13話 土地神様と出処調査 その八


リンギクが比較的普通に喋っているのは真剣な話をしていて口調を忘れているからです。



◆◆◆




「……どういうこと?」


 リンギクさんの言葉で混乱した僕は浮かんだ疑問をそのまま口にした。

 知らない、などではなく『この世に存在しない』とまで断言されるとなると、流石に穏やかではない。


「……姉君から聞いていないのか? 今言った通り、あの本は他に存在しない。あれはその知り合いが創ったものだったからな」


 ……リンギクさんの説明によると、彼女の知り合いこそがあの同人誌の作者なのだという。そしてあの同人誌も一冊ずつしか印刷、製本を行っていないらしい。

 つまりあれらは正真正銘、一点物の作品だったようだ。


「…………マジかぁ」


 息を吐いて、天井を仰ぐ。

 まさか姉貴の友人こそが震源地だったとは思いもしなかった。

 ていうか……


「キリさんになんて言おう……」


「キリさん……というと、神社に詳しい御仁の名だったか。もしや、その方が先輩の言う本の続きを知りたがっているお知り合いなのか?」

「ん? ああ、そういえば言ってなかったね。そうだよ」

「どんな人か教えて頂いても?」

「髪も肌も真っ白な人……人? あー、まあ最近知り合った文字通り面白い女性、かな」

「詳しく教えてくれないか!!??」


 うわ近い。テンション高い。

 とりあえずテーブルに身を乗り上げて顔を急接近させたリンギクさんを座らせ、キリさんについて、それから僕との関係性について軽く説明した。勿論、神様ということは省いて。

 すると、リンギクさんはみるみるうちに瞳を輝かせた。


選ばれし無垢アルビノ、和の装い、そして神の住まう場所での運命の出会い……ッ! 凄い、素晴らしいな!」

「そ、そう?」


 運命の出会いっていうか落とした本拾われただけなんだけど。

 例えるなら昭和辺りでありがちな神社でエロ本拾った子どもと出会でくわしたようなものであって……いや神様をエロガキ扱いはまずいか? まあキリさんに限っては似たようなものか。


 そんな失礼極まりない事を考える僕を差し置いて、感動に打ち震えているかのようなリアクションのリンギクさん。まあ、こういうの好きそうだもんなぁ。


「うーむ、俄然会いたくなってしまった。どうしてくれるんだ先輩」


 どうもこうもありませんがな。


「ええっと……色々話してくれたし、今から呼ぼうか?」

「何ッ!? ……っと、すまない。実はこの後ここで予定があってな。後日でもいいだろうか」

「そうなの? うん、大丈夫だよ……あ、そうだ。連絡先交換しとこうか」

「そうだな。よろしく頼む!」


 スマホを差し出し、メッセージアプリで登録を済ませる。

 黒々としたアイコンに名前が……ってアレ?


「トーリス、って書いてあるけど」

「ああ、ボクの真名まなだ! 分かり辛ければ其方で変更して構わないぞ」

「おお……カッコイイね」

「そうだろうそうだろう!」


 よく分からないけどハンドルネームみたいなものだろう。そういうのは僕も嫌いじゃない。


「そういえば……頼まれたとは言ってたけど、なんでそんなに神社のことを知りたがってるの? そこまで重要とは思えないけど」

「……まあ、ボクにとっては重要なことなのさ。兎も角ありがとう、先輩! この礼は何か別の形で返すとしよう!」

「まだ紹介してないけどね?」


 一瞬だけリンギクさんの顔に影が差したかと思えば、すぐに笑顔に変わってお礼を言われてしまった。

 ……明らかに誤魔化されたな。けどまあ、そこまで追及する必要もないか。


「とにかく、こちらこそ色々教えてくれてありがとう。都合が合う時連絡してね」

「ああ。しかしあまり有益な情報を提供できず、本当に申し訳ない」

「いや、有益な情報はあったよ? このお店とか」

「……イザクラ先輩の言う通り、本当に良い人だな!」


 本心で返事をすると、リンギクさんは可愛らしい満面の笑みで返してくれた。


 どうやら僕も彼女に気に入られたようで、コーヒーを飲み終わるまで学校のことや部活に関することといった他愛もない話に花を咲かせた。それから会計を済ませ、一足先に退店することとなったのだった。




         ○○〇




 リンギクさんと別れた僕は近くのラーメン屋で適当に昼食を済ませてから、自宅の前まで帰ってきた。


(キリさんにどう説明したものか)


 頭の中ではそのことばかりが巡っている。

 さっきはリンギクさんと話していて気が逸れていたけど、冷静に考えるとそのままの状況を伝えるのはなんとなくまずい気がする。

 もう続きが読めない、とショックを受けたキリさんがまた神通力を暴走させでもしたら……なんて考えがちらつく。無いとは思いたいけど、絶対無いとは言い切れない。


「はぁ、ただいま―――」


 とにかく、部屋でゆっくり考えよう。

 そう思って玄関の扉を開けると―――




「―――やあ、おかえり」




 ―――そこには、さっき話題に上がっていた自慢の姉、相引レイが笑顔で立っていた。



「えっ……お、おかえ、り?」

「はは、帰ってきたのはセキくんだろう?」


 連絡の取れなかった姉の唐突な襲来に驚きつつ、辛うじて口を開くとケラケラと笑われてしまった。

 まあ姉貴の言うとおりではあるけど、アンタが家にいなかった期間を考えれば言われてもおかしくないと思うよ……ってそうじゃなくて。


「いやあの、なんで帰ってきてんの?」

「おや、自分の実家に帰って来るのに理由がいるのかい? ……それとも、帰ってきてほしくなかったかな。お姉ちゃん悲しい……」


 あらやだ嘘臭い泣き真似。それで何人の男女を惑わせてきたんだい。

 ……などと突っ込むこともなく、二人でリビングへと移動する。あ、その前に洗面所で手洗いうがいも忘れてませんよ? 健康は大事だからね。


「それで、実際どうして帰ってきたのさ?」

「理由は色々あるけど……まあ少しだけ時間が出来たし、偶には帰ろうかと思ってね」

「そっか。いつまでいんの?」

「月曜には帰るよ」


 大学の授業もあるだろうし、そりゃそうか。

 帰ってきた理由に関してははぐらかされた感が否めないけど……久しぶりに会うも相変わらずな姉の姿に少しだけ安心した。

 ショートカットの髪型、モデルのように整ったスタイルと顔。ボーイッシュな見た目と口調も変わりないところを見るに、前と変わらず大学でも男女問わずにモテてそうだ。

 まあ久しぶりといっても年明け以来だから……四か月程度か。大きな変化がなくても何らおかしくもないよね。


「どうしたんだい、そんなに見て。もっと見ていいよ」

「あ、ごめん。……てか、帰ってくるなら連絡してよ」

「それが忙しくて充電忘れちゃっててさ。いやーうっかりうっかり」

「ちなみに最後に充電したのいつ?」

「この前セキくんと連絡取った時かな」


 一週間も前じゃねえか。スマホが割拠する時代なんだからもっと報連相の意識を大事にしてほしいところである。この人のことだから本当に忙しいんだろうけどね。


「連絡といえばあの本のこと、任せちゃってごめんね? あの時は忙しくてつい……ってそうだ、それについても話しておかないと。充電器ある?」


 そう言って姉貴は思い出したかのようにスマホを取り出した。

 ……リビングには置いていなかったので、今度は僕の部屋へと移動することになった。




「はいコレ……って何してんの?」


 スマホの充電器を手渡そうと振り向くと、何故か姉貴はパソコンを置いているテーブルの下に上半身を潜らせていた。


「いや、思春期男子の部屋にはオタカラがあるとか友達が言っていたからつい……」

「その友達おっさんじゃないだろうな?」


 誰だよそんな知識を植え付けてきたヤツは。


 姉貴の交友関係に若干の懸念を覚えつつ、充電器のコードをモニター横のコンセントに挿して姉貴のスマホを充電する。

 ……起動できるようになるまで少し時間があるな。

 物色を続けている姉貴の尻の上にでも載せておこう。


「くっ、中学時代の教科書しか……はっ、まさか我が弟のオタカラはコレってこと? なかなか拗らせてるなぁ……」

「酷い誤解をするな。そんなとこには無い」

「あ、他の場所にあるの?」


 やっべ墓穴掘った。話題変えよ。


「それはそれとして……コレになんか入ってんの?」

「ああ。あの本の作者が友達だってことは言ったっけ?」

「言われてないけど知ってる」

「流石は賢弟、自力でそこまで辿り着いたか。褒めてあげよう」

「なーにが賢弟。言い忘れてただけでしょ」


 呆れていると姉貴は立ち上がり、ベッドに座っている僕の元までやってきて「偉い偉い」と頭を撫でてきた。

 色々なことを完璧にこなし、人望も厚い姉貴だが……割とうっかり屋なことを僕はよく知っている。大人しく撫でられながら白けた目線をくれてやると、姉貴は軽い調子で笑いながらテーブル前の椅子に座った。


「それ、何処で知ったんだい?」

「情報収集の末に色々あって学校の後輩に至りまして。さっき偶然その子に会ってその話を聞いてきたところ」

「へえー……あ、もしかして『リンギク』って名前の子?」


 あ、そういえば共通の知り合いなんだった。しかし今のヒントだけでよく分かったな。


「うん、イザの後輩でさ。……あ、本の中身他の人にもバレちゃったんだけど大丈夫かな?」

「んー? 大丈夫大丈夫、その辺の説明したらショックは受けてたけど嬉しそうだったし」

「え、ホント?」

「ホントホント。ていうか人の口に戸は立てられないし仕方ないよ。私なんて読むなって言われたのがフリだと思ってその場で読んで怒られちゃったし」

「何してんの?」


 姉弟揃ってやっちまってるどころかアンタの方が酷くないかソレ。

 そんな僕のツッコミを避けるように、姉貴は背もたれに身体を身体を預ける姿勢に変えた。


「リンギクちゃん、良い子だし面白いよね。ユ……本を持ってた友達のらしいけど、性格は全然似てなくてさ」

「親戚? 知り合いじゃなくて?」

「そう聞いてるけど」

「ふーん……」


 たしかに親戚を知り合いとするのも間違ってはいない。だけど、どうしてリンギクさんはわざわざ遠ざけた物言いをしたんだろう?

 疑問に感じるほどではないがなんとなく引っ掛かった状態。そんな感覚になったところで姉貴がスマホを弄り始めた。どうやら最低限の充電が済んだらしい。


「ありがと。……そうそう、その友達に事情を話してパソコンにデータが残って無いか聞いてみたんだ」


 そっか。リンギクさんに『もう存在しない』とまで言われた衝撃で失念していたけど、たしかに現物は無くとも原稿のデータならまだ残っているかもしれないのか。


「あったの?」

「それが……探してもらおうと思ったところで厄介なことになってね―――」


 姉貴は困ったような物言いでスマホをこちらに見せてきた。

 ……画面には一枚の写真が表示されている。金髪で小柄な女性がぎこちない笑顔でピースしている写真だ。

 それだけなら何の変哲もないただの日常的な写真、なんだけど―――




「―――ね、セキくん。……呪いって信じる?」




 ―――写真の女性の周りには、黒いもやが漂っているように見えた。



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