君は放課後のファンタジスタ

紫陽_凛

セーラー服が似合わない話

 セーラー服が似合わない女子中学生選手権をしたら、多分一位とか二位とか、その辺りだと思う。ベリーショートの髪型に、おしゃれなんか無縁の膝丈スカート。羽目を外すことを知らない清楚なスカーフ。きっと小柄な女の子なら可愛く着られるんだと思う。

 今年の身体測定じゃ、178センチだって。どういうわけか私、ニョキニョキ伸びてしまって、今じゃどんな男子よりも背が高い。そういうわけだから膝丈スカートはやぼったく見えるし、あんまり似合わない。

 そも、可愛いという言葉自体が、私に無縁なのだ。私は可愛い女の子には含まれない。男子とか、主に腐れ縁の武尊たけるとかに言われなくても、わかってる。私はどっちかっていうと男子寄りの女子だ。女子にモテるタイプの……。

 赤いスカーフを巻いてため息をつく。義務ギムで通す袖の重さが、夏休み明けの憂鬱ゆううつをゆっくりと加速させていく。


 中学校まで徒歩圏内とほけんないの私は、重たいかばんとサブバッグを背負って、夏の、だるい朝の空気を一人で満喫まんきつする。朝七時半、まだセミも鳴かない時刻だ。

 後ろからシャーっと自転車の音が聞こえたかと思うと、私のすぐ隣で、

七瀬結友ななせゆうくん。おはよー」

 呑気そうな声が言った。演劇部部長の奈々未ななみさんだ。今日もメガネが汚れている。

「おはようございます、奈々未さん」

「相変わらず凛々りりしいねえかっこいいねえ目が焼けそうだ」

 奈々未さんの早口はいつものことだ。

 私は自分の膝丈スカートを見下ろした。おそろしく似合わない制服。長すぎてだぼついたスカートと、胴に合わせたせいでぶかぶかと余っているセーラーの袖と。

「こういうのは滑稽こっけいって言いませんか?」

「わかってないなぁちっちっち。凛々りりしいかっこいいイケメン女子がセーラー着るからいいんだよ。過度かど謙遜けんそんは敵を作るぞう」

「よく、わかりません」

 げんに、奈々未さんの趣味はよく分からない。この人を何かに分類せよと言われたら間違いなくわたしは「変な人」に奈々未さんを放り込む。

「分からなくて結構。さて、ワタシは先に行こうかな」

「どうしてです?」

「昨日演劇部室えんげきぶしつを派手に散らかしちゃったから、その片付けをするんだ」

 なるほど。それを聞いた私は、あえて深追いしないことを選んだ。手伝おうかと言えば必ず朝のホームルームに間に合わなくなる。

「お疲れ様です……」

 奈々未さんは来た時と同じようにシャーと自転車を走らせて、坂道の勾配こうばいを走りおり、豆粒みたいに小さくなってしまった。毎度のことながら、せわしい人だ。

 奈々未さんの後を追いかけるみたいに坂道を降りていくと、また後ろから自転車の気配を感じた。反射で歩道の端に寄る。私を追い抜いた自転車は、ゆっくりとブレーキをかけながら、勾配のきつい坂を降りていくところだった。

「あ」

 その子は私の通う中学校の、男子の制服を着ていた。みたことない人だ、と瞬時にわかった。うすい金色の髪が、さらさら風に流れて綺麗だった。


「きれい」


 思わず出た声を聞きとがめたのか、自転車のあるじはブレーキをかけて、振り向いた。それで、振り向いたら、「綺麗」だなんて言葉が陳腐チンプに思えた。彼はとんでもなく、整った顔立ちをした美少年だったのだ。

 長いまつ毛に縁取られた青い瞳。視線が絡まる。私はさっと目をそらそうとしたのだけど、その神秘的な青がそうさせてくれなかった。は私をしばらく見つめていた。強い風が私たちの間を吹き過ぎる。

 私は、あんまり長いこと見つめあっていて、気まずくなって、あわてて速足で彼を追い抜いて行った。その金髪で青い目で、物語から出てきた王子様みたいな男の子のことを見ないように。

 綺麗な、「別世界」の人にこの格好を見られてしまったことが、とても恥ずかしかった。

 私には、セーラー服が似合わない。


 


 

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