第4話 長老の木が生まれ変わる時


 エリーゼは、エルフの長の一族に生まれた娘だ。

 エルフには、代々伝わる言い伝えがある。


 いわく――『長老の木が生まれ変わる時、エルフと人との戦が起こる。ひとたび戦が起きれば、戦火は森を全て焼き尽くしてしまうだろう。だが、その時、異なる次元より救世主が現れる。彼の者は新しき土地へと我らをいざなう。彼の者に従い、神木しんぼくの新芽を新しき土地に植え、新たな森を育てよ』と。


「つまり、異なる次元ってのが僕たちの世界で、救世主っていうのが僕とミコってこと?」


「恐らくそうでしょう。実際、長老の木は枯れつつありますし、エルフと人との小競り合いも起き始めています。これが森を焼くような大きな戦争になってしまう時が来るのも、そう遠くないでしょう」


「……新しき土地っていうのは? まさか日本って言わないわよね?」


「さあ、それは何とも……」


「悪いけど、日本だったら移住は無理よ。生態系がガラッと変わってしまうし、そもそも環境が違いすぎて神木が育つかどうかも保証できないわ」


 確かに、ミコの言うとおりだ。

 魔法の存在する異世界から持ってきた苗が、魔法の存在しない日本で育つとは思えない。

 それに、神木の魔力が日本に悪影響を及ぼすことだって考えられるのだ。


「この世界で、人の寄り付かない場所を探すしかないんじゃないかなぁ」


「そうね、私も遥斗はるとに賛成よ。それと一つ聞きたいんだけど、新しい土地を見つけたとして、エルフたちは移住するつもりはあるの?」


「エルフは基本的に温厚な種族です。争いを好みません。移住先で神木が育つのであれば、みな移住を望むでしょう。ただ――」


 エリーゼは、そこでひとつため息をついた。


「長老の木から、新たな芽がいまだに芽吹いていないのです。それまでは、わたくしたちもこの地を去ることが出来ません」


 なるほど、神木の芽が出ていないのでは、エルフたちも動くことは出来ない。

 また、エルフたちが人間を森に入れたくないと思うのも分かる。


「近寄ってくる人間たちを出来るだけ傷付けないように追い払ってはいるのですが、人間たちがエルフに抱く悪感情は、日に日に大きくなっています。わたくしも人間と話し合えないかと思って街に出てきたのですが、言いくるめられて結局捕まってしまいました」


 エリーゼは、先程まで縛られていた手首に残る、なわあとをさする。

 肌が白いので、赤いあとが余計に痛々しい。


「このまま攻撃的な感情が高まっていったら、いつ被害者が出てしまうか……」


「うーん……人間たちは、どうしてそんなこと」


 僕は疑問に思ってひとりごちる。


「怖いのよ」


 僕の疑問に答えたのは、ミコだった。


「……怖い?」


「圧倒的な魔力と知識量、そして長命。エルフたちが立ち上がれば、魔法の森を独占することはおろか、人間を全て殲滅せんめつさせるほどの力を持っている。人間たちは、それが怖いのよ」


「温厚な種族なのに?」


「それでも信じられないのが人間よ。使わない力であったとしても、力を持っている者がいるということが怖いの。自分より優位に立つ者がいるのが許せないのよ」


「……分からなくもないけど、でも、そんなの……」


 気持ちとしては分からなくもないが、僕にはまだ割り切れないし、容認したくもない。

 それは、他人事ひとごとだからなのだろうか?

 僕がこの街の人間だったら、同じようにエルフに恐怖を抱いただろうか。


 ――力を振るわれるかもしれないという恐怖だけで愚行ぐこうに及んでしまうほど、人間は弱いものだったのか?


「とにかく、異世界のゲートがエルフの存亡の危機に関係するとしたら、私たちのやることは決まったわね」


「……神木の芽を守って、エルフたちを新しい土地へ導くこと、だね」


 ひとまず、僕は頭を切り替えることにした。

 ミコも微笑んでうなずいている。


「じゃ、エリーゼを送るついでに、魔法の森のエルフたちと話をしてみましょうか。さあ、エリーゼ、私に乗って」


 再び狼に変身したミコは、エリーゼの側でしゃがむ。

 続いて僕もエリーゼの後ろに乗ろうとしたところで、ミコは立ち上がって路地の入り口へと歩き出してしまった。


「あれ? 僕は?」


「あいにく一人乗りよ。先に行って話を通しておくから、遥斗はるとは歩いて来てねー!」


「ええぇぇ、またぁー!?」


 エリーゼを乗せたミコは、風のように走り去っていく。

 肩を落とす僕のほっぺを、リスさんがツンツンとつついて励ましてくれたのだった。




 それから数日間、僕とミコは魔法の森に滞在していた。

 ミコは神様の力を使って長老の木の世話を手伝い、僕は動物たちにお願いをして、エルフたちが暮らせそうな土地をあちこち探し回っている。


 ちなみにミコは、力をずっと使い続けているためだろう、頭から狼の耳がぴょこんと出てしまっている。狼のしっぽも。

 僕が「ケモ耳出てるぞ」と言って無造作に触ったら、ミコは真っ赤な顔をして飛び上がって、逃げてしまった。なぜだ。



 そしてついに、時は来た。

 長老の木から新芽が芽吹いたのである。


「これで、旅に出られます。遥斗はるとくん、新しい土地は見つかりましたか?」


「うん、動物たちの情報によると、ここかここ、それとここなんかも良さそうだよ」


 僕は地図に印を付けながら説明する。

 どの土地も人間の街から離れていて、ひっそり暮らすのに適しているだろう。


「ここは乾燥地帯ですから、難しいですね。こっちは魔獣がたくさん住み着いています。テイムできれば問題ないんですけど、遥斗はるとくん、さすがに魔獣は無理ですよね」


「……はい、無理です。お役に立てなくてごめんなさい……」


 僕の力でテイム可能なのは、今のところ動物だけだ。

 もっと経験を積めば魔獣とも話せるかもしれないが、この大事な時に危険を冒す必要もない。


「なら、ここにしましょう。ちょっと道のりは険しいですけど、頑張りましょう」


 エルフたちが一様にうなずく中、森の入り口で見張りをしていたエルフが、大急ぎで走ってくる。


「た、大変だ! 人間たちが森に火をつけようとしてる! 水魔法が使える者は来てくれ! それ以外のみんなは、急いで逃げる準備を」


 一瞬にして魔法の森は混乱を極め、エルフたちは追われるようにして森を出ることになってしまったのだった。

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