第一話 野々原かりん、転校します!


 五月の爽やかな朝。

 私は一人、今は新緑となった桜並木をトボトボと歩いていた。


 周りの景色はキラキラなのに、私の心はドロドロの灰色。

 心臓は不安と緊張でドキドキと鳴り続いている。


 大丈夫かな……。


 上手く、学校生活が送れるかな……。


 そう思うと、胸がぎゅううと締め付けられて、足が竦み、本日三十回目の溜息が口から零れた。





 ――私、野乃原かりんは今日から新しい中学校に編入する。


『私立四つ葉学園』へ。


 小さい頃から緊張しやすくて、初対面の友達と会話したり、みんなの前で発表するのがとても苦手な子だった。

 それでも、大人しく静かに教室のすみっコで暮していた。


 事態が急変したのは、六年生の春。


 春はクラス替えの季節。

 そして自己紹介の季節。

 

 人前で上手く会話が出来ない私はどもるしトチるし、とにかく散々だった。

 自己紹介の時間も終わり、これで苦しみから開放される……! と思いきや。


 それは地獄の始まりに過ぎなかった。


 翌日からクラスのリーダー格の男の子にどもる私を真似されたり、からかわれり……。

 しつこく絡んできて、周りの子も一緒になって意地悪するようになった。


 それから私は教室に入るのが怖くなり、学校を休みがちになった。


 そのまま地元の中学校に進学したのだけど、結局、教室に入れなくて……。

 入学してからもずっと保健室登校をしていた。


 そんな意気地なしの私。


 見かねた真波まなみ叔母おばさんが新しい学校を紹介してくれた。


 ママと十二歳も年が離れた真波叔母さん。

 まだ27歳でとっても若い。


 小さい時から明るくて友達が多くて、学校が大好きだった叔母さん。

 今は小学校の先生をしている。

 いつもママに学校の愚痴を言いながらも、その表情はとっても楽しそうで。


 そんな、私と正反対の性格の真波叔母さん。


 私が学校に行けない事を知ったら、一番理解して貰えないだろうなと思っていた。


 でも、実際はそんな事なくて。


 その日もしょんぼりと帰って来た私を、玄関で待ち伏せしていた真波叔母さん。


「かりん、来月から転校よ!」


 と、突然の転校宣言をされる。


 最初はびっくり。

 次に頭の中が?マークでいっぱいになった。


「お、叔母さん? 転校って、どういう事!?」


天花てんげ先生もね、ぜひ、かりんに来て欲しいって!!」


 真波叔母さんは頭の回転が速い。

 話についていけなくて、戸惑う私をママが間に入ってくれて、やっと叔母さんが新しい学校を紹介してくれたと理解した。


『私立四つ葉学園』は今年出来たばっかりの新設校。

 だから私と同い年の中学一年生しかいない。


 そして真波叔母さんが教師を志すきっかけとなった恩師の『天花先生』が創立したらしいのだ。


 その楽しそうな叔母さんの顔を冷めた気持ちで眺めつつ(やっぱり、何も分かってないな……)と私は思った。


 どんなに居場所や環境が変わったって、私が教室に入れなければ意味がないのに……。


 しかし、よくよく叔母さんの話を聞いていると――。

 なんと、四つ葉学園は望めば『三年間オンライン授業も可』という事らしいのだ。


 ずっと保健室で課題プリントをやっていた。

 ずっと普通に授業が受けたいと思っていた。


 オンラインでも授業が出来るならば、今の中学校よりも百倍良いに決まっている。


 ……本当は、教室で授業を受けたいけれど。


 でも、意気地なしの私にとって、それは何よりも難しい事だった。

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