土地神様は薔薇が好き。

WA龍海(ワダツミ)

番外編

榎と櫻の恋色祭事


本編とは関係ない番外編、バレンタインの巻。

時系列的には本編の二ヶ月前くらいなので土地神様は出てきません。


―――――――――――――――



「そういや来週バレンタインだけど……サラ、アンタはどうすんの?」



 2月も始まって1週間が経つこの頃、アタシこと井櫻イザクラはカラオケに一緒に来た友人、榎園エゾノサラへとそんな質問を投げかけた。


「Valentine... そーいえばMessage card 作らないとダネ」

「え? チョコは?」

「エ?」

「え?」



「……コッチだとオンナノコがChocolateを用意するマスのネ。なんかお店に多いと思タヨ」


 日本のバレンタインという祭事について説明すると、友人は感心したように言葉を吐いた。

 どうやら彼女の以前いた場所では色々と勝手が違ったらしく、主に男性側が女性に物を渡す習慣があったようだ。


「そういえば海外と日本ではバレンタインの文化は色々と違った部分が多いってテレビやネットで見た気がするわ」

「ソソ、コッチでもオンナノコがPresent渡すノあったケド、アリガトーとか伝えるって感じだったヨ」

「日頃の感謝ってやつね。まあ日本でもそういうのがないわけじゃないけど、基本的には恋のイベントって捉えられることが多いわよ。本命チョコを渡して告白したり、ってのも定番ね」

「ハッ、そういえばマンガでもそんなシーンがあったヨーナ……なんか顔赤いと思テたヨ」

「なんでそこ見て気が付かなかったのよ……」

寒暖差カンドゥンスからくる発熱だとばかり……」


 いやまあ、この時期風邪ひきやすいのは分かるけど。


「まあいいわ。それで提案なんだけど―――



 ―――一緒にチョコ、作んない?」




         ○○〇



「よっしゃ。じゃ、始めましょっか」

「ヨロシク! イヤー、手作りHandmadeなんて初めてだワヨ」


 カラオケ店から出て二時間後。

 早速材料を買ったアタシたちはサラの家のキッチンで製作を行う運びとなった。


「今回作るのはパウンドケーキ。まずは材料ごとに量って仕分けていくわよ」

「リョーカイ!」


 スマホのレシピを見ながらそれぞれの材料を秤にかけ、ボウルや小さな器に分けていく。


「薄力粉はこれで……っと」

「ンー、Butterはこのくらいだネ」

「あ、ココアパウダー取って」

「アイヨ。チーズは入れないノ?」

「入れない。えっとグラニュー糖……」

「じゃあケチャップ入れよっと。How many gra~ms♪」

「止まれ。黙ってこの卵溶け」


 低い声で赤い容器を奪取し、泡だて器と卵を渡した。

 危ない危ない。ちょっと目を離すと善意100%で暴走しかねないから怖いのよねこの子。

 ただまあ、良くも悪くも真面目だし、こうして指示を出して正しい方向に導きさえすれば特に問題はないだろう。


「よし、材料はこんなとこね。アタシはチョコ刻んどくから、それ終わったら鍋のお湯沸かしてー」

「OK! ……ところでマスタードは入れてイイ?」

「やめろっつってんだろ」


 ケーキ作るって言ったよなアタシ。何作ろうとしてんのこの子。

 ……ちゃんと導けるか不安になってきた。




「……これであとは焼き上がりを待って、粗熱を取るだけね」

「オツカレ、Yeah!」

「疲れたのほとんどアンタのせいだけどね。はぁ……」


 オーブンのスイッチを入れ、サラと軽くハイタッチしながら溜息を溢す。

 予想以上に大変だった。役割分担ができて作業的には楽ができたのは良かったけれど、時折隣で暴走と珍走を行おうとするサラを引き止める方に体力を吸われてしまったのである。

 まあでも、工程自体は間違ってないから失敗はしてないだろうし、ごちゃごちゃやってるのもそれはそれで楽しかったし……良しとしよう。


「コレってどのくらい待つノ?」

「大体50分くらいかしら。ちょっと暇になるわね」

「ンジャ、コレ書こーゼ」


 そう言ってサラが取り出したのは……小さなメッセージカードの束だった。

 そういえばなんか作らないととか言ってた気がする。

 ただ……


「あんま書く気が起きないわー……」

「エーなんで? 書きましょーゼ、ヒゴロのカンシャ」

「いや、流石に気恥ずかしいっていうか……はぁ、まあどうせ暇だし、書くだけ書くかぁ」

「そーこないとネ! アッチ行こ!」


 というわけで、客間へと連れられて一緒に書くことになったわけだが……。


「『いつもありがとう』……うーん、捻りがないかしら」

「Simpleでいーんじゃナイ? てかソレ誰の?」

「家族の分」


 話しながら手元のカードにつらつらと書いていく。こういうのはあまり時間をかけずに適当に一言添えるくらいに限る。


「セッチャンにはなんて書くノ?」


 サラの質問に、思わず書く手が止まった。


「…………いや、書く必要ないでしょ」

「あるヨ! イチバンあるデショ!!」


 うるっせえ。

 いやまあ、サラが声を荒らげるのも無理はない。

 何故なら彼女がセッチャンと呼ぶ人物……相引ソウビキセキはアタシが中学生の頃から一方的に想いを寄せる男子だからだ。仰々しい言い方な気もするが、要するに好きな人である。

 彼女はその事を知っていて、鼓舞するつもりで言っているのだろうけれど……。


「そういうアンタはなんて書くのよ」

「そらもうこんな感じに」


 サラは記入済みのカードをこちらに見せてきた。そこには『ダイスキ』という赤い文字が踊っている。


「アンタ強者つわものよねぇ……」

「おホメに預かり光栄コーエーデス!」


イエイ! とピースするサラに素直に感心する。よくもまあそんなに開けっぴろげに気持ちを書けるものだ。


 そう、サラもアタシと同様、セキに想いを寄せる人間である。

 彼女は明るくて美人で、アタシなんかよりもアイツに相応しいと心の底から思っている。だからこそ、彼女のことを応援しているしアイツに想いを伝える気もない。


「で、イザは書かないノ?」

「いや、アタシそういうキャラじゃないし。いつも通り適当に渡すっての」

「エー、書こうヨー」


 しかし毎度の事ながら、何故かサラはアタシの背中を押そうとしてくる。本人曰く『どっちも好きだから』とのことだけど……それでいいのかハーフアメリカン。

 同じ人間を巡って微妙な関係になるよりはいいけど、マジでこの子の考えてる事はよく分からない。


「あーハイハイ。んじゃコレでいいでしょ」


 適当にオレンジのペンを走らせ、差し出して見せる。



『いい夢見ろよ』



 適当に書いたにしては結構綺麗に書けた。やるじゃんアタシ。


「良くないヨ。殺人犯の最後の言葉デショコレ」

「誰が殺人犯だコラ」


 仕方がないので他の紙を取り出し、書き直す。……まあコレでいいでしょ。


『食え 寝ろ』


「ドンダケ寝かしたいんダヨ。睡眠薬でも盛るノ?」

「もーいいでしょ。紙の無駄になるから他書くよ」

「エェー……あ、じゃあフキにも書こうヨ! どうせ渡すんデショ?」

「まあ一応ね」


 一応、本当に一応であり気は乗らないが、柊崎フキザキ……幼馴染の筋肉野郎にも渡すつもりである。

 正直マジで気が乗らない。渡すだけでも抵抗があるのに、メッセージまで付けるのか。マジで気が乗らない。大事な事なので何度でも言うが、気が乗らない。


「スゲーイヤそうダネ」

「アイツ、毎年渡す度に喜んでくれんのはいいんだけど気色悪いからさぁ」


 別にあの馬鹿の事がそこまで嫌いなわけではない……とは言い切れないけど、死ぬほど嫌いというわけでもない。幼馴染であり世話になっている自覚もある。バレンタインのお菓子自体くれてやるのは吝かではないのだけれど……単純に反応が嫌なんだよなぁ。


「はぁ……とりあえずコレで」



『肋骨折れろ』



「これはヒドイ」

「いいのよアイツはこのくらいで」


 そんな感じでメッセージカードを作ったり雑談なんかに興じていたところでオーブンから音がした。どうやら焼きあがったらしい。


 それから取り出して粗熱が逃げるのを待ったり、切り分けてラッピングなんかを施して作業は完了となった。




         ○○〇




「はい、コレ」


 バレンタイン当日の朝。

 少しだけ空気が甘く感じる隣のクラスの教室で、アタシは男子二人にぶっきらぼうに袋を渡した。


「お、ありがと……フキ、何してんの」

「バレンタインを感じている。ありがとうイザ」


 気持ちの悪さに定評のある幼馴染は渡した途端に床に仰向けになって寝転がり、顔面に袋を載せて深呼吸し始めた。


「邪魔になるから即刻やめなさい。はぁ、マジでキモイ……」

「はは、まあ毎年恒例だよねコレ。イザ、ホントにありがとう」

「……どういたしまして。じゃーね」


 寝っ転がった馬鹿の足を蹴りながら返事をして、その場を離れる。

 ……はあ、顔が暑い。

 毎年渡して毎年言われる代わり映えのない礼でしかない。なのに性懲りも無く嬉しくなっている自分がいる。

 告白する勇気も無いくせに、何してんだろ……なんてちょっとした自己嫌悪に陥りそうになりながら、さっさと自分の教室に行こうとしたところで、丁度サラが到着した。


「オハヨ、イザ。渡したノ?」

「……ん、おはよ。アンタも渡してきたら?」

「ウン。それじゃ……Hey!! セッチャンくらえーーッ!!」


 サラは朝っぱらから元気よく声を上げたかと思うと、セキの元へと突撃……もとい、タックルをかましに行った。

 フキと雑談に興じていたセキは当然反応しきれず、悲鳴と音を立てて椅子ごとひっくり返っていた。

 ここ最近は定期的に見る光景ではあるけど、ご愁傷様なことである。


「サラ……お前マジでやめろってそれ……」

「HAHAHA, テンション上がってネーゴメンゴメン。……ハイ、コレ!」


 サラは快活に笑いながら、床に転げたままのセキに袋を渡した。

 袋の中身は無事なのだろうか。ぐちゃぐちゃになってないといいけど。


「え、サラもくれんの?」

「オウヨ! イザと一緒に作ったから安心でしテヨ!」

「あ、ありがと。じゃあこっちからも……はい」

「エ?」


 袋を受け取ったセキは椅子を戻しつつ、鞄の中から赤い袋を取り出してサラに渡した。


「お前のところだと男があげる側って聞いたからさ。まあお返しってことで」

「あ……アリガト、ゴザイマス」


 照れくさそうに言うセキに対し、サラはしどろもどろになりながらお礼を返していた。

 ……良かったね、サラ。


 幸せそうな二人を見て、アタシは今度こそ教室の前から去ることにした。




 ちなみにフキに対してだが、


「ところでサラ、俺には?」

「ヘイパス!!」

「ありがとうございます!!!」


 と、雑に顔面へと投げつけていた。

 ……まあ本人が喜んでるならいいか。




         ○○〇




「あ、イザ」

「ん、何?」


 昼休憩になり、他の友達と昼食を食べようと廊下を歩いていたところでセキに呼び止められた。


「朝貰ったやつ、美味しかったよ。ありがとう」

「え、もう食べたの?」


 渡したの朝だし、昼休憩も始まったばっかなんだけど。


「朝ご飯食べ損ねてたから午前の休憩中に食った。いやー助かった」

「そういうことね。ま、良かったんじゃない?」


 乙女の手作りを非常食扱いとはなんて奴だ……と言いたいところだけど、そう嬉しそうに言われると小言も挟みづらい。褒められて満更でもないし。


「サラの分も食べたけど……やっぱイザのが一番美味しいな」

「えっ?」


 アタシのが一番……って待て待て。


「一緒に作ったから味同じなんだけど。適当言うんじゃないっての」

「いや……サラのやつ、後からマスタードとケチャップぶっ掛けたらしくて凄いことになってたんだよね」


 止めたのにマジでやったのかあの子。


「まあアレはアレで美味かったんだけどさ。方向性が違ったというか……」

「食べたのかよ。凄いなアンタ」


 サラダクレープとかに近い感覚なのだろうか。あまり食べたいとは思わないけど。


「でもまあ、やっぱお前のが美味しかったよ。あとメッセージカードもありがと。ちゃんと寝ます」

「……ふふっ、何よそれ。……って、サラのカードは? アンタ返事したの?」

「赤と黄色が滲んで全く読めなかった」

「バカかあの子」

「まあアイツなりの努力だから……ま、それだけ。ホントありがとな」


 そんなやり取りをして、彼は教室へと戻って行った。

 その姿が見えなくなったところで……アタシはヨロヨロと廊下の端に寄りかかった。



「…………『一番』とか、軽々しく言うんじゃないっての」



 ああ、顔が熱い。

 それどころか首から耳まで全部熱い気がする。

 軽々と言いやがって。

 馬鹿、馬鹿バカ。


 ……バーカ。






 余談だが、放課後の部活中にどこかの馬鹿が足を滑らせて肋骨にヒビが入ったと聞いた。

 アタシのせいじゃないと思いたい。



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