幽霊生

はっぱ

 いつかの映画で観た、レスキュー隊を格好いいと思った。大災害の中、人々を救い出していくヒーローだ。諦めずに要救助者を捜し続ける姿に、胸が熱くなった。素晴らしい作品だった。だが憧れにはならなかった。

 救う仕事は格好いい。自分もそうなってみたい。そう思ったのは、コミックの影響だ。コミックのヒーロー達は迷わない。どれだけ強い敵にも、救うためなら躊躇なく立ち向かっていく。彼らの、自己犠牲の精神に魅せられた。ヒーローと呼ぶに相応しい勇姿に憧れた。その作り話に、突き動かされてしまった。


 自分にもできると思った。ヒーローになれると思った。溺れているのに気が付いて、一目散に川に飛び込んだ。なんとかできるような強さなんてない。なのに冷静さもない。間違いだらけの勇気だ。俺は救う姿ではなく、自己犠牲の選択に魅了されたんだ。そんな人間はヒーローになれない。誰も救えない。


 ―生き延びたのは俺だけだ。あの子は死んだ。


 掴んでいた手の感触が、ずっと離れない。まるで呪いのように。あの頃の夢は捻じ曲がって、今では悪夢になって襲ってくる。水中の夢。昏くて静かな夢だ。手を掴んだまま、一緒に沈んでいく。川底に引き込まれていく。ブクブクと泡が逃げて、重たい水が体内を埋め尽くす。ああ、苦しい。息ができない。もう嫌だ。




 人は過去に縛られる。記憶なんていう機能を持ち合わせた弊害だ。一つの過去を忘れられなくて、俺の心はいつまでもへこたれている。

 記憶は失敗経験から学ぶための学習機能だ。失敗は成長に不可欠な要素だと、成功者達もよく言うだろう。だがそれは、それなりの失敗であればこそだ。人を死なせた経験は、失敗という言葉なんかで許容できない。


 ―誰かを救えるような人間ではない。


 あの日思い知らされてから、砕けた夢がずっと突き刺さっていた。俺の夢は所詮割れ物。簡単に砕けて、その破片は散らばる脅威になった。足元ばかり気にして、前に進んでいけない。背後から伸びる手を振り切るもできず、ただ立ち尽くす。それでも生は強いられる。次の場所、将来を迫ってくる。


「宮野くんが提出期限過ぎるなんて、珍しいね。まあまだ無理に決めなくていいから。気になる大学とかあれば書いてみてね。相談も乗るから。」


 進路希望は白紙のまま、未提出で新学年を迎えた。高校1年の冬以降、たった一枚のコピー用紙に頭を抱え続けていた。悪夢が増えたのはこの冬からだ。悩みからくるストレスのせいだろう。一体、なにを悩んでいるのか。


 もう諦めたんだ。はやく忘れてしまえ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る