に寄って一緒に過ごすことも多かったのだが……ある日の事だ。


『姉さん、パソコンでも描けるのか! 凄いな!』

『へへ、まあねー。……やってみる?』

『いいのか!?』

『うん。自分はトイレに行ってくるから、自由に描いてていいよ』

『分かった! ……ん?』


 彼女の部屋でパソコンを借り、イラストソフトを立ち上げている途中でとある画像データが目に留まった。


『このファイルは……?』


 マウスを鳴らしてファイルを表示すると……その中身は例の本のイラストデータ。

 突然目の前に出てきた男性の肌色の多い画像に最初は戸惑ったが、絵柄ですぐに彼女の作品だと気が付いたとも。

 戸惑いはあれど、我ながら寛容な性格だからな。すぐにそこはとして受け入れて……興味に負けて中身を読み進めてしまったのさ。


 ……あの本の凄いところは、絵は勿論、コマ割りやトーンによる効果などの技術。物語性や登場人物の心象など一つ一つが丁寧に描かれている凄まじい技量と熱量の作品ということだ。

 そんな作品を目にしたボクはすぐに引き込まれ……短い物語だったのもあってすぐに読み終わってしまった。


『ただいまー。ついでにお茶持ってき―――あっ』

『あっ』


 そんな読み終わったところで作者彼女は帰ってきた。


 秘密裏に捨てようとしたことからも分かるが、彼女はあの趣味を隠し通そうとしていたようだ。漫画もあくまで趣味として描いていて、人に見せる予定はなかったらしい。

 ……きっとこの時の彼女は相当焦っただろうし、頭が真っ白になっていたと思う。


『えっと……勝手に見てすまない。その……これは姉さんが描いたのか?』

『あ、あの……これは、えっと…………ハイ』

『―――凄い!』

『えっ』


 ん? なんだ……ボクの反応が意外?

 いや、アレは素直に賞賛すべきものだろう。怒涛の勢いで褒めて褒めて褒めまくったとも。

 まあ彼女は混乱した顔つきだったが……それでも、嬉しそうな顔をしていたと思う。


『そ、そんなに褒めてもらえるとは……』

『それだけ価値があるものだからこそだよ。ところで姉さん、これは何処かに出したりしないのか?』

『どこかって?』

『ほら、前に即売会があるとか言っていたじゃないか。ボクはボーイズラブについて明るいわけじゃないが、この作品なら絶対に人気が出ると思うぞ?』


 ……今思えば軽はずみな提案だった。

 ただ、ボクは色んな漫画をよく読むし製作の難しさもそれなりに理解しているつもりだ。あの言葉は本心からのものだったさ。


 しかし当然ながらというか、首を横に振られてしまった。


『い、いやいやいや! 自分のなんてそんなお世辞なんて……』

『いいや、お世辞じゃないさ。ここまでの熱量の物はそうそう存在しないし、姉さんの絵は本当に上手いからな。元の作品を知らないボクでも楽しめたのだから絶対に出すべきだと思うね』

『そ、そうかなー。えへへへへ』


 それでもボクは必至に食い下がった。あとついでに褒め倒した。

 ……その甲斐あってか、なんとか彼女はその日の内にデータをネット上の印刷サービスに納品してくれた。


 そして後日、製本された実物が届いた。


『おお……凄いぞ姉さん!』

『……』

『……姉さん?』


 僕はその本を手にして興奮したが、彼女はそうではなかったらしい。

 中身を確認した彼女は本に目を落としたまま呟いた。


『……うん。やっぱり』

『え?』


 本を閉じ、息を吐く彼女。

 表情は伺えなかったが、今思えばその声はどこか諦めたような……いや、むしろ納得したような声だったように思う。


『何を言ってるんだ。こんなに素晴らしい出来なのに―――』

『え? あ、いや……ゴメン。ダメっていうのはこの本じゃなくて、その……』


 ボクが驚いて声を上げると、彼女は言葉を遮るように謝罪した。

 そして―――




『実はデータを送った日から……絵が描けないの』




『…………は?』


 ―――彼女の言葉に、耳を疑った。


『あ、でも全く絵が描けないとかじゃないよ? ただその、前みたいには描けなくなったの。なんというか、モチベーション? とかが前よりも薄いというか……出来た本を見たら元に戻るかと思ったけど、多分ダメかも。これで満足しちゃったのかもね。あはは』


 そう続けて、困ったように可愛らしく彼女ははにかんだ。

 一方でボクは……彼女の口から言葉が紡がれる度、頭を殴られたような衝撃に襲われていた。


 ボクのせいだ。

 ボクのせいで……彼女の情熱は失われてしまった。


『あ、でも、本当によく出来てるね! 自分の描いたものが本になってるのってちょっと恥ずかしいけど、感動―――』

『すまない』

『え? な、なんで謝るの?』

『本当に、すまない……』


 その後のことは……正直、あまり覚えていない。

 ただ、ボクはひたすら謝って、謝って、謝って―――気が付いたころには彼女と別れて帰路についていた。






 ……なるほど、責任を感じて、か。

 これはたしかに顔を合わせづらくもなるのも多少頷ける。

 でも、喧嘩をしたわけでもないんだし、まずはアンタの気持ちの整理をしてから話を―――って、えっ何?



 ……まだ続きがあるの?




◆◆◆


視点がころころ変わって申し訳ございません。

ちなみにイザがリンギクの名前を呼ばないのには一応理由がありますが、本編中で明かされるかは今のところ未定です。


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