第5話 ヨナン、立派な屋敷を持つ

 

『なんと立派な門構えなんでしょう。

 御屋敷の威厳を際立たせる正門は、厚さ10センチもある黒光りする鋼鉄製。門の表面には、どうやって彫られたかも分からない、家名である殿様バッタをあしらった幾何学的な絵が彫り込まれています。


 そして、殿様バッタの門を潜ると、良く手入れされた庭園が広がります。ハッキリ言うと、王都の庭園より美しく仕上がっています。


 建物は、重厚なバロック様式になっており、建物の内部の柱の全てには、過度な彫刻が彫り込まれています。

 大理石の真っ白の床には、これまた豪華な赤絨毯が贅沢に敷き詰められ、何で、わざわざ床を真っ白な大理石にしたのか分からない始末になっております。


 そして極めつけは、玄関を入ると、200畳はあろう吹き抜けのエントランスがあり、正面には、これまた真っ赤な絨毯が引き詰められた幅6メートルの階段。その途中にあるスキップフロアーには巨大な肖像画が飾られており、勿論、モデルはこの御屋敷の主であるヨナン・グラスホッパーの肖像画が飾られております!


 部屋数は、なんと30部屋! 大浴場も完備されており、何時でも源泉掛け流しの温泉を楽しむ事ができます。勿論、大浴場もバロック様式で、真っ白な大理石の壁や柱にも過度な彫刻が彫り込まれ……さらに凄い事に……』


「オイ! ちょっと待て! 俺っていつ、自分の肖像画を描いたり、鋼鉄のバッタが彫られた門を作ってんだよ!

 しかも、いつのまに大理石なんか掘り当ててたんだ? というか、地下水は聞いたが、温泉なんて聞いてないぞ!」


 ヨナンが、鑑定スキルに文句を言う。


『なんですか! 人が折角、住宅紹介風に、ご主人様が建てた御屋敷の説明をしてあげてたのに! 一々、話を折らないで下さい!』


 鑑定スキルが、鑑定スキルの癖に文句を言ってくる。


「オイオイ。何だ、その話し方は? やたらとスキルの癖に、感嘆符を入れるじゃねーかよ!」


『ご主人様が言ったんじゃありませんか! 僕は、喋り相手に飢えてるご主人様のお喋り相手だって! だから、友達風に喋って上げてるんです!』


「お前、そんな機能まであるのかよ?」


『そんなのあるに決まってます。僕は鑑定スキルなんで、なんでも調べられるんです。

 友達風に喋るのなんて、おちゃのこさいさいなんです』


「おちゃのこさいさいって、今日日聞かねぇーぞ?」


『今日日聞かねぇーって、ご主人様はスバル君ですか!』


「ん? 何、スバルって?」


『僕もよく分かりませんが、その言葉は、スバルという人物が良く言うセリフみたいです』


「お前にも分からん事があるのかよ?」


『そりゃあ、僕のデータベースに入ってる事以外は分かんないですよ。所詮、僕もスキルなんですから』


「そ……そうなんだ」


 ヨナンは、鑑定スキルの話を聞いて少しだけ安心する。

 何でも知ってる鑑定スキルに、ちょっとだけ得体の知れない恐ろしさを感じていたのだ。だって、喋り方まで進化していくし。

 だけれども、そんな得体の知れない鑑定スキルにでも、分からない事があった。少しだけ底が知れて安心したのである。


『ご主人様、何でドヤ顔してるんですか?』


「べ……別にいいだろ!」


『そんなに、僕が大好きなんですか?まあ、僕はご主人様の貴重な話し相手ですから当然なんですけどね!』


「お前、なんで、そんなに上から目線なんだよ!」


『だって、僕は鑑定スキルだから嘘が付けないんですよ』


「だな」


 ヨナンは、普通に納得した。


 ーーー


 ヨナンは、少しだけ新築の御屋敷を堪能した後、夕方にはグラスホッパー家に帰った。


 だって、物凄い家を建てたと知れたら、きっと、エリザベスに搾取されてしまうから。

 なので、この立派過ぎる御屋敷は、何が何でも、成人する15歳になるまで隠し通さなければならないのだ。

 調子に乗って家に帰らないと、きっとエドソンが心配して帰らずの森に探しに来てしまうしね。


「おっ! 帰って来たようだな!どうだった、俺がやった大工道具は!」


 いつものように、廊下のすれ違いざまに、エドソンが話し掛けてくる。

 というか、大工道具の使い心地を聞きたくて、俺が帰ってくるのを見計らってたとしか思えない。

 じゃなければ、頻繁にエドソンと廊下で合わないし……。


「いい感じだったよ。斧もノコギリも良く切れたし」


「だろ! エリザベスに内緒で奮発して、少しだけ良い道具を買い揃えたんだよ!

 エリザベスには、合計5万マーブルだと言ったけど、実際は9万マーブルもしたんだぞ!

 俺のお小遣いの3ヶ月分もしたんだから、大事に使ってくれよ!」


 エドソンは、切れ味が良かったと言われたのが余っ程嬉しかったのか上機嫌。ニコニコ顔で饒舌になっている。

 というか、一番地位が低い騎士爵と言っても、一応貴族なのに、1ヶ月のお小遣いが3万マーブルって悲しい過ぎる。

 しかも、お小遣い制って、多分、エドソンほど悲惨な貴族など他にいないだろう。


 だって、グラスホッパー領は、寒い辺境の痩せた土地だし、男爵芋ぐらいしか育たないのだ。

 戦争の英雄だと言って、土地と爵位を貰っても、ハッキリ言って嬉しくなどない。


 爵位を持つと、必ず戦争になれば出兵しないといけない義務が生じるし、貴族は爵位に応じて、何人か私兵を連れていかなければならないのだ。

 グラスホッパー家だと、大体、20人は私兵を連れていかなければならないのだが、こんな痩せた土地に、成人男性なんて殆どいない。

 なので、兵士の人数を稼ぐ為に、グラスホッパー家の男の兄弟は皆、成人したら絶対に戦争に参加しなければならないのだ。


 まあ、それもあるから、成人したら早く家を出たいんだけど。


 昨日までは、戦争に参加するのも仕方が無い事だと諦めがあったが、だがしかし! 今の俺には、大森林に持ち家があるのだ!

 そう、大森林はグラスホッパー領じゃないから、徴兵にも応じなくていいのである。


 奮発して、大工道具を買ってくれたエドソンには申し訳ないが、誰が好き好んで戦争になど行くものか。俺の本当の父親は戦争で死んでる訳だし、本当の母親も妹も、結局は戦争の犠牲者なのだ。

 多分、9万マーブルもする大工道具を買ってくれたのも、「戦争の時、頼むからな!」という打算もあったと思うしね。


「ありがとう。そして、ゴメンなさい」


 ヨナンは、大工道具を買ってくれた感謝の気持ちと、他国と戦争になっても、徴兵に応じなくてゴメンなさいと、今のうちに謝っておく。


「えっ?ありがとうは分かるが、何で謝るんだ?」


 エドソンは、不思議そうに首を捻る。


「今後、迷惑掛けると思うから」


 ヨナンは理由を伏せて、素直に謝る。


「何言ってんだよ!子供が親に迷惑かけるのは、普通の事だろうが! お前は、父親の俺に、ドン!と、迷惑かければいいんだよ!」


「義父さん……」


 ヨナンは、少しだけエドソンの言葉に感動して心がブレそうになったが、実の父親のように死ぬのは御免なので、徴兵には絶対に応じないと、改て心に誓ったのだった。

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