アサガオくんと、眠れなくなる謎

隙名こと

序章 限界な私と、ゆるゆるのアサガオくん

0-1 クリティカルに刺さった

 

 ――SNSで知り合った、正体不明の怪しい男性。


 そんな男に、ノコノコ会いに行く女の子って正気かな? 犯罪に巻き込まれにいくスタイルかな? 危機回避能力がび付いてるのかな? ……と、引き気味に思ってた。


 でも、今の私は……まさにそれ!


 よく分かんない謎の男に会うために、私は普段は下ろしている長い髪をポニーテールに結んで、スミレ色の薄手のパーカーを着て、雑に身支度している。


 鏡を見ると、顔色は最悪で、目の下のクマもひどい……けど、そりゃそうか。


 派手でも活発でもない高校2年生で、部活はのんびりと文芸部。

 恋愛や異性とか、そーゆーものに興味は薄くて。ロマンスやときめきは、現実リアルじゃなくて作品エンタメから摂取すれば充分、という思想。


 そんな私が、何故「怪しい男性に会いに行く」のかというと……眠いから。ただただ、眠りたいから。眠いのに眠れなくて不眠だから!


 その男の人が、私のことをだから。



 そう、動機は全て――睡眠欲。



 なにも初手から、こんなリスキーな行動をとるわけじゃない。マトモな方法は、すでにアレコレ試し尽くした。


 丁寧なカウンセリング、不眠外来や睡眠導入剤などの医療から、生活改善に軽い運動、アロマやホットミルクや枕などのアイテムだって。

 照明にもこだわって環境音楽も飽きるほど聴いて、唱えた羊の数はネズミ算ばりに増殖してる。


 寝落ちしそうな難解な本に手を出したり、いっそのこと開き直って、眠れなくなるぐらい面白いミステリー小説も読みまくった。

 瞑想だってしたけど、心は落ち着かず迷走するだけ。


 薄暗い部屋でリラックスして横になり、目を閉じて深呼吸して、すぅーーはー、すぅーーはー、すぅーーはー…。


 ……でも、何をしても熟睡にはほど遠い。すずめの涙のように、微々たる睡眠。むしろ悪化してるかも。せめて数時間だけでも、連続で眠れればいいのに。


 心身ともに疲れ果て、頭も働かない日々。学校も遅刻と欠席が急増。なんとか登校できた日も、眠くて意識が朦朧もうろうとしてる。


 このままじゃ高校生活はもちろん、人生そのものが崩壊する! 慢性的な睡眠不足で、気がおかしくなりそう。いや、すでにおかしくなっていたのかもしれない。


 こんな文章に……釘付けになってしまったのだから。

 


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【眠らせ屋&目覚まし屋さん】のアサガオです。

ご依頼はDMからどうぞ~。

  

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 SNSで見かけた、それだけのプロフィール。

 職業や肩書きらしき言葉。そして「アサガオ」という名前。


 まあ今の時代、自分の特技を活かしたビジネスは流行ってる。

「個性的な肩書きを名乗る人たち」が、ネットにウヨウヨ漂っている。そんなの、普段は微笑ましく無視するのだけど。でも、


 今の私に「眠らせ屋」という言葉は……クリティカルに刺さった。



(――え。だったら、眠らせて。……助けて)

 


 そう思ってしまう……。今の私は身も心も衰弱している。 


 とりあえず、そのままスマホで調べ続ける。「アサガオ」という人のアカウント自体は、朝や夜の風景写真ばかりで、情報を得られない。アイコンも、綺麗な夕暮れの空の写真。


 むしろ利用者の呟きの方が、情報を得るのに役立った。彼は【アサガオくん】とよばれていて、主に首都圏で活動中。

 アサガオくんの動画や写真などは見つからず、徹底して顔出しはしてない様子。だが、ごく一部で密かに人気のようだ。


「彼のおかげで最高の目覚め♪」という体験談や、感謝の言葉もいくつか見つかった。価格も良心的だとか。

 ネットのレビューなんて、話半分……いや、話4分の1も信用ならないけど。


 それにしても、眠りや目覚めのために「具体的に何をしてくれるのか」は、いまいち分からない。口外しない約束でもさせられるのか。


 朦朧とした頭で、ひどく躊躇ちゅうちょして迷いつつも――アサガオくんに、ダイレクトメッセージを送信。

 眠れない現状を伝える内容。まるでSOS。


 不眠とは、こんなにも人を追い詰め、極限まで身体と心をむしばむのか。

 

 ……で、だ。

 彼からの返信は、待つまでもなく速かった。

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