明日の君に会いに行こう

そらゆきまめ

第1話


「生きる意味を失った人間ってどうなると思う?」

薄く形の整った唇から静かにこぼれ落ちた言葉はどこか寂しそうに空気に溶けて消えていった

仲間に取り残されたのだろうか

カモメがぽつんと一匹、眩しすぎる夕日に飲み込まれていく

少し湿った生暖かい風が前髪を揺らした

「消えるしかないと思ってた」

隣に座る依鈴の半袖から覗く腕の白くて汗で湿った肌が自分の肌がぺたりとくっついた

依鈴は海に沈む夕日をぼんやり眺めるだけで、なにも答えなかった

海岸線をなぞる坂道を車が一台派手な音を立てながら下ってきて通り過ぎていった

「でもほんとは」

「生きる理由を探しに行かないといけなかったんだろうね」

寂しく笑ってみせた

そんなわたしを見ても依鈴が表情を変えることはない

わたしの隣に座っていた彼女は砂浜に向かって歩き出す

うしろでまとめられた綺麗な黒い長い髪が揺れた

「私は夏帆のために生きてきた」

「夏帆はもう私がいなくても水瀬くんが守ってくれる」

「やっと終わるんだね」

振り返った依鈴の笑顔はあまりにも美しかった

でもどこか儚くて脆くて消えてしまいそうな淋しい笑顔だった

わたしはそんな彼女になんの言葉もかけることができなかった


ーそれが最後に依鈴と交わした会話だった






その日の朝も依鈴は学校に来なかった

嫌な胸騒ぎがして窓の外を見ると9月にそぐわない入道雲が真っ青な空に浮かんでいた

始業の時間になっても担任の鞍馬先生が教室に入ってこない

依鈴の席は役目を忘れてしまったかのように空っぽのままだった

クラスが騒めき始める

好きじゃないこういうの

依鈴は今どこでなにをしているのだろうか

こういうとき依鈴ならどうするだろう

今すぐ依鈴に会いたかったがなぜだかもうどうしたって依鈴には会えない、そんな気がした


結局鞍馬先生は始業時刻から1時間以上遅れて教室に入ってきた

教室内が一気に静まり返る

クラスの全員が鞍馬先生が言葉を発するのを待った

鞍馬先生は短く呼吸をした後で口を開く

「鳴宮依鈴さんが今朝亡くなりました」

唐突に言葉が放たれたその瞬間世界から音が消えた

今、なんて…

驚きを隠そうともしないクラスメイトにも

今にも泣き出しそうな顔をする先生にも

依鈴を嫌っていた星月たちの焦った様子も

普段ならば癪に触って仕方ないであろうそれらの全てが気にならなかった

「海の見える旧校舎の屋上から飛び降りたそうです」

「今日の朝鳴宮さんのご両親からお電話をいただいて」

「教室に来るのが遅くなってしまってすみません」

わたしがなにもできないでいる間にも話が進んでいく

「とりあえず皆さんには今日は一度帰宅してもらいます」

「明日以降どうなるかは本日の午後3時までに保護者の方にご連絡をするので…」

ホームルームが終わった、その事実だけ簡単に頭の中で理解される

クラスメイトが席を離れていく

口の中が乾いてうまく声を出せない

不思議と涙が出ることはなくその代わりにその場から動けなかった

鞍馬先生が近づいてきた

この教室に今残っているのはわたしと先生とあともうひとり水瀬くんだけだ

「涼風さん」

顔が上がらない

「鳴宮さんが旧校舎の屋上に残していったもので涼風さん宛のものがあるようです」

「今は心が傷むでしょうが…」

「今は大丈夫です」

カバンだけを引っ掴んで無意識のうちに足が教室の外へ動く

「夏帆!!」

水瀬くんの声に気づかないふりをして学校を飛び出した

外ではちょうど雨が降り出していた

もう9月も後半に差し掛かろうとしているのに蝉の鳴き声が五月蠅かった

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