クロステイル

チモ吉

第1話 まるで路傍の雑草の如く

 九州某所、燕子花新町と呼ばれるその街の中央を通る大きな河川。

 田舎の中では都会な方、さりとて平均から見ればはるかに田舎寄りで過疎化も著しくなったこの街を東西に二分するように流れるその川沿い。


 少年はそこで暮らしていた。


 何時から暮らしていたのかは覚えていない。多分、生まれた時からずっとここだったのだろうと周りの人間から漂う雰囲気で彼は察していた。


 川辺に流れ着いた鉄やアルミ製のゴミクズを集め、他のホームレスに渡し小銭を貰う。そのちっぽけな金銭で彼は生活していた。

 勿論、いくら少年とはいえ彼が生きていくにはそんなはした金ではとても足りない。生活する、ということは。生きるということは何かを消費し続けるということだ。


 衣類は街の中のゴミを漁ればいくらでも、とはいかないが手に入った。住む場所も広大な川辺がある、雨を凌ぐための橋もある。田舎なこともあって良くも悪くも大抵の人間はホームレスに無関心だ、取り締まりなんてないに等しい。


「いてて……」


 飲み水は公園で確保できる。風呂も、川で水浴びすれば彼にとってはそれで十分だった。

 だが、食料はそうはいかない。金がいる。困ったものだ。


 数年前に死んだホームレスの老人が言っていた言葉だ。少年は、この川に住む複数のホームレスによって……彼らのなんとなくの気まぐれで育てられたのだと。

 実際、気まぐれだったのだろう。今のように金属拾いをさせる足として使おうという打算も僅かにあったのかもしれないが、おおよそ割に合わない。


 自分は気まぐれで育てられ、生かされているのだと。きっと自分の両親は……あるいは出産した母親は、この川に生まれたばかりの自分を捨てていったのだと。そう少年は想像していた。


 くぅ、と少年の腹が可愛らしい音を鳴らす。

 空を見上げれば、西の雲が茜色に染まっていた。


「アンタもとんだ不良娘だよな、こんな時間にこんなトコほっつきまわってよ」


 十歳前後と思わしき――正確な年齢は少年自身も知らぬ――第二次性徴を迎える前のその少年は、生意気な表情で自身の足の傷に包帯を巻く少女にそう言った。


「なにが不良娘ですか。アナタがこんな風になっているのが原因じゃないですか」


 不満顔を浮かべる黒髪の少女。その声色は彼女の整った容姿に良く合う透き通ったものであった。衣装は黒のセーラー服、燕子花新町でも有数の高偏差値を誇るお嬢様校のものだ。


 少年は多くのホームレスによって育てられてきた。

 そのため、彼らの身の上話を聞くことも多く自身の境遇が世間的に考えれば不幸であることを自覚していた。


 だが、彼自身は自分を不幸であると考えてはいなかった。


 彼にとって、この少年にとってはこの生活こそが普通なのだ。


「いい加減意地を張っていないで、施設にでも保護を求めたらどうですか」


「やだね。ワシにゃこの生活が性に合ってる。これ以上もこれ以下も望まねぇよ」


「家も無くて、ご飯もまともに食べれなくって、たまにこうして不良の方々の憂さ晴らしに巻き込まれる生活がですか?」


「ワシはそれで十分っつってんじゃんか。家なんざ元々知らんし、飯も死なない程度には食っていけてる。街ン中のゴミ漁れば食えるモンはいくらでもあるからよ」


「お腹壊しますよ」


「生まれてこの方壊したことねぇな。きっと遺伝子が優秀なんだ。親に感謝だな」


「何が優秀な遺伝子で親に感謝ですか。自分を捨てた親に感謝なんてするものではありません」


 夕暮れ前、川辺を訪れた不良に嬲られていた少年。その傷の手当てを終えた少女は呆れた声を出した。

 その表情を見て、少年は逆に笑みを浮かべる。


「実際よ、ワシは今のこの生活そんなに悪くねぇって思ってんだ」


「……どうしてですか?」


「周囲にゃいろんな人生歩んできた大人がいっぱいでソイツらから色んな話が聞ける、別に死ぬほど酷い目に会うこともねぇ。イイ生活してるヤツからすりゃあさぞかしワシは不幸だろうがよ、ワシ自身は生きてけりゃ十分なのさ。赤ん坊ん時死なんで済んだだけで幸運ってモンだ。それによ」


「それに?」


「アンタみたいにイイ女が態々会いに来る」


「マセたことを言いますね、ウロ坊くん」


 ウロ坊と呼ばれたその少年は、年上の少女に対してニヤリと笑った。


「モエカの方が年上だけどよ、5歳くらいしか違わねぇだろ? 今は結構な違いかもしんねぇが10年……や、20年もすりゃあそんくらいの年の差は誤差ってモンになる」


 少年の周辺のホームレスの影響故か、はたまた過酷な生活環境故か。ウロ坊は酷く老熟したような考え方をしていた。とても十歳前後の子どもが高校生に向かって吐く言葉だとは思えない。


「ワタシを口説いてるつもりでしょうか?」


「いけねぇか?」


「いけないことはありません。応えませんけれど」


「ツレねぇな」


「ワタシを口説きたければそれこそもう少し大人になってからにしてください。それと、ある程度一般的な普通になってからで」


「一般的な普通ってなんだよ」


「さぁ。少なくとも、路上生活者と睦まじく暮らす予定は今のワタシにはありません、とだけ。あと最低限の清潔感は欲しいとこですね」


「意外と懐が広いな、誰でもいいってか?」


「誰でも、ではありませんよ。人を尻軽のように言わないで欲しいです」


 まったく。

 そうため息をついて立ち上がった少女――無地モエカは脇に置いていたカバンから菓子パンを取り出すと少年へと手渡した。


 表面がチョコレートでコーティングされ中には生クリームがたっぷり詰まった高カロリーなパンだ。


「悪いな……えぇと、コイツは確か150円くらいか……?」


「いりませんよ、お金なんて」


 ごそごそと襤褸のズボンを弄るウロ坊に対してモエカはきっぱりと断りを入れる。

 彼女の家庭は裕福だ。百円やそこら、それこそはした金に過ぎない。


「そうは言ってもよ。ワシは生きてるってだけで誰かに借り作りっぱなしみたいなモンだ。返せるトコは返しときたいだろ」


「なら、支払いはいつもの方法で」


「……ホントにとんだ不良娘だ。もう日が暮れるってのによ」


「では、日が沈むより早くお願いします。そのパンに見合う価値の分」


 今度はウロ坊の方が呆れ顔を浮かべ……そして少しだけ考えてから、言葉を紡ぎ出した。


 そのパンの価値に合うだけのとびっきりのウソを。


――――


 そうだな……前回モエカが来たのは何時だったか? 一週間前か?

 確か話したのは金属アレルギーなのに金貨とか宝石が大好きな貴族の話だったよな。じゃあ毛色を変えてファンタジーな方向にしよう。


 昔々だ。人類が人類じゃなかったくらい……それどころか哺乳類が単弓類だった頃……あぁ? 単弓類が何か? 哺乳類の祖先だぜ、学者やってたってジジィが最近この辺に住むようになってな、聞いたんだ。高校じゃ習わんのか……? そうか……


 ま、ともかく哺乳類がいなかったくらい昔の話だ。


 地上は恐竜たちの王国だった。海中も海竜の王国が築かれてた。

 恐竜はちっこいのもいるけど基本でっかいからな、そいつらの王国じゃ城も家も金も何もかもがデカかった。

 王国って比喩じゃねぇのか? 野暮な茶々入れんなよ、日が暮れちまう。ワシ最初にファンタジーって言っただろうが。


 ともかく、恐竜たちは似たような種族ごとに国を築いてた訳。

 ティラノならティラノ王国、トリケラならトリケラ公国、ラプトル連邦なんてのもあったかもな。


 んで、その国は日夜戦争をしてた。そりゃそうだよな、同じ人間でも住んでる場所、考え、祖先の違い、その他なんやかんやで争うんだ。恐竜たちも争わねぇわけがねぇ。しかも恐竜王国はそれぞれ食う食われるの関係もあったかも知んねぇからな。人間以上に日々争ってた。


 そんな争いばっか、でもその影響で世代交代とか競争とか淘汰が激しくて、良くも悪くも恐竜王国は色んな方面に進化していったんだ。

 頑丈なヤツ、素早いヤツ、ひたすら強ぇヤツ、ってな具合でな。


 んで、そんな地上にある日突然空からの落とし物が降ってきた。具体的な場所はユカタン半島だ。

 お、流石に知ってたかコレは。そう、現実でいうトコの隕石の衝突だ。恐竜の大絶滅の原因ってされてるヤツ。


 ま、今回はファンタジーだからな。落ちてきたのは隕石なんかじゃない……ソイツは宇宙人だった。

 宇宙船じゃないのか? いや、宇宙人本体だ。宇宙船が飛んできて中から宇宙人が、ってのはありきたりだかんな、大気圏突破できるぐれぇ強ぇ宇宙人が直にやって来たってコトにした。ソッチの方が面白いだろ?


 その宇宙人は今の人間と同じくらいのサイズでさ。地球には観光目的で来たんだ。おっ、この星生き物いるなー程度のノリで。しかも地上には恐竜王国の建物もあるから知的生命いるじゃんってワックワクで降り立ったわけ。


 宇宙人の感覚ではホントにそっと降りたつもりだった。でもその宇宙人はあまりにも強すぎた。自分の頑丈さを基準で考えてた。

 重力に従ってほとんど減速しないまま降りてきた……てか落ちてきたソイツに地球は悲鳴を上げたさ。実際のユカタン半島への隕石衝突ほどの衝撃はなかったけどよ。


 で、だ。

 地上も海中も……多分空も翼竜とかいたかもな。常に争いまくってるような恐竜王国で満たされた地上に宇宙人が降ってきたんだ。

 恐竜たちはもうびっくりさ。


 宇宙人も宇宙人で、感覚が文字通り宇宙人だからな。変な星だなーって思いながらノリノリで観光始めちまう。地球上のありとあらゆる恐竜王国を巡った。


 当たり前だけど、宇宙人は地球の恐竜語は分からねぇし恐竜も宇宙人の言葉が分からねぇ。その上恐竜は常に闘争と共に生きてきたヤツらだ。

 宇宙人は恐竜が知的生命だって分かるけど、逆はそうはいかねぇ。自分達の国をうろつく宇宙人を恐竜たちはどう思ったか……まぁ自分達よりも小さいヤツだから当然自分達より弱いって思うよな。


 恐竜王国は宇宙人と戦い始めた。


 だけど、宇宙人は強かった。そりゃ大気圏突破できんだかんな、強ぇよな。

 しかもこの宇宙人、観光気分だ。恐竜たちの攻撃を挨拶かなにかだと勘違いして彼らを真似て地球各地を荒らして荒して荒しまくった。陸も海も空も。


 そうして宇宙人が満足して地球を飛び去った後、恐竜は滅んでしまったって訳。生き残った恐竜も、宇宙人が荒らしまわった影響で大気を舞った粉塵に日光が遮られて寒冷化した気温に適応できず次々死んでいった。


――――


「とまぁ、そんな感じで恐竜王国は滅んで、今や地上の支配者は人間様となりましたとさ」


「……いや最後唐突過ぎません?」


「しょうがねぇだろ、即興で作った話なんだから」


 語り終えたウロ坊は隣で腰を下ろしたモエカに視線を投げつつうーんと伸びをした。


「それで、結局どういう話だったんですか今日のコレは」


「闘争心、ってか争ってばっかは良くないぜって話」


 あぁ、と頷いてモエカは内心納得した。要するに、なんだかんだ言いつつ不良にボコられたことをウロ坊は根に持っている訳だ。


「ツマラんかったか?」


「いえ。菓子パン分の値段の価値はある話でしたね」


「そうか。じゃ、早く帰りな。この辺は妙なのが多いしよ」


「ワタシよりチビッ子のアナタがそれを言いますか、ウロ坊。それにアナタもその妙なのじゃないですか」


「違いない」


 ――そして、今日も普通の一日が終わる。

 ありふれた、幸福とは程遠く、さりとて本人は苦に感じていない日々が流れていく。


 その日常が、明日終わるとも知れぬまま。

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