【参】 人を呪わばと人が言う

15話 土地神様は分からない その一



 雲一つない晴天の日曜日の朝。僕は姉貴を連れて榎園家の前まで来ていた。

 理由は勿論、我らが土地神様を迎えに来たのだが……


「おはようせっちゃん。土地神様なら神社に行ったみたいよぉ」


 とアザミさんに言われたので姉弟揃って参拝することになったのだった。




「ここの神社に来るのも久々だなぁ」

「姉貴は用事無いもんね」


 山道を歩きながら雑談に興じる。

 姉弟仲は良い方だと思うけど、最近は離れて暮らしていることもあって話す機会が少ない。なのでこうして交流できるのは悪くない気分だ。


 それはさておき、姉貴の言うとおり彼女がここに来るのはかなり久しぶりである。

 小学生の頃は手伝い兼御守り役でよくついてきてくれたっけ。あの頃はヤンチャ盛りだったモンだから無茶して怒られたりもしたのは苦い思い出である。

 まあ僕が中学生になってからは御守りの必要がなくなったこともあり、それ以来ここに来ることはなかったわけだけど。


「そういえば覚えてる? 昔セキくんがここでお化け見たって言ってたの」

「え、そんなことあったっけ」

「あったあった。掃除に来始めてちょっと経ったくらいだったかな? 顔に大怪我した白いお化けがいたって言っててね。怖がるどころか嬉しそうに興奮してたよ」


 マジかよ。流石は幼きヤンチャな僕、胆力は一人前である。

 しかし全く覚えていない。そんな面白体験ならそうそう忘れることはないというか忘れたくないものだけど……。


「綺麗な顔の白い神様なら最近知り合ったんだけどなぁ」

「神様?」

「今から会うんだけどね……っと」


 話しているうちに階段を上りきり、気がつけば神社の入り口である鳥居の下まで辿り着いていた。

 ……なんか、実際に姉貴とここに来ると余計に懐かしく感じるなぁ。

 なんて感慨に耽っている僕を差し置いて、姉貴の方は久々に来たこともあってかキョロキョロと境内を見回していた。


「わー全然変わってない。……で、その神様はどこに?」

「……社の裏かな? ちょっと見てくるよ」

「そっか。じゃあ私は先輩からの電話に折り返しとこうかな」

「相変わらず忙しないな……」


 少し離れて電話をかけ始めた姉貴を横目に、社の横手に回る。

 前回フキ達を連れてきた時のように隠れているのかもしれない。そう考えてそのまま裏手に回ってみるが……姿は見えない。

 そのまま一周してみるも姿は見えず、倉庫の中や低木の辺りも確認したがどこにもキリさんはいなかった。


「おっかしいな……おっと」


 呟いた途端、覗いていた低木の隙間から黒猫が飛び出してきた。

 首輪のない野良猫のようだが人慣れしているらしい。僕の横を悠々と素通りして社の下へと潜り込んでいった。

 その様子を見届けた後、再度キリさんを探そうと立ち上がろうとしたところで―――



 ―――カッ!!



 社の下が発光し始めた。


「……なんでそんなとこいるんですかキリさん」


 下の方で輝いているから光量は抑えめに感じるけど、直感的に分かる。この光は先日見たものと同じだ。

 ここ数週間で超常現象にも慣れつつあるこの頃、もはや驚きすらしない。呆れた声で呼びかけると、もうすっかり見慣れつつある白い頭が社の下から生えてきた。


「ちょ、ちょっと野暮用で……」


 社の下に潜り込む野暮用って何?


「まあなんでもいいんで出てきてくださいよ。どうせ神通力で姉貴が来るの察知して隠れてたんでしょ?」

「あ、うん。でもちょっと待って、心の準備するけん」

「どのくらい必要ですか?」

「一分、いや五……一時間? ……明日とか」

「さっさと出てこい」


 片腕を引っ張って無理矢理床下から引きずり出そうとするが、またしてもこの神様は仄かに発光しながら耐えていた。前回の土下座といい神通力の無駄遣いすぎる。


「「うおおおお!!!」」


 前回と同様バトル漫画よろしくな叫び合いをしつつ、床下での攻防戦が突如として勃発した。

 しかし……


「おおぉぉあ、ちょっと待って変なとこ攣った痛たたたた」

「あーもう引っ張るんで大人しくしててください」


 床下の神様が痛みを訴えたことであっさりと終結。そのままズルズルと引っ張り出すと、左腕に先程の黒猫を抱えたいつもの豪華な着物を着たキリさんが滑り出てきた。

 不思議パワーがあるから多分汚れないんだろうけど、着物を引きずるのって抵抗感あるな……。


「いや土地神わたしを引きずることについての抵抗ぁ痛たたたた」

「変なとこで耐えるからですよ……てか、神通力で治せないんですか?」

「あ、そっか」


 地面に仰向けの状態で左腕に猫を抱え、右の横腹をさするキリさんに提案すると、仄かに発光しながらふわりと浮き上がった。そしてそのまま地面に降り立って腕をくるくると回す。

 うん、特に問題なさそうだ。身体も着物の方も。

 そんなやり取りをしていると、


「……セキくん? なんか光ったり叫び声が聞こえたりしたけど、無事?」


 珍しく困惑の表情を浮かべた姉貴がこちらにやってきたのだった。




 それから挨拶もそこそこに、早速三人……いや二人と一神で姉貴のお友達の家へと向かうべく神社から出発した。

 道すがらキリさんと出会った経緯を姉貴にあらためて説明したり、姉貴をキリさんに紹介したりしながら歩を進めていたわけだが……。


「へえ、キリちゃんはお酒が好きなんだ。私はそこまで得意じゃないから羨ましいな」

「苦手な人っておるもんねー。最近初めてワイン飲んだんじゃけど、あれも良かった!」

「ははは、飲兵衛な神様なんだねえ」


 なんかこの姉、僕より仲良くなってるんだけど。初対面のはずなのにキリさんもすごくリラックスしてるしどうなってんの?

 ……まあ姉貴は昔から人と仲良くなるのが早かったし、神様も例外ではなかったということかもしれない。


 キリさんが土地神様である、ということについて姉貴はすぐに受け入れてくれた。

 曰く、「セキくんが言うなら嘘じゃないんでしょ?」とのことである。

 流石は我が姉、相引レイ。恥ずかしげもなく凄いセリフを口にするものだ。

 なお、この発言の際キリさんは何か言いたそうに真顔でこちらを見ていましたが普通に無視しました。


 それにしても……うーん……。


「セキくん、どうかした?」

「いやなんでも。……あ、そういえばキリさん、サラはどうしたんです? アイツのことだからてっきりついてくると思ってたんですけど」

「なんか今日は用事があるとか言っとったよ?」

「そうですか」


 ヤツなら『面白そう』という理由で用事を放って首を突っ込んでくると思っていたんだけど……今日は特に外せない用事でもあったのだろうか。

 まあアイツがいると話がややこしくなりそうだし、なんでもいいや。


 と、赤毛のアホのような笑顔を薄っすらと思い起こしていたところでバス停に着いた。ちょうどバスも来ており、そのまま乗車して空いていた最後方の席に窓際からキリさん、僕、姉貴の順番に並んで座った。


「そういえばキリさん。土地神なのに地元離れて大丈夫なんですか?」

「た、多分? 昨日サラさんと一緒に買い物に行った時も大丈夫じゃったし……」


 やだ不安な言い方。まあ昨日大丈夫だったのならきっと大丈夫だろう。

 ……なんか普通に地元離れても問題が無いとホントに土地神なのか怪しくなってくるな。


「正直自分でもそう思うことあるけん否定しづらい」

「心読むならせめて否定してくださいよ」


 少なくとも超人的な力はあるんだからそこは誇って頂きたい。


《誇るも何も私にとってはあって当たり前のもんじゃし……》


 当たり前な時点ですご……ちょっと待て。

 なんか直接頭の中に声が響いたんですけど。そんなこともできたんですか。


《いや、今までやったことなかったんじゃけど……なんかやってみたら出来たわ》


「それで出来るの凄くない?」

「え、そ、そう? へへへ……」


「二人とも仲が良いんだね」


 肉声と脳内音声の入り混じる会話をしていると、その様子を見ていた姉貴が隣で笑った。

 なんか僕も普通に対応してたけど、傍から見ればかなり不思議な会話だったはず。しかし姉貴は全く動じた様子がなく、和やかな表情を浮かべている。


「あ、ゴメン。二人で盛り上がっちゃった」

「いや大丈夫。楽しそうな弟の姿が見られてお姉ちゃんは嬉しいから」

「弟さん想いじゃね。昔から変わっとらんわ」

「ん? キリちゃん、私のこと知ってたの?」

「あの神社の土地神様だからね」

「あ、そっか。こんなに可愛い女の子なのに凄いなあ」

「へへへ……」


 素直に褒められ、気恥ずかしそうにだらしない笑みを溢す土地神様。

 うーん、やっぱり……


(姉貴の反応、イザと全く違うよなぁ……)


 こうして二人の会話を隣で見ているとあらためて思う。

 キリさんを神様として認識しなかったイザはやはり少数派なのではなかろうか。


 と、イザとフキを紹介した時のことを考えていたところで、ふと思い出したことがある。



『―――チョット確認も込めて、ネ』



 ……あの時サラが言っていた『確認』って、結局何だったんだろ?

 まあ今更な話題だし、どうでもいいか。




 そんなふとした疑問も宙に溶けたように忘れ去り、バスに揺られながら姉貴の友人について少しだけ話を聞いたり、くだらない雑談に花を咲かせているといつの間にか目的のバス停へと到着していた。

 それから降車して先導する姉貴の背を追っていくと……


「ここだよ」

「ここ、って――」



「――喫茶店、よね?」



 連れられてやってきたのは昨日来たばかりの喫茶店、Edelweissエーデルワイスだった。

 ……お友達の家に行くんじゃなかったっけ?


「……待ち合わせ、とか?」

「いや、ここで合ってるよ。彼女のお父さんが経営してるんだって」


 あ、そういうことか。

 まさか昨日リンギクさんと来た喫茶店が実家とは思わなかった。

 凄い偶然……って思ったけど、リンギクさんと姉貴のお友達は知り合いなんだよな? もしかして昨日連れてきたのはわざと―――



 ガチャッ。



 ――と、昨日交友を深めた銀髪の後輩を思い浮かべていると、姉貴が喫茶店の扉を開けた音に思考が中断させられた。


「こんにちは。お久しぶりです、おじさん。上がっても良いですか? ……ありがとうございます」


 店内に半身だけ入れた姉貴は慣れた調子で許可を貰うと、「じゃ、行こうか」と言って店の横手へと歩き出した。


 ……まあ、今はそのお友達のことが優先だよな。

 リンギクさんの思惑についてはまた考えよう。




 店の横にある玄関の前にやってきた僕らは『西雪』と書かれた表札を横目に、姉貴を筆頭に中へ入ろうとしたのだが、そこでトラブルが発生した。


「……」

「キリさん?」


 玄関を前に、何故かキリさんが立ち止まってしまったのである。

 顔の前で手を振るも、反応がない。どうしたことやら。


「どうしたの?」

「いやなんかキリさんが止まっちゃって……おーい」

「キリちゃん、大丈夫?」

「……」


 振り返った姉貴と一緒になって問いかけるも、キリさんは無言で俯いたままだ。

 心配になって顔を覗き込むと、なにやら息が荒くなっている。

 それになんだか顔も赤いし……まさか、呪いの影響とか?

 そんな考えを巡らせていると、とうとうキリさんはその場にへたり込んでしまった。


「っ、キリさん!」

「はぁ、はぁ……む、無理……」

「大丈夫です。無理せずに一旦ここから離れ―――」

「お、恐れ……多い……」


 ―――ん?

 今、なんと?



「―――あ、あああの本の作者さんの家、なんて……おおお、恐れ多い!!」



 あ、これ呪い違うわ。

 ただの限界を迎えつつあるファンだ。





 そんな感じで過呼吸気味の興奮神キリさんがまさかの行動不能。

 とりあえず喫茶店の方に彼女を預け、お友達には僕と姉貴だけで会うことになったのだった。


「ユッ……友達は後で連れてくるから」

「大人しくしててくださいね?」

「あ、はい。ご迷惑をおかけします……」


 そんなわけであらためて玄関扉を潜り、靴を脱いでお邪魔する。


「なんか落ち着く雰囲気の家だね。昭和モダンっていうの?」

「最近リフォームしたらしいけどね。昔の雰囲気を大事にしたかったんだってさ」


 喫茶店の方と同じく少し古めかしさを感じる室内を見回しながら話す。

 一方、前を歩く姉貴は慣れた様子で室内を進んでおり、僕もそれに続く。

 そして階段を上り、二階の突き当たりにある扉の前で姉貴は立ち止まった。


「はい、ここがユッキー……友達の部屋だよ。見て」


 姉貴はそう言って扉の下を指さした。

 その先に目線を滑らせると……黒い靄が隙間から漏れ出していた。


「うおっ」


 思わず声を出して飛び退いた。

 一瞬、黒い煙かと思って火事を連想したが……写真に写っていた海苔の佃煮、じゃなくて写真で見た黒い靄だった。

 試しに触れてみるも感触はなく、臭いもない。本当にただの霧のようなものらしい。しかし触れた瞬間ひんやりとした感覚があり、同時にぞわっと肌が粟立った。

 なんというか、『コイツぁやべぇ』と本能的に身体が危険信号を発している感覚だ。なので『黒いスモークなんてなかなか斬新なレイアウトだねー』なんて冗談を挟む余裕もない。


「あー鳥肌立った。……姉貴、よく平然としてるね」

「もう慣れちゃったし。……ユッキー、入るよー?」


 姉貴は特に変わらぬ様子で軽くノックすると、扉を開けて中に入った。

 瞬間、焚いた煙が溢れ出すように靄が外へ出てきたが……姉貴の様子からして触れても害は無さそうなので気にせずに中を覗く。

 するとそこには―――




「あ゛? ……ハッ、なんだテメェかよ」



 

 もこもことした可愛らしいルームウェアに身を包んだ金髪の美人がベッドの上で胡坐をかきながら、ガラの悪い声でこちらへと振り向いていた。


 

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