悪役令嬢はレベルアップしたい!

仲仁へび(旧:離久)

悪役令嬢はレベルアップしたい!



 どうやら私は、乙女ゲーム「ラブレベル」の世界に転生したようだ。


 そのゲームは恋愛要素と、育成要素が合わさったゲーム。


 登場する主人公と、攻略対象である男性達を育成して、絆を深めつつシナリオを進めていくというものだ。


 そんなゲームに転生、となったら主人公ポジションを期待してしまうものだが。


「なんで悪役令嬢なのよっ!」


 私が転生したのは、悪役ポジションだった。







「悪役令嬢なんて嫌なのにぃい!」


 私が生まれ変わった人間、アネモネはお金持ちの貴族令嬢だ。


 普通に生活するだけなら、不便なんてない。


 飢える事はないし、住む場所はあるし。


 お金持ちでストレスのない生活を送れているから健康だ。


 でも、そこに悪役ポジションはだめだ。


 一気に台無しになってしまう。


 転生した事実を前にして、私は頭を抱えずにはいられなかった。






 そんな様子だから、すぐに使用人に察知されてしまった。


「お嬢様、この前の誕生日からちょくちょく様子がおかしいんですけど、どうされたんですか?」

「ああ、前世の記憶を思い出した時の事ね」


 一週間前、十四歳の誕生日を迎えた。


 この私、アネモネは十四歳になったばかりなのだ。


 普通なら、誕生日を迎える事は、とても喜ばしい事なんだけれども。


 それは、悲劇へのカウントダウンを示すものだったから。


 なぜなら、「ラブレベル」のシナリオでは、どのルートでも悪役令嬢は破滅してしまうからだ。


 十五歳になったら、原作が始まってしまう!


「こんな人生やってられるかあっ!」

「おっ、落ち着いてくださいお嬢様っ!」


 だから私は、たびたび乱心してしまうのだ。







 しかし、心を乱すだけでは状況はよくならない。


 何とかして、破滅の未来を回避しなければ。


 そのためにやる事は、とにかく。


「レベルアップよ!」


 レベルを上げる事だ。


 強くなるしかない。


 悪役令嬢である私が生き延びるためには。


 使用人が小首をかしげる。


「れべる、あっぷ? なんですかそれ」

「前世の世界のゲームの言葉よ。強くなるって意味」

「いや、お嬢様はお金持ちだし貴族なんだし、強さなんて求めなくても」

「そんなんじゃ生きていけないわ! 甘いわよ! 虫歯になるほど甘いわ!」

「ええっ」


 私は使用人に前世うんぬんかんぬんを、懇切丁寧に説明。


 ラブレベルの世界で、悪役令嬢であるこの私に待っているのは、悲惨な未来。


 獣に食べられたり、闘技場で倒されたりしてしまう。


 そうならないためには、強くなるしかないと力説した。


 いい子を演じたり、主人公達や、イベントスポットに近寄らないって手もあるけど。


 運命の修正力が働いて、頑張っても努力しても、結局は破滅フラグが立ってしまうかもしれないから。







 そういうわけで、さっそく密林へ向かう事にしていた。


 近所にある帰らずの密林へ。


 物騒な名前の場所だけど、仕方ない。


「さっそくで密林に行かないでくださいよっ! この密林、ちょくちょく人が遭難するんですよ!」

「大丈夫よ。マップは頭に入ってるもの」

「あと、モンスターも危険なのがいて(うんぬんかんぬん)」


 使用人が後ろで何か言っているが、それどころではない。


 レベルアップをするために、今の私は必死なのだ。


「経験値十倍のキノコ! どこにあるの!?」


 現在の私は、地面に目をこらしてキノコを探している最中だ。


 赤と紫色のまだら模様のキノコをだ。


 そのキノコは、ゲームのお助けアイテムだ。


 食べると、モンスターを倒した時の経験値が十倍になるという、すごい代物。


 早くそれを見つけて、効率よくレベリングしたい。


 ここにはモンスター討伐用の剣もちゃんともってきてるから。


 けれど。


 がさごそ。


 近くの茂みがうるさかったので、視線をむけてみると。


 特大の脅威がおで出ましだった。


「ぐおおおおおお!」


 フォレストドラゴン レベル50 が 出現した!


「きゃああああ! むりむりむり、いきなりドラゴンはむり!」

「ひいいい! お嬢様置いてかないでくださいよっ!」


 原作が始まる前に、無駄に命の危機に瀕してしまった。


 今の私のレベル、たった3なのよ!?







 途中で失敗してしまったけれど、目的は偶然達成できていた。


 使用人が頭に例のキノコを生やして帰って来たからだ。


 そういえばそのキノコ、説明文に何でも生えるっていってたわね。


 怖い目にあったけれど、これで順調にレベルアップができるはず。


 もぎもぎ。


「いたたたっ、はげちゃいますよ!」

「我慢して、レベルアップのためなんだから」

「あの、一ついいですか。れべるあっぷとやらをするためには、モンスターを倒さなければならないんですよね」

「そうよ」

「また、モンスターのいる場所へ行くんですか?」

「当たり前じゃない」


 某絵画の叫びのような顔になった使用人を横に、私はさっそく念願のキノコを食べてみた。


「いただきまーす」

「ちょっ、お嬢様! 本当に食べるんですかっ! 駄目ですよ、そんな変な物。というか人の頭に生えていたものなんて貴族の食べ物じゃ」


 もぐもぐ。


「うえええっ、きっ、気持ち悪い! ヘンな味!」

「ほら、言わんこっちゃない!」


 その後、使用人に背中をさすってもらわなければならなかったり、コップの水のおせわになったり、かなり大変だった。


 具体的に何があったのかは、乙女の体面のために記さない事にする。






 そういうわけで、それからはモンスターを倒しまくる日々が始まった。


 キノコがちゃんと影響しているか分からなかったけれど、やらないよりはやった方がいい。


 私の生存率のためだもの。


 他のご令嬢達からは、変わり者呼ばわりされてしまったけれど、それでもいい。


 社交界参加を蹴って、ひたすら狩り続けた。


 両親は最初は、あれこれ言ってきていたが、次第に遠い目をして諦めるように。


 罪悪感があるが、原作が終わるまで娘の奇行には我慢してもらうしかない。


 生き残るためだもの。






 そんなこんなな日々が過ぎて、モンスター討伐に明け暮れている内に、すっかり原作開始の時期になってしまった。


 私は「ラブレベル」の舞台である学校、ダリアサンシャイン学校へ通う事になった。


 お世話係としてついてきた使用人とともに、入学式を終えた私はーー。


 さっそく、木に体当たりをする事にした。


 どすん!


 どすん!


「いや、意味が分からないですって。何やってるんですかっ!?」


 使用人が横でうろたえている。


 勢いをつけて、ドスドス木に体当たりをぶちかましていく私。


 はたから見たら変人だ。


 しかしこれには理由があるのだ。


「止めないで、これもレベルアップのためよ!」

「その短い説明では意味が分からないままなんですがっ!」


 詳しく説明を求める使用人に、私は「ラブレベル」のバグについて説明していく。


 乙女ゲーム「ラブレベル」には近道でレベルアップできるバグが存在している。


 それが学園内にある木に体当たりする行為だ。


 それを行うと、即座にノーリスクで三レベルほどあがるのだ。


 危険な目に遭わずにレベル上げができるので、前世ではおいしい攻略法としてネットに書かれていた。


「ノーリスクじゃないです! 変人認定されるリスクがありますからっ!」

「止めないで! 私は強くならなくちゃいけないのっ!」


 それから私は、青ざめる使用人を引き連れて、学園の全ての木にしっかりと体当たりしてまわっていった。







 極めつけは、毎週日曜日に開催される市場のお守りだ。


 ダリアサンシャイン学園に通うにあたって、私と使用人は地元を離れている。


 学園に通う者は、寮から登校しなければならないという規則があるからだ。


 それで、ダリアサンシャイン学園専用の寮に住む事になったのだが、レベルアップを考えるとこれは美味しい。


 なぜなら、近くの街で経験値五倍のお守りが手に入るからだ。


「さあ、お守りを手に入れるために、町に行くわよ!」

「ええーっ、まだ朝の五時ですよ」

「仕方ないじゃない。朝しかイベントが起きないやつなんだから」


 だから私は毎週、朝早くに使用人を叩き起こして、街へ繰り出していた。


 近くの畑でとれた新鮮なとれたて野菜や、みずみずしい果物が並ぶ市場に顔を出し、それらのおまけでもらえるお守りをゲットする。


「お嬢様、はたから見たらこれって、変わり者のご令嬢が、野菜を買うためにわざわざ朝早くから外出しているように見えるんですが」

「別にいいじゃない。ここの野菜は美味しいし。寮の皆におすそ分けすると、喜んでくれるし」

「それはそうですけど。貴族の女性としてどうなのかなと」

「他人の評価より、生き残る事が大事に決まってるわ!」

「それは分かりますけども、うーん」


 使用人はぶつくさ言うけれど、私は一石二鳥、いや三鳥でとても嬉しい気分だ。


 毎週顔をだしているうちに、市場のおじさんおばさん達から、余分におまけしてもらえるようにもなったし。


 これで破滅エンドが回避できたら、もっと良い事づくしだけれど。


「もうすぐ、一年過程の終了、つまりラストイベントね。どうなることやら、だわ」


 モンスターはあいかわらず休日に倒しまくっているので、私の強さはばっちり。


 主人公達にも近づいてはいないから、イベントのフラグも立てていない。


 普通なら大丈夫だろうけれど――。


「お嬢様、最後はラスボスモンスターが学園を襲うんでしたっけ」

「ええ、そうよ。本当なら皆に教えて避難させたいところだけど」

「信じないに決まってますよ」

「そうよね。死傷者がでない事を祈るしかないわ」







 そして、数週間後。

 ついにその時が来た。


「モンスターが学園を襲っているぞ!」

「きゃあああっ! どうしてこんな所にあんなモンスターが!!」

「早く避難するんだ!」

 

 どでかいモンスターが襲来して、学園の校舎をばりばり破壊している惨状があった。


 うちの学校の校舎は、かなり広い。あちこちの区域に色々、そして様々ある。東棟とか西棟とか北とか南とか、体育館とか、部活の建物とか、愛好会の建物とかが。


 けれどその三分の一くらいが一気にやられてしまっている。


 しかし、妙だ。


 記憶にあるゲーム内容とは違う。


 ぐおおおおおおお!


「予定では、大きいゴーレムモンスターのはずだけど、なんか竜がいるわ」

「お嬢様、もしかして、バタフライエフェクトというやつでは?」


 私が教えた言葉をすっかり使いこなしている使用人が、横で震えながら述べた。


 あっ、また建物が一個破壊されていったわね。


 大丈夫かしら?


 中に人とか、いないわよね?


「原作にないお嬢様の行動の積み重ねが、まわりまわって影響に出てしまったのではないかと」


 使用人が述べたその指摘に、私は頭を抱えた。


 通常ならしない行動を、私は今までにいくつもやってきた。


 悪役令嬢アネモネは、当然レベル上げなんてしないし、他の生徒に農作物のおすそ分けなんてしない。


「学園の木々にぶつかる奇行もしませんしね」


 そこ、うるさい。

 

 だから目の前の光景は、そんな私の行動の影響かもしれない。


 ゲームの悪役令嬢アネモネが、原作通りに行動していたらこんな事にはならなかったかもしれない。


 私は、今さらになって責任を感じた。


 生き延びる事に必死だったけど、その結果他の人間が不幸になるなんて、寝覚めが悪すぎるわ。


「主人公達はやっつけられるかしら」


 ドラゴンはゴーレムとは比較にならないくらい強い。


 原作では何人かの怪我人ですんでいたが、最悪の場合、死者が出てしまうかもしれない。


 そうなったら、私のせいだ。


「こうなった以上は、私が責任をもって倒すわ!」

「ちょっ! おっ、お嬢様っ!?」


 私は、暴れているドラゴンの元へ急いだ。







 ドラゴンの下では、やはり主人公達が戦っていた。


 攻略対象達が色々と頑張っていて、前衛で剣とか斧とかふるっている。


 主人公は守られながら、後衛で弓とかを放っている。


 けれど、やはり分が悪い。


 ドラゴンに押されていた。


 彼等に任せるだけだと、犠牲者が出るかもしれない。


 そう思った私は、ドラゴンの前に躍り出た。


「そこの人、危ないです! 下がってください!」


 主人公が声をかけてくるけど、私は無視。


 というか、ドラゴンを前にしているので気を散らせない。


「下がるわけにはいかないのよ! 貴方達こそ下がってなさい!」


 目の前のドラゴンが咆哮。


 空気が震えた。


 数多のモンスターを葬ってきた私には、分かる。


 ドラゴンから放たれる、圧倒的な強者のオーラが。


 あきらかに、今まで出会って来たモンスターの中で、一番強いだろう。


 息をのんだ。


 そして、思わず逃げ出したくなる。


「最初から全力で行くわ! 見てなさい! この最終奥義を!」


 けれど、覚悟を決めた私は、ドラゴンへ向かっていった。


「くらいなさい最終奥義! 自己流剣技・千本桜!」








 それから数日後。


 学園を襲った、狂暴なドラゴンは退治され、平和が戻ってきていた。


 他ならぬ私の手で。


 学園では、変わり者令嬢の噂が、学校を救った英雄の噂になっていたけれど、とくに変わった事はない。


「いや、変わりまくりですよ。国の王様とか権力者とか校長とかから感謝されたり褒美をもらったり」


 使用人が何か言っているが、そんなものには興味ないので、特に変わったものはないのだ。


 しかし。


「見つけたぞ! やつを殺せ!」


 一点、見逃せない変化がある。


 それは。


「時々、暗殺者を送り込まれるようになっちゃったのよね」


 あの時、一撃でドラゴンを倒しちゃったから。


 奥義を使ったとはいえ、一手目で倒すなんて前代未聞。


 歴史にない偉業だった。


 だから、強すぎる力を恐れて、色々な所から暗殺者を差し向けられているのが現状だ。


 とくに「ラブレベル2」の舞台である隣国からは、わんさかと。


「ラブレベル2! 2もあったんですかお嬢様! 初耳ですよ!? しかも、我が国と敵対している隣国が舞台だなんて!!」


 だから、これはちょっと困っちゃうのよね。


 また思わぬ感じで「2」の舞台にも影響が出ないといいけど。


 私は適当に奥義の次の次くらいに強い技を繰り出して、暗殺者を一撃で沈める。


 ぴぎゃっと潰れた暗殺者を適当に縛って、警察の詰め所の前に転がしておいた。


「まったく、私はただ平和に生き延びたいだけなのに」


 一体、命の危機に脅かされる事のない日は、いつ来るのだろうか。


 見上げた空は、先行の悪さをしめすようにどんよりと曇っていた。






「あの、恐ろしい事を聞きますがお嬢様。続編はいくつまで存在するんですか?」

「えーっと、確か十…いくつだったかしら」

「まさかの二桁!」



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