第10話 魔法の鞄

 

「男爵芋改め、公爵芋以外にも売ってるくれるものは、何かございますか?」


 意外と切り替えが早い鑑定員筆頭が、次の商談をしたいと、身を乗り出して聞いてくる。


「ああ。まだあるぞ! この熊の置物なんかどうかな?俺的に、会心の出来なんだけどな!」


 男爵芋改め、公爵芋が高く売れた事に気を良くしたヨナンは、調子に乗って魚を加えた熊の置物を取り出す。


「これは、まさか……熊の置物……」


 鑑定員の女の子は、相当、熊の置物のディテールに感動したのか、少しの間、固まってしまう。


「どうだ! 凄いだろ! この熊の上腕二頭筋なんて、相当、気合い入れて彫ったんだぜ!」


「あの……この熊の置物は、どうやって思いついたのですか?」


 何を思ったのか、鑑定員の女の子はおかしな事を聞いてくる。


「ん?木工もっこうと言ったら熊じゃないのか?」


「そうですか……」


 鑑定員の女の子は、何か含みがあるような返事をするが、ヨナンは熊の置物の説明に夢中である。


「この熊、とても格好良いだろ? この魚を咥えた姿なんて、なんとも言えない様式美を俺は感じるんだけどな!」


「確かに様式美は感じます。しかし、この置物は売れませんね。そもそも熊の置物が売れる場所と言えば、熊がたくさん居る観光地くらいですが、カララム王国には、そもそも熊が有名な観光地などありませんし……」


「嘘だろ?、こんな精巧に出来てるのに売れないのかよ!」


「売れません」


「本当に?」


「全く売れませんね。トップバリュー商会鑑定員筆頭の審美眼をもってジックリ見ても、売れる要素はありません」


「そんなに、俺の熊の置物ショボイのかよ……」


 ヨナンは、鑑定員にハッキリ言われ落ち込んでしまう。


「あの、それより先程、ヨナン様が正面玄関で会ったという従業員に聞いたのですが、何でも、精巧な寄木細工の箱があったと聞いたのですが?」


 鑑定員は、余りに落ち込むヨナンを、ちょっと可哀想と思ったのか話を変えてくる。


「エッ? あの正面玄関に居た係の人に聞いたのかよ!

 確かに、俺は寄木細工の箱を持って来てるぞ!」


 ヨナンは、鑑定員の女の子に言われて、がめついエリザベスにも認められた寄木細工のカラクリ箱を取り出す。


「エッ! コレは」


 鑑定員筆頭の目が鋭く輝く。全く、熊の置物を目にした時の冷めた目とは違う。


「鑑定で調べちゃったか?」


 ヨナンは、鑑定員の反応を見てニヤリと笑う。


「これは、寄木細工のカラクリ箱ですね。しかも、この複雑過ぎるカラクリは、一体何なんですか!」


「これは、俺の大工スキルで作ったものだ!

 よく見とけよ! この寄木細を、こうして、こうして、こうやって、ここを右に、そして、下に、右、右、左、左、下、上、下、右、上、下、下、左、右と、動かすと、」


 ガチャ!


「ほら、見て見ろ! この隠れてた空間が現れるんだ!」


 ヨナンは、ドヤ顔で自慢する。


「これは、想像以上に凄いですね。しかも、隠し空間は金属で覆われているんですか?」


「ああ。大事な物を隠す為のカラクリ箱だからな、簡単に開けられたら意味がないだろ!」


「これは、売れますよ! 寄木細工も精巧ですし、芸術性もあります。

 それと、このカラクリですね。もう、狂気の沙汰ですよ。

 こんな複雑なカラクリなんて、普通の人が製作するなんて、とてもじゃなく無理です!」


「だろ! 俺の大工スキルは、メチャクチャ凄いんたよ!」


「ヨナンさん、凄過ぎてす! こんな精巧な木工カラクリなど、この世界の誰も作る事など出来ないです!

 王都の王侯貴族に、人気が出る事間違いないです!

 是非、この寄木細工のカラクリ箱も、トップバリュー商会専属で売らせて下さいませ!」


「これも、買ってくれるのか?」


「ハイ。これだったら、1つ50万マーブルで買い取り致します!」


「嘘?!」


 これは、鑑定スキルが予想した10万マーブルを大きく越えている。


『ご主人様! コレは売りですよ!』


 思わず、鑑定スキルも話に割って入る。


「分かってるって!」


「エッ? 分かってる?」


 ヨナンが鑑定スキルに話した言葉に、鑑定員が反応する。


「アッ! いや、そうじゃなくて、アノ、一応10個ほど持ってきたんだけど?」


「そしたら、500万マーブルになります!」


「売りだよな?」


 鑑定員が目の前に居るのに、ヨナンは、鑑定スキルに確認を取る。これほど高い取引は、ヨナン1人で決めるには、少し勇気が居るのだ。


『即決、売りです!』


「なら、売ります!」


 鑑定員の女の子は、ヨナンのヤバい独り言に少しだけ怪訝な顔をしたが、そこはプロ。すぐに営業スマイルを浮かべて、


「グラスホッパー騎士爵家の四男 ヨナン・グラスホッパー様が、またまた高価な商品を、トップバリュー商会に買い取りさせて頂きましたー!!」


 鑑定員の女の子は、すぐさま、ヨナンから寄木細工のカラクリ箱を買い取った事を、お店の従業員に伝える。


 すると、またまたお店の従業員達がワラワラと集まってきて、


「「グラスホッパー騎士爵四男ヨナン・グラスホッパー様、度々の取引ありがとうございました!!」」


 つい5分前同様、90度の礼をして、拍手喝采してくれたのであった。


「ヨナン様。この度は、良い取引をさせて頂きありがとうございます。今後もわたくし、アスカを専属鑑定員として、ご指名宜しくお願い致します!」


 トップバリュー商会、鑑定員筆頭アスカは、直ぐさまヨナンの手を取り、ウルウルと上目遣いで訴えてくる。

 そんな事されたら、ボッチで人に免疫の無いヨナンはOKするしかない。


「ああ。分かった。次来た時も、必ずアスカを指名するよ!」


「ありがとうございます!

 それでは、お支払いの方はどうしましょう?

 全て、魔法の鞄のローン代金に当ててしまいましょうか?」


 ヨナンに指名を決めさせると、すぐさまアスカは、現実的なお金の支払いについての打ち合わせを始める。


「えっと、それは困る。俺も馬と荷馬車のレンタル料金払わないといけないから!」


「そしたら、お幾ら入りようですか?」


「ええと、どうだろうな……次の馬と荷馬車のレンタル代金1万マーブル居るしな……」


「あの、失礼ですけど、次回の馬と荷馬車のレンタル料金は、必要無いのでは?

 ヨナンさんは、無制限に入る魔法の鞄をお買い上げ頂きましたよね?

 それに品物に入れて頂けれたら、魔法の鞄1つだけ持って、次のお取引きにおいで頂けます!」


「ああ! そうだな…… 次回からは馬と荷馬車を借りなくていいんだ」


「その通りです!」


 アスカは、大きく頷く。


「そしたら、エドソンに今回、馬と荷馬車の代金を払って貰ったから、その代金を払ってやろうかな! エドソンが買ってくれた大工道具で作った製品が、トップバリュー商会で売れたと知ったら喜ぶと思うし!」


「それは、いい考えですね! そしたら、ローン代金から引いて、1万マーブルだけ、ヨナンさんにお渡しすればいいですね!」


鑑定員筆頭アスカが、すぐさまソロバンを弾く。


「ああ。それでいい。木工の素材は、全て大森林でタダで手に入るし、公爵芋もたくさん余ってるから、飢える事もないしな!」


「それでは、直ぐに、公爵芋と、寄木細工のカラクリ箱を納品させて頂いた後、お買い上げ頂いた無限に入る魔法の鞄と、1万マーブル持ってきますね!」


「ああ、頼む!」


 ヨナンは、こうして1万マーブルと、無限に入る魔法の鞄を手に入れたのだった。


 何故か、商品を530万で公爵芋と寄木細工のカラクリ箱が売れたのに、1000万マーブルもする魔法の鞄を買う羽目になって……。


 ーーー


 ヨナンの残りの借金、469万マーブル。

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